サミュエルは反射的に目を閉じた。
次の瞬間察知したのは、乾いた銃の破裂音と、その小さな音のわりに重くて鈍い衝撃だった。
サミュエルは弾き飛ばされて体ごと舷縁にぶつかった。打ちつけた耳の後が燃えるように痛い。それから、さっき焼かれた右足の裏も。だが、それ以外は何も感じなかった。
口の中に広がる血の味。縁にぶつけた時、頬の内側を噛んだせいだ。で?弾丸を喰らった胸は──心臓はどうなった?
目を開けて、初めて知った。
甲板の上を血が滑って流れ始めていて、自分の足の上にクレイの体がある。
クレイは重かった。いつもそうだが、今日は特に重い。
「クレイ?」
サミュエルは立て続けに名を呼んだ。
「クレイ……クレイ……クレイ……!」
3度目くらいで気がついた。
クレイは銃が炸裂した瞬間、突進して来て自分に覆い被さったのだ。自分を庇ってくれた──
「クレイッ!」
脇腹の下、血は見る見るどす黒くなって行く。サミュエルは傷口を押さえた。他には何も思いつかない。
薄く目を開けて、クレイ・バントリーが言ったこと。
「これじゃあ……リッキーに怒られちまう……」
即座にサミュエルは理解した。リッキーの時には庇えなかったんだもんな?
「クレイ……バカ野郎っ!」
「どいつもこいつも……」
リンクィストは目を血走らせて喚いた。
「そんなに生身がいいのか?下衆どもめっ!」
再び指が引き金に掛かる。今度こそ少年の心臓を狙って。
「やめて──っ!」
葵里子の絶叫。
予想もしなかった大きな揺れが船を襲ったのは、まさにその時だった──
船首がグッと反り返って、一挙にガクッと落ちた。船尾肋板(トランサム)から真っ白な、ブリザードのような波飛沫が砕けて、甲板のクレイの鮮血を一瞬で何処かへ浚っていった。
衝撃でサミュエルはクレイの上に倒れ込む。葵里子は仰向けのまま、開きっ放しだったドアから操舵室へ転がり落ちた。リンクィストも膝を折り曲げた格好で床につんのめった。