20
翌日。3人は再び〈刺青の入江〉沖に船を進めた。
昨日同様、よく晴れた夏の風景が広がっている。
海は絵画のよう。具体的に言うなら、マルケの描いた〈ポロクル島〉の水の色……!
但し、時刻は昨日よりずっと遅く、日暮れ近かった。
「もうっ!あんた達が寝坊するからこんな時間になったのよ!」
午前中を有効に使えなかった葵里子は不平を言いっ放しだった。海中作業の疲労回復用に買い込んで来た島名物の甘いファッジを片っ端から齧っている。
「しかたないだろ?」
傍らで鼻歌交じりにエアータンクを点検していたサミュエルが言う。昨日の不機嫌さとは雲泥の差だ。
「昨夜は俺達、朝方近くまで色々忙しかったんだよ。なあ、クレイ?」
「ほざいてなさい、幸福な恋人達!どうせ私は孤独な芸術家だわよ」
言ってから葵里子はこっそりクレイに目配せした。
「どんな魔法使ったの、クレイ?坊や、やたらとご機嫌じゃない?」
クレイは静かに微笑んだだけ。
「じゃ、行くとするか、サミー?」
「テン・フォー(了解)!」
二人は昨日と同じ左舷から、予め用意してきた大型フラッシュライトやスパナ類を携えて海中に消えて行った。
戻ろう、と言うクレイの海中動作を受けてサミュエルもすぐに上昇を開始した。
〈アイランダー号〉の船底をしっかりと見据えて、ゆっくりと、飛び込んだ時と同じ左舷へ取り付く。
クレイはサミュエルを先に船上へ押し上げてやった。
「ふーっ、だめだった!残念ながらハズレだ、葵里子。〈アマンダ号)には何もないよ」
甲板に戻ると潜水装備を解きながらクレイは報告した。
「あんたが夢想してるような収穫は皆無だ。おい、そんなに睨むなよ」
操舵室の前に佇んでいる葵里子ときたら眉間に皺を寄せて物凄い形相でこっちを見つめている。
「何も見つからないのは俺達のせいじゃないぜ?思うに、やっぱり俺達は刺青のメッセージを読み違えてるんだ」
「その通り!」
葵里子の声ではなかった。
クレイもサミュエルも吃驚して振り向いた。
ちょうど操舵室の入口から腰を屈めてアンブローズ・リンクィスト教授が出て来たところだった。
いつも以上にきつい葵里子の表情の理由がこれでわかった。そうして、常にはストラップで胸に下げているカメラがない点も。
教授の右手にはリボルバーが握られていて、銃口はピッタリと葵里子の背に押し付けられている。
「改めて確認させてくれ。君がサミュエル・プレローズ君?」
「サミュエル・ケリーだよ」
果敢にもサミュエルは顎を上げてハッキリと答えた。
「OK。じゃ、まず──」
リンクィスト教授はショートパンツのポケットから取り出した荒縄をサミュエルの足下へ放った。銃を持った右手は動かさずに顎でクレイを指すと、
「そいつを縛ってもらおうか。おっと、言う通りにしないとこちらのレディがどうなるか──わかるだろう?」