エルンスト･オレンジの死体の件では、サミュエルも、そして、ヘリで本土の病院へ緊急輸送され一命を取り留めたクレイ･バントリーもこってり搾られた。が、幸い二人とも優秀な弁護士を持つ身だったので最悪の事態は免れることができた。
クレイが撃たれたと言う事実もまた、二人に断然有利に作用した。
恋人を庇った命がけの行動は、サミュエル自身が今もうっとり思い返さずにはいられないロマンチックなシーンと言う以上に、法律上の意味において多大な効力を発揮したのだ。
そういうわけで──
当初考えていたよりもずっと早く二人は法執行機関から解放された。
巷の人々は、アンブローズ･リンクィスト＝シアトル大学教授（考古学／古代海洋民族史）が実はおぞましい〈現代のジキル＆ハイド氏〉であり、５件の連続殺人の真犯人で、彼の最後の凶行となった大西洋上の漁船で、活きの良過ぎる６番目の標的に逆に射殺されてしまった……という州警察とＦＢＩの合同公式会見に大いに満足した。
その他、新聞各紙及び週刊誌等、報道された記事からの抜粋──
【アンブローズ･リンクィストは１９３８年８月２０日生まれの獅子座である。出身はＮＹ・ブルックリン。地元高校を優秀な成績で卒業後コロンビア大学に入学。ギリシャ語、考古学、西洋史、美学を学んだ。７０年代にギリシャのアテネ大学に遊学経験がある。】
【結婚歴なし。留学から帰国後は教授職に就いた大学近郊の町を転住。この事実は、今回の連続殺人の犯行現場が全て、彼が教鞭をとった経験のある大学所在地近辺であることと明確な一致を見せている。
ケニー･ウォールはＬＡ＝ＵＣＬＡ。パウル・ドウマスはカンザス州＝カンザス大学、トニー･サンチャゴはイリノイ州＝シカゴ大学、ジョニー･スチーブンスはフィラデルフェア＝ペンシルベニア大学……
なお、最後の犠牲者エルンスト･オレンジのマサチューセッツ州の島にはリンクィスト所有の別荘があった。】
【リンクィストが射殺された銃（スミス＆ウェッソン３５７･マグナム･リボルバー）はリンクィスト本人が護身用に登録･許可されていたものだった。今回の一連の事件で銃器──これであろうとこれ以外であろうと──が使用された例はなく、この点から見ても彼の犯行が既に末期的破綻状態に陥っていたのではないかとＦＢＩ心理分析官は指摘している……】
【〈右足収集家〉〈右足好み〉なる呼称の由来となった５件の犠牲者の右足切断に共通して使用された凶器は教授愛用の魚類解体専用ナイフ、通称ワイルド･バスである。（通販可)】
【『５本の右足の行方は？』という記者の質問に関係者は一様に言葉を濁した。『教授自身が持ち帰った後、細かく切断して海へ捨てた、というのが一番妥当だろうな』。後日、記者の熱心な取材に名を伏せることを条件に語ってくれた関係者によると、『教授は釣りが趣味で専用ボートまで持っていたんだ。毎晩夜釣りに出てたそうだからその際ばら撒いていたんだろう』『よもや、撒き餌にしたのでは?』『何しろ当人が死んでしまってるから』……】