26
サミュエルは黙って冊子をクレイと葵里子の方へ押しやった。
それから、椅子を引っ張り出して座ると、テーブルに肘をついて掌に顔を埋めた。
そのままじっとしていた。
ランタンの光がきつ過ぎると思った。強烈に眩し過ぎて目が痛い。目に滲みて、それで涙が止まらない。
父は実際に〈墓堀人〉=アンブローズ・リンクィストと会ったのだ。
そこが何処で、その後どうなったか、今となってはサミュエルも正確に知っていた。
冊子の最後のページを記した4日後の3月17日、父は〈スペシャル・サマー号〉の上で殺された。
父がいつからそのヨットに乗っていたかは知らないけれど、どんな思いでその名をつけたのかはわかるような気がした。
「良かったじゃない、サミー!」
サミュエルは顔を上げた。
ロヴ・プレローズの?時を越えた手紙?を読み終えた写真家がまたしてもわけのわからないことを言っているな、と思いながら。
「これではっきりしたわ、あなたのお父さんは、あの変態教授の〈仲間〉なんかじゃない!」
涙を拭うことも忘れてポカンと口を開けたままサミュエルは葵里子の顔を凝視した。
「あなたのお父さんは違った。古代の美術品を盗んだ件では罪があっても、ある意味でお父さんは?護った?のよ、これ等が穢されるのを」
葵里子は肩越しにクーロスを眺めつつ言うのだ。
「リンクィストの言いなりになっていたらロヴ・プレローズは単なるオツムの軽い手下ってわけだけど、これだけは言える。あなたのお父さんの行為はもっと純粋で高貴だったのよ。これ等があいつの手に渡っていたら犯罪の性質は全く変わってしまっていたわ」
クレイも同意した。読み終えた冊子をテーブルに戻しながら、低いけれどよく通る声で言う。
「葵里子の言わんとしてること、今回ばかりは俺にもよくわかる。サミー、ホントにその通りだぜ。おまえは親父さんを軽蔑する必要はないよ。むしろ──誇りに思っていいくらいだ」
何と答えていいのかわからずサミュエルは湿ったジィーンズのポケットに手を突っ込んでボソッと呟いた。
「そうかな?」
「不思議よねえ?」
像達へ歩み寄りながら葵里子は言う。
「憶えてる?リンクィストは漁船の上で私達に銃を向けながら言ったわ。『生身の美は亜流だ』。で?彼の求めた〈真実の美〉がここにある」
顎に人差し指を置いて、私だってわかる、確かに美しいわよね、と写真家は頷いた。
「でも、肝心なことは、こっちこそ?模倣?だって事実よ。だって、この像達が先にあったわけじゃけっしてないものね。古代の──芸術家だか、職人だか、それは定かじゃないけど、クレタ人達にこれらを造らせた原動力は、それこそ〈生身の人間〉……実在する〈愛する人達〉が存在したからこそしゃない?」