小説『とくべつの夏 〈改稿版〉』
作者:sanpo()

しおりをはさむ/はずす ここまでで読み終える << 前のページへ 次のページへ >>

 (  私は若かった時(1975年、22歳だった。)法に触れる犯罪に手を染めてしまった。
   詳しいことは全てこの航海日誌に記してあるから、今は概略だけを記す。
   1975年の7月、エーゲ海はキクラデス諸島へのクルージングの際、
   私は投錨したミロス島で同胞の留学生と知り合った。そして、
   この男が海中から発見した古代の美術品をこっそり母国へ持ち出す計画に安易に乗ってしまった。
   この男──当時彼は〈墓堀人〉と自称していたので私もここでそう呼ぶ──
   が見せてくれた遺物が大層美しかったので、異国の美術館の奥深く封印されるよりは、
   この先ずっと息も掛かるくらい身近に置いて、
   いつも見たいとき見ることができたらステキだろうと考えた。
   何よりも、こうした〈特別の秘密〉を持つことが物凄くスリリングで、
   自分の人生を一際耀かせてくれると思ったんだ。

   実際の処、この手の計画が巧く行くか自分でも半信半疑で、
   学生のおふざけ気分のまま実行に移した感もある。
   だが、幸か不幸か、やりだしたらいとも簡単に大海原を突っ切って帰って来ることができた。
   航海は順調で、大した時化にも遭わなかった。(スコールを少しばかり……)
    むしろ大きな嵐は私の心の内で起こった。

    幾億もの波に打たれて海を渡る間に、
   私はこの密輸計画を持ちかけた考古学者と向うで取り交わした契約を放棄することを決めた。
   〈墓堀人〉が希望した場所に?積荷?を降ろすのをやめて私は行方を眩ませたのだ。
    当時私は外国へ行くと自分が放浪者であり自由人なのだと言うヨットマン特有の幻想に酔って──
   実名を名乗らない習慣を身につけていた。今度の場合はそれが幸いした。
   私は〈墓堀人〉にも私の本名と素性、出身地を明かしてはいなかった。
    こうして私はまんまと故郷の島に着岸した。

    私はそのまま警察へ直行すべきだった。
    サミー、おまえはそう思うだろう?
    それとも、私はそうするつもりだったと信じてくれるかな?
    残念ながら、そういう考えは当時の私には微塵もなかった!
   ( 私は正直におまえに話したいんだ。)

-74-
Copyright ©sanpo All Rights Reserved 
<< 前のページへ 次のページへ >> ここまでで読み終える