第三十四話『再出撃準備』
Side〜ウリア〜
イスカンダルの『神威の車輪』に乗せていた無人機『ゴーレム?』を束さんに受け渡していると、リグレッターが近づいてきた。
そして、リグレッターは念話で重大なことを口にした。
『マスター、一夏が落ちた』
『!? それは本当なのですか?!』
『事実だ。 今頃治療を受けているだろう』
『わかりました!』
一夏が落とされただなんて……。
今の一夏なら暴走状態の福音なら倒せたはずなのに……。
私は思考を止めて走り出した。
☆
「一夏は無事なんですか!?」
私は千冬義姉さんを見つけると、一夏の容態について問いただした。
「落ち着け、アインツベルン。 あいつは今治療中だ。 それが終わるまでどうなるかはわからん」
千冬義姉さんはいつもと変わらない様子ですが、やはり心配しているんですね。
右手が白くなるほど強く握られていました。
「……そうですか。 ところで千冬義姉さん」
「織斑先生と呼べ。 ……で、何だ?」
「福音の居場所、わかっているんですか?」
「……それを聞いてどうする?」
理由なんて、聞かなくてもわかるはずなんですけどね……。
「いくら知り合いといえど、一夏を傷つけたんです。 この私が黙っていられる訳が無いでしょう? ねぇ、千冬義姉さん?」
ナターシャさんには悪いですが、一夏をやられて黙っていれるほど私は出来ていないんですよ。
ナターシャさんに罪はありませんが、一夏を傷つけた福音を、黙っているわけにはいきません。
「はぁ、そんなことだろうと思った。 福音の場所は現在捜索中だ。 わかり次第、追撃をかける。 それまで待っていろ」
「わかりました。 では私はこれで」
それまでは待っていましょう……今回は少しばかり、手加減出来ないかもしれませんからね……心を落ち着かせていましょう。
Side〜ウリア〜out
Side〜一夏〜
ざぁ……。
ざぁぁん……。
(ここは……どこだ……?)
俺は波の音に誘われるまま、どこかもわからない砂浜の上を一人で歩いていた。
俺はなぜか制服を着ていて、ズボンは裾が折り返された状態で、そして裸足だった。
そして、手にはいつ脱いだのかも定かではない靴があった。
「―――。 ―――♪ 〜♪」
ふと、歌声が聞こえた。
とても綺麗で、とても元気な、その歌声。
その歌声が無性に気になり、俺は歌声が聞こえる方へと足を進める。
足下の砂を軽快に鳴らせながら、俺は歩みを進める。
「ラ、ラ〜♪ ラララ♪」
少女はそこにいた。
波打ち際、僅かにつま先を濡らしながら、その子は踊るように歌い、謡うように踊る。
そのたびに白い髪が輝き、揺れる。
その白い髪はウリアのようではあるが、ウリアの髪の美しさにも匹敵するような、そんな風に感じた。
俺はなぜだか声をかけようとは思わず、近くにあった流木へと腰を下ろした。
俺はただただぼんやりと目の前の光景を眺めた。
(ウリアは大丈夫なのかな……)
俺は、ぼんやりとしつつも、ウリアのことを考えていた。
Side〜一夏〜out
Side〜ウリア〜
「すまなかった……」
今私の目の前には、右頬を赤くして謝る箒がいます。
先ほど、私はつい箒を叩いてしまったのです。
感情が高ぶり過ぎてしまったんです。
「一夏が怪我をしたのは貴女の所為だったみたいですね。 よかったですね、一夏が死ななくて。 もし死んでいたら、私は貴女を殺していましたよ」
一夏は先ほど治療が終わり、大事は無いそうです。
よかったです。
……本来なら、魔術で治療して、今すぐにでも元気になってほしいんですが、どういうことか、一夏に魔術が効かないんです。
キャスタークラスでかなり高位の魔術師であるメディアでさえも、今の一夏には通用しませんでした。
前は効いたのに、今は効かないんです。
それがなぜかはわかりませんが、そういうこともあり、一夏が目覚めるのを待つしかありません。
にしても、どうして効かないんでしょうか?
今は考えても仕方がありませんね。
「ふぅ……一夏が起きたら、ちゃんと謝ってくださいね。 私は、一夏が赦さない限り、貴女を赦しませんから」
私自身赦せないですけど、これは一夏と彼女の問題です。
一夏が無事だっただけでよかったんです。
……つい先ほど叩いてしまったのですけどね。
「箒、力の使い方を考えなさい。 力に溺れては、自分だけでなく周りを巻き込むことを知りなさい。 貴女だけが怪我をしようが死のうが、私は知りません。 ただ、その所為で周りを巻き込むことだけは止めなさい。 でないと、貴女は孤立しますよ」
今回巻き込まれたのが一夏であっただけ。
それだけで苛立たしいのですが、一夏は優しすぎますからね。
きっとまた助けようとするでしょう。
だから、箒の暴走でまた一夏が怪我をしないように、私が気を掛けておきませんと。
もしもまた同じことを繰り返すようでは、私は箒を殺してしまうでしょう。
今回は赦しますが、次は赦しません。
それがたとえ、一夏が赦したとしても、私は赦しません。
「アインツベルン、少しいいか?」
「はい」
千冬義姉さんが来ました。
福音の位置が特定できたのでしょうか。
私は箒から離れ、千冬義姉さんと二人っきりになります。
「福音の場所が特定できた。 福音はここから三十キロ離れた沖合い上空にいる」
「ありがとうございます」
<やるのですか?>
(ええ。 今回は少しやりすぎてしまうかもしれません。 もしもの時は無理矢理憑依してでも止めてください)
<……よろしいのですか?>
(はい。 流石にナターシャさんは殺せません。 恩もありますし、今回は福音の暴走が原因ですから。 それに、殺したら一夏と離れ離れになります)
<相変わらず仲が宜しい様で>
<してウリアよ、今回は誰を使うつもりだ?>
(そうですね……今回は、宝具を状況に合わせて使い分けます)
最初はヘラクレスだけとも考えたんですけど、確実にやり過ぎるので止めました。
ヘラクレスはギルガメッシュにも並ぶほどに強力な英霊ですからね。
「ところでアインツベルン。 本当に一人で行くのか?」
「はい。 他に人がいるとやりづらいですし、もし敵側の英霊が出たら操られるのが落ちですから」
「そうか……だが、お前は大丈夫なのか?」
敵の英霊はおそらく『ハーメルンの笛吹き男』こと魔法使いマグス。
その宝具は音で人を操るものなのでしょう。
そして、それは機械をも操るでしょう。
「私には心強く強力な英霊たちがいます。 私は一人ではないので、大丈夫です」
「……そうか。 お前の出撃を許可する。 だがなウリア」
あ、名前で呼びましたね。
「お前が死ぬことは赦さん。 お前は未来の一夏の妻だ。 死なれては困る。 特に一夏はお前を心底愛しているのだ。 お前が死んだらあいつは自殺するぞ」
一夏ならしそうですね。
私もしそうですしね。
「大丈夫です。 私は、一夏を残して死ぬつもりはありませんよ。 まだ結婚も、子供も出来ていませんしね。 死にきれませんよ」
「ふっ、お前には愚問だったか。 まあ、生きて帰って来い」
「はい、千冬義姉さん」
「ああ、そうだアインツベルン。 お前も無人機との戦闘で多少は疲れているだろう。 せめて三十分は休んでおけ。 もしも英霊との戦闘になれば、お前とて厳しくなるはずだ」
「では、少し休みますね」
私は千冬義姉さんに一礼してから一旦部屋に戻ります。
ただし、千冬義姉さんと一夏の部屋です。
ここが一番落ち着けますからね。
『三十分後、起こしてください』
『了解した』
決戦は万全な状態で。
だから、少し休みましょう。
一夏のことで、気疲れしましたしね。
Side〜ウリア〜out