洞窟の中の5体のクーロス……
刺青を持つサミュエルまでの計5人……
「?前座殺人?とか嘯いてたけど、今回の陰惨な事件はこれら美しい古代の若者を奪還する旅だったのかもね。右足を切り落とす時、教授は嘗てエーゲ海の小島で白い裸体を切断した瞬間を追体験していたのかも……」
葵里子は上着のポケットから封筒を取り出した。中の5枚の写真を彫像の足下にひとつひとつ並べて行く。
「集めて来たのよ。今回の事件の犠牲者達の写真よ」
そっと付け足して、
「ケニーのは、私が以前撮ったもの」
サミュエルは椅子を引いて静かに立ち上がると航海日誌に挟んであった父の写真をその列に加えた。
暗い洞窟。
湿った風と鬼灯のようなランタンの灯り。潮の匂い。
「バカ野郎っ!」
父に向かってサミュエルは言った。
「あんたは弱虫で能天気で救いようのないくらいロマンチストな上に……大嘘つきだ!だって……待ってなんかないくせに!」
それが言ってやりたかった。一番言ってやりたいことだった。
「今、俺がここを飛び出して、『愛してる』と叫んで抱きつきたくっても……そこにはいないくせに!何処にも……もう、いないくせに!」
いつの間にか傍らにクレイが立って、そっと肩を抱いてくれていた。少年がどんな時に『バカ野郎』と言うかよく知っているクレイ・バントリーが。
彼自身は、撃たれて死にかかっている時、それを言われた。
「〈ピノキオ〉が羨ましいよ!」
サミュエルは彼流の言い方で更に続けた。
「羨ましくってしかたない!鯨の腹の中でちゃんと父親と再会したあのクソガキが!なあ、聞いてんのかよ、パパ?」
潮目が変わり、浮標(ブイ)が揺れ、ウミネコ達が喧しく騒ぎ出したら……
夜の漁に出ていた漁船の、港へ戻るエンジン音が彼方此方で響きだしたら……
海が空の後を追うように漆黒から青へと変わったら……
つまり、夜が明けて、明日になったら……
その時こそ父に代わって警察へ出頭しようとサミュエルは思った。写真家はともかく──あの女はきっと逃げるだろうけど──クレイは一緒について来てくれるはずだ。
そして、今度こそ洗い晒い全てを話すつもりだった。自分が体験した島の生活、特別なひと夏のことを。
でも、今夜は一晩中ここにいて、嘗て父がそうしたように、ただ黙って美しい遺産を眺めていよう……