第八十三話『一夏の戒め』
Side〜一夏〜
俺たちの二回戦の結果を言うと、俺たちの勝ちだ。
相手の二年のフォルテ・サファイア先輩と、三年のダリル・ケイシー先輩は強かった。
あの二人のコンビネーションはとても素晴らしく、軽い斬撃程度だと、かわされ、防がれ、逸らされ、流され、止められた。
二人の動きは、まるで一つの生物のような一体感を持ち、なかなか攻撃が通らなかった。
その防御力ゆえに、俺は『瞬閃』を使って終わらせた。
嘗めていたわけではないが、楯無さんに勝って驕っていたのかもしれない。
俺とウリアを除けば生徒最強である楯無さんを倒したことで、俺は無意識の内に驕っていた。
代表候補生が相手なら、問題ないと思っていた。
まさか、国家代表でない相手に、『瞬閃』を使うとは思っていなかった。
こんなんじゃ駄目だ。
無意識の内に驕るようじゃあ、無意識に負けているようじゃあ、ウリアを守る騎士にはなれない。
もっと厳しく、自分を律しなければ……。
「一夏……大丈夫……?」
「ん? ああ、大丈夫だ。 自分の愚かさを改めて知って、特訓内容に修正を加えることにしていただけだから」
「自分の……愚かさ?」
簪さんは、俺の言うことがわからないようで、聞いてきた。
まあ、俺の理想は高すぎるし、厳しすぎる。
わからないのは無理も無いだろう。
「さっきの試合、俺は驕っていた。 『瞬閃』を使うなんて思っていなかったし、心の奥では負けるなんて思ってなかった。 無意識の内に相手を下に見て、自分は『瞬線』を使わずとも勝てると驕っていた。 だけど、そんなんじゃあ俺の目標には辿り着けない。 敵を下に見ず、常に驕らず、常に万全で最高の状態で戦ってこそ、ようやくウリアを守る立場になれる。 俺はそう思っている。 だけど、あの試合は、それが出来ていなかった。 だから、自分の愚かさを受け入れ、それを潰すために、より自分を鍛えなおす。 より高みへと上るために。 ウリアを超えるために」
だから俺は、あの試合の俺が赦せない。
自分の甘さに。
驕っていたと言うことに。
あの試合を汚したことに。
「……一夏は強いね」
「そんなことはない。 俺は弱い。 力はあるかもしれない。 だが、俺は弱い。 俺の中で驕りが無くなった時、初めて強いと言える。 今の俺は、未熟すぎる」
千冬姉と比べて。
ウリアと比べて。
もう一人の俺と比べて。
アレイスターと比べて。
他の英霊たちと比べて。
比較する対象が異常すぎると言われるだろうが、俺が心の底から尊敬する人たちは、自分の信念を貫き、揺るがない強さを持っている。
だが、俺は誰にも譲れない信念があるだけだ。
まだまだ弱い。
「簪さん。 しばらく外に出てくるよ」
「あ、うん。 わかった」
俺は、気持ちを切り替えるために、外へと出た。
Side〜一夏〜out
Side〜ウリア〜
一夏と簪は勝ちました。
だけど、一夏のあの様子だと、きっと外の空気を吸いに来るでしょう。
「あ、いました」
一夏が外に出てくるのを見つけました。
<途轍もない推理だな>
一夏を見つけたら、シロウがそう言ってきました。
(一夏のことで、私に不可能はありませんよ)
<そのようだな。 やはり、女性と言うのは不可解だ>
そうでしょうか?
まあ、一夏のためなら、私は常識を無視して行動できそうです。
とりあえず、声を掛けましょう。
「一夏」
「う、ウリア」
やっぱり一夏は、自分を戒めているようです。
「さっきの試合のこと、気にしていますね?」
「……ああ。 あの試合、俺は汚してしまった。 本気で向かう相手に、俺は相手を嘗めて戦っていた」
「そうだろうと思いましたよ。 だって、いつもより動きが悪かったですから」
よく見ないとわからないくらいの誤差でしたけど、間違いなく落ちていました。
「流石だな、ウリア。 気づいていたんだ」
「当たり前です。 私は一夏の恋人ですよ? 気づかないわけ無いじゃないですか」
一夏のことなら、どんな些細なことでも気づく自身があります。
「一夏。 人の強さや思いは人それぞれですよ。 アルトリアは騎士道精神を重んじ、国のために。 シロウは仲間を守るために。 ディルムッドは忠義のために。 イスカンダルは征服のために。 ギルガメッシュは、己が至高の存在であるが故に。 私だって、思う物はあります。 一夏やラウラ、お母様にお父様、親しい間柄の人々を守りたい。 一夏に相応しい女性になるために、って。 一夏にも思う物はあるでしょう。 それを汚したと思うのなら、それを二度と汚さないように、次の段階へと上るために己を高めるか、別の思いを胸に、道を変えてください。 でも、一夏は別の道なんて考えないでしょう?」
「当たり前だ。 俺は、今の思いを覆すなんて、したくない」
「だったら、気持ちを切り替えて、二度とその思いを汚さないように、精進するしかありませんよ」
思いを汚すと言うことは、信念を曲げると言うこと。
それをしたくないのなら、信念を曲げない、その人にとって絶対の強さを身に付けるしかありません。
「ありがとう、ウリア。 気が晴れたよ」
「それならよかったです。 ああ、それと、ラウラの姉として一言。 次の試合、そんな腑抜けた状態で戦って、ラウラを失望させないでくださいよ」
いつもは一夏に甘いですけど、時には厳しいことを言います。
特にラウラのこととなると、厳しいことを言ったりしますね。
「わかってるよ、ウリア。 ラウラに、俺との戦いをあんなに楽しみにしているラウラに、驕りなんてしないよ。 もう、二度と相手を嘗めるなんてこと、しないから安心しろよ」
今の一夏に、迷いはありませんね。
「いい試合になることを、期待していますよ」
もしも下らない試合になるようでしたら、私は怒りますけど、もう大丈夫でしょう。
私は、最後にそうとだけ告げて、観客席へと戻りました。
Side〜ウリア〜out