第六十四話『一夏の誕生日パーティー』
Side〜ウリア〜
「楯無」
「っ!」
私が後ろから楯無に話しかけると、楯無はビクッ!と背筋を伸ばして、恐る恐ると言った感じで振り返りました。
……貴女にとってそんなに怖いんですか、私は?
「ななな何で御座いましょうかウリアフィール様?!」
「今日のことなんですが―――」
「敵を逃がしてしまい申し訳ありませんでした!」
私は別のことを言ったつもりだったんですが、楯無はそう言うとあっという間に土下座をしました。
……楯無の土下座を見慣れてしまった私はどうしたらいいんでしょうか。
「敵を逃がしたということなら私も同じです。 私が言いたいのは別の用件です」
「べ、別の用件……と言いますと?」
楯無は顔だけを上げ、私を見上げます。
「貴女が弾さんと蘭ちゃんを匿ったのは聞きました。 おかげで二人とも怪我などせずにすみました。 ありがとうございました」
私はそう言って頭を下げる。
出会ってそんなに時間は経っていませんが、それでも弾さんも蘭ちゃんも私の友人です。
二人を守った楯無にお礼をするのは当然のことです。
「そ、そんな! 私にお礼なんて勿体無いです! 頭を上げてください!」
ですけど、楯無はそれを拒否する。
楯無は私が与えてしまった大き過ぎる恐怖とトラウマが、私を絶対の王として崇めているみたいなのです。
そのせいか、私がお礼をするとなるとこうなってしまうのです。
元はといえば、私がやりすぎたのが原因なのですが、困ったものです。
「楯無。 貴女が二人を別室に匿ったおかげで、二人が怪我をすることが無かったのです。 貴女がそうしなければ、二人が怪我をしていたかもしれない。 だから私はお礼をするんです。 ありがとうございました」
「勿体無いお言葉、ありがとうございます」
「なぜ楯無がお礼を言うんですか。 貴女は堂々としていればいいんですよ」
生徒会長が私に脅えるだなんて、私がやってしまったこととはいえ、変な感じですね。
「ウリアスフィール様、一夏君が待っていますよ。 私なんかは放っておいて、一夏君と楽しんでください」
「あ、楯無」
楯無が立ち上がり、私の背中を押して一夏の方へ歩かせてきました。
楯無なりの気遣いなのでしょう。
「弾たちのことか?」
私が強引に一夏の元へと戻されると、楯無はささっと去ってしまった。
一夏は楯無がいなくなると同時に話しかけてきました。
「はい。 ちゃんとお礼をするべきだろう思いまして。 ですけど、いつもみたいなことになりましたけどね」
「だろうな。 あれがそう簡単に治ったりするとは到底思えないからな」
私も一夏も、苦笑をして話します。
「あれ? 一夏、そのナイフは……」
一夏が持っているものに気づき、私は聞きます。
そのナイフは、ラウラが持っていたものに似ていますが……。
「さっきラウラから貰ったんだ。 ラウラが実戦で使ってた奴みたいだ。 どうやら、誕生日プレゼントに護身用としてくれたみたいなんだ」
「護身用って……それ、明らかに護身用レベルの代物じゃないですよ?」
「あのラウラが使ってた奴だからな。 はっきり言うと『殺しのための道具』だろうな。 まあ、せっかくラウラがくれた物だし、大切にするさ」
ラウラは軍人です。
……可愛いですが。
そんなラウラが使っていたナイフが、脆い訳がありません。
ラウラは軍人であることに誇りを持っていますし、その武器となる物にも愛着を持っています。
そんなラウラが自分の武器を一夏に渡すだなんて、よっぽど一夏が心配なのか、それとも一夏が好きなのか。
……ラウラなら別にいいかなって思ってしまう今日この頃。
私はもう取り返しのつかないところまでに到達してるようです。
『このナイフ、アレイスターに頼んで強化してもらっても構わないかな……?』
『それは私じゃなくてラウラに聞くべきでしょう』
『さっきうっかり、ていうか、ここではあまり話せない内容だから聞けて無いんだよ。 このナイフ、物がいいから、きっといい霊装や概念武装になると思うんだよ』
『きっとなるでしょうね。 私もそう思いますし、アレイスターは超一流の魔術師です。 ナイフを改造するのも造作も無いことでしょう』
アレイスターがやるのなら、きっととんでもない物が完成するでしょう。
アレイスターが召喚されたことにより、この世界に存在する魔術師では、アレイスターの右に出る者はいません。
葉王は同じキャスタークラスですが、『魔術師』ではなく『シャーマン』ですから、魔術ではアレイスターの方が上なんです。
まあ、宝具が出てきた場合は葉王が最強ですけど。
『後で聞いてみてはどうでしょう。 ラウラならばきっと了承してくれますよ』
『だといいんだけど……』
ラウラは根は優しいですし、一夏の頼みとなればきっと聞いてくれます。
だってラウラは、私の義妹ですからね。
☆
「よかった、売り切れは無いみたいだな」
「もう、一夏が主役なんだからこんなことしなくてよかったのに……」
私と一夏は、一夏の家から最寄の自動販売機に来ていました。
あれからしばらく騒いでいたのですが(途中弾さんと虚さんが中々良さ気な雰囲気だったのを眺めたりしてました)、足りなくなったジュースを補充するためにここに来たのです。
一夏は主役であるのにもかかわらず、こうして買出しをしているのです。
私たちは止めたんですが、一夏は折れず、結局私たちの方が折れたんです。
まあ、私はついてきましたが。
「いいだろ、別に。 俺だけ何にもしないっていうのも何かむず痒くてな」
「どれだけ主夫なんですか、一夏は」
私たちはそんな会話をしながらジュースを買っていきます。
「さて、こんなもんでいいか」
「ですね。 戻りましょう、と言いたいところですが……」
私は自動販売機の光がギリギリ届かない位置へと視線を向けます。
気配はかなりのレベルで消していますが、その殺気に気づかないわけがありません。
といっても、その殺気のほとんどは私ではなく、一夏へと向けられていたものでしたが。
少しは私にも向けられていましたが、一夏に向けられていたものよりかは大分小さいでしょう。
といっても、その殺気も微々たる物なんですが。
「………………」
その気配は一歩踏み出し、私たちにその顔を顕わにします。
「「っ!」」
私たちは驚愕しました。
なぜなら、その少女の顔に、見覚えがあったからです。
いえ、見覚えどころではありません。
「ち、千冬姉……?!」
そう、その少女―――15、6歳の少女の顔が、千冬義姉さんにそっくりなのです。
「いや」
少女が口を開きました。
「私はお前だ、織斑一夏」
「なに……?」
そういえばこの気配……あの敵と同じ気配ですね……。
「今日は世話になったな」
「! お前、もしかしてサイレント・ゼフィルスの―――」
「そうだ」
そう、今日襲撃をしてきて、私の『偽・螺旋剣』から逃げ切った、サイレント・ゼフィルスの操縦者と同じ気配です。
「そして私の名前は―――」
そして同時に―――
「“織斑マドカ”、だ」
―――一夏や千冬義姉さんと似たような気配でもあります。
「私が私たるために……お前の命をもらう」
織斑マドカと名乗る少女はハンドガンを取り出した。
パァンッ!と銃声が鳴り響き、銃弾は一夏へと飛びます。
ですが、私たちは慌てません。
銃弾は一夏に当たることなく、一夏の手前でキンッと金属音を鳴り響かせ、その銃弾は弾かれました。
そこから現れたのは私の英霊『後悔する者』こと『英霊・織斑一夏』。
漆黒の刀を構えています。
「ちっ。 やはり出てきたか」
「……当然だ。 マスターに一夏を狙われて、俺たちが出てこない訳が無いだろう」
リグレッターは、織斑マドカをどこか悲しげに睨み付けています。
表情にあまり違いはありませんが、僅かですがそう感じさせる瞳です。
やはり、リグレッターは知っているのでしょう。
織斑マドカがどういう存在なのか、一夏たちとはどういう関わりなのかを。
それを知っているからこそ、そんな目でいるのでしょう。
「……ここで引けば追いはしない」
「………………」
リグレッターはそう言い、織斑マドカは私たちを睨んでから、サイレント・ゼフィルスを展開して夜の闇に紛れていきました。
一夏も気づいているのか、何も言いませんでした。
「リグレッター」
「……悪いマスター。 どんな罰でも受ける」
「今回の愚行は見逃します。 ただし、あの娘のことを話すことが条件です」
「……了解した」
とりあえず、今は家に戻りましょう。
誕生日パーティの途中ですからね。
Side〜ウリア〜out