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「おい、聞いてるのか、クレイ?」
見張り台の白い柵に凭れてサミュエルがこっちを見ている。唇を尖らせて。
「なあ?来年の夏まで、俺のこと忘れるなよ。何だよ、それとももう早速、ここから他の男の子物食してるのか?」
「やれやれ。お前の方こそまたそんなこと言ってるのか?いいから──こっちへ来て座れよ。乾杯しよう」
折りしもクレイは見張り台に設えたテーブルにグラスを二つ並べ終えたところだ。悪戯っぽく片目を瞑って、これが何かわかるかい、と訊いた。
丈の高いグラスに美しい真紅の漣が揺れている。
ちょうど夕焼けの最中で、空も海も砂浜も……つまり周り中、グラスの中身と一緒の色だった。
勿論クレイは、満を持して、計算済みで、この瞬間を狙っていたのだ。一つ咳払いをしてから、
「おまえのママが教えてくれた特別のカクテルだぞ、これ」
「ママが?いつ?」
流石にサミュエルは吃驚した。
「うん。カリフォルニアに帰る前日、病室で。彼女、紺に白い花を散らしたワンピースを着てて……そりゃあ綺麗だった!」
「ふうん、知らなかったな」
「知らなかったろ?」
クレイはグラスを翳して得意げに説明した。
「アマンダ・ケリーがロヴ・プレローズに会った運命の夜、作ってもらったのが、これ。二人して、まさにここ、見張り台で乾杯したってさ!そして、それ以後も何回も……」
クレイはクリネックスの箱を膝に抱えてうっとりと話してくれたアマンダの姿を思い出した。
『幸福だった思い出ナンバー1……!』と彼女は言っていたっけ。
『本当に憎らしい奴!海やヨットのこと何にも知らない私をからかって……面白がって作ってくれたんだわ!』
「ロヴ・プレローズ氏はこのカクテルが大のお気に入りだったそうだ。それと言うのも名前のせい。これ、〈キール〉って言うんだ」
「へえ?」
「尤も、キールはキールでも、これは船とは全然関係なくて、単にカクテルの考案者の名前に由来するんだけど。フランスの何処かの市長だったはず。えーと、何処だっけ?あれ、ド忘れしちまった!リヨン?二ース?ディジョン?……」
「ケッ」
これがサミュエルの率直な感想だった。