小説『とくべつの夏 〈改稿版〉』
作者:sanpo()

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 (何考えてんだか、クレイの奴。)
 デリカシーの欠片もない。当のパパとママの愛は破局したんだぞ。ゲンが悪いったらない。元々ワインはあんまり好きじゃない上に、クレーム・ド・カシスの赤は今となってはサミュエルが一番大嫌いな色だった。リッキーの髪の色。
 (何から何まで腹が立つ……!)
 そう言うわけで少年はだらしなく椅子に腰を下ろすと、顔を顰めて一口啜った。
 次の瞬間、あっと叫んで、半分以上グラスの中身をスパーキィの背中に零してしまった。
 「ひどい態度じゃないか?」
 クレイは少年の無作法に痛く傷ついた。
 「俺が折角──」
 だが、サミュエルの尋常でない顔つきを見て怒鳴るのをやめた。
 「何?どうかしたのか?」
 「見てみろよ、クレイ、あれ!」
 「え?」
 サミュエルは震える指を前方へ突きつけた。
 「あれ、何かに似てないか?」
 クレイは風に靡く前髪が邪魔だった。額から跳ね除けながら目を細めて、見た。
 サミュエルの指し示す方向……見張り台からの展望……
 今となっては見慣れた、いつもと変わらない風景がそこにあった。
 海と浜と断崖と岬。幾層もの船──夏の盛りに比べて船の数は少し減ってはいたが。夕焼けがそれら全てをカッと燃やしている。
 サミュエルが指差しているのは、島で昔から〈鯨岩〉と呼ばれている大きな岩山だった。今、それは夕陽のせいで影を濃く地面に落している。
 (何かに似てないか、だって?)
 クレイにも瞬時でわかった。
 鯨岩は影の部分と繋がって──影の部分を合わせると──サミュエルの足の裏の刺青の模様とそっくりだ!
 「こんなことって……」
 クレイは身震いした。
 「あ」
 I・N・K・I・R……刺青の語句。あの〈キール〉はカクテルの名か?
 〈キール〉を楽しんだ二人だけの時間、眼前に見えるもの……周り中カクテル色に染まる世界で見えたもの……?
 「クレイ!言ってみようぜ、あそこへ!」
 既にサミュエルとスパーキィは駆け出していた。

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