小説『とくべつの夏 〈改稿版〉』
作者:sanpo()

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 別の言い方をすれば、と教授は更に付け足した。
 「現実には存在しない〈幻の異常者〉の存在をアピールする賑やかなディスプレイさ!」
 得意げにニコニコ笑って、
 「FBIの優秀な捜査官が躍起になってプロファイリングをしたところで今度ばかりは何の役にも立たない。〈異常者〉や〈変質者〉は何処にもいないんだから!」
 「酷い!酷過ぎる……!ケニーは何の関係もなかったのに……!」
 突然泣き出した葵里子にリンクィストの方が吃驚した。
 「誰だ、そいつ?」
 「あんたが最初に殺した──犠牲者の男の子だよ!」
 クレイが教えてやった。「名前も憶えてないのか?ケニー・ウォールは彼女のモデルだったんだ!」
 「ああ、あれか。LAのサンセット・ブールバードの?」
 帽子からはみ出した銀色の髪を引っ張りながらリンクィストは一頻りクスクス笑った。
 「うん。あれは幕開けには持って来いの素材だった」
 そうして、改めてサミュエルの方を見た。
 どんどん濃くなって行く夕闇の中でサミュエルは途方に暮れて佇んでいる迷子の子供のように見える。或いは、過ぎし日、彼が見つけた恋人達──透き通った肌を波に晒していた、島の美しい若者達もまた、こんな風に硬直してぎこちないポーズが売りだった……
 目を細めて、アンブローズ・リンクィストは心から言った。
 「君がサミュエル君で私も嬉しいよ!この間、あのどうしようもない不良品を君と取り違えて殺さざるを得なかったのは、私にとっても不快の極みだった」
 教授が何について語っているかに気づいて3人は同時に顔を上げた。
 「あいつは私のカテゴリーから遙かに逸脱している。だが、屋敷にいたので君だと勘違いしたのさ。殺した後で、刺青をチェックして人違いだとわかった時は実に複雑な気分だった。君だと思ったから──最終目的品だったから、カテゴリー外でも我慢して殺したのに。無駄な殺人、無意味な殺人を犯して酷く後味が悪かったよ」
 「よく言うぜ!これに纏わる殺人の、全てが無意味なくせして!」
 「おや、そうじゃないさ。最初から君があそこにいて、あの場で完結していたら、私らしい完璧な美術館と成り得たんだ!尤も」
 ここで教授は順繰りにクレイと葵里子に視線を移した。
 「君達がご親切にもあの醜悪な死体を隠してくれたから、私の恥ずべき失策が公にされなくてホッとしているんだ。君達は良いことをしてくれた。あれは……うん、あのまま洞窟の奥深く埋めて置いてくれて結構だ。さて、と」
 教授は舷縁から立ち上がった。
 「とはいえ、刺青の謎解きまで君達に任せるべきではなかった。君達が意欲的なのでやらせてみたのだが、これじゃあDマイナスだ」
 アンブローズ・リンクィストはサミュエルの足首をつかむと体ごと甲板に転がした。体が冷えきっているので足裏に刺青はない。クレイと葵里子が同時に叫んだ。
 「乱暴な真似はやめろっ!」
 「刺青が見たいなら──写真があるわよ!」

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