第十話 九鬼英雄ですか。
12月のある日。それは起こった。
上海にある『上海ニューホテル』
日本三大名家の一つである九鬼家と三大名家には格式は劣るが、最近急成長している新進気鋭の霧夜グループが協同で出資した世界最高のものになるといわれたホテル。
今日、そのホテルが
燃えていた・・・・・・・。
サイド:???
くっ!?ぬかったわ。まさかテロリスト如きが九鬼財閥の警備を抜けてくるとは。
我の名前は九鬼英雄。誇り高き九鬼家の長男である。今日は霧夜グループと共同で出資したホテルの開店を祝ってのパーティがあった。
我自身は興味がなかったのだが、九鬼の人間としてこのような場にも今のうちに顔をだしておくべきということで出席したのだが、
「きゃああ!?」
「で、出口はどこだ!?」
「は、早く出してくれえ!?」
このような結果になってしまった。
くっ!パーティの参加者はどうやら突然の事態に錯乱しているようだ。しかたない!!
我は叫んだ。
「えぇい、うろたえるな!!助かるものも助からなくなるぞ!!身を低くして出口にむかえ!!幸い出口は防がれておらぬ。落ち着いていくのだ!!」
ええい!いい大人がうろたえおって!これだから庶民は!!だが、我はそんな庶民たちを導かねばならぬ。なぜなら我は生まれながらの王にして、皆の英雄なのだから!!
我の声を聞いて出口へとむかっていく庶民たちを眺めながら、我は、自然な足取りで、我を守るように立っていた給仕へと声をかける。
「そこの給仕、貴様先程から我のことを気にかけているようだが、・・・名をなんという。」
英雄に声をかけられた給仕は驚いたような顔をしていた。
「あ、ああ。あずみ。忍足あずみだ。・・・しかし、なんでわかったんだ?依頼主のいうとおりなら、あんたに連絡はいってないはずなんだが?」
「ふん!我は九鬼家の人間。その程度のことも見抜けなければ王の一族など名乗れぬわ!」
あずみは自身が自らの護衛だと見抜いたその眼力に驚くべきか、このような修羅場でも自分のペースを見失わない英雄に呆れるべきかわからず、微妙な顔をしていたがもちろんそのようなことを気にする英雄ではなかった。
「あずみよ、そこに霧夜の娘がおるだろう。」
そういって英雄は一人の倒れている女を指差す。
彼女の名前は霧夜エリカ。霧夜グループの娘で、英雄と同じような理由でこのパーティに来ていたのだが、テロで起こった爆風に巻き込まれ、気絶してしまったのだ。
「こやつの安全も確保せよ。ここで死なすには惜しい存在だ。」
英雄はエリカとは今日初めて会ったのだが、初対面で英雄は理解した。彼女は自分たち九鬼家と同じ、王の道を行く者。いずれは自らの好敵手になる存在。故にここで死なすには惜しいと、英雄は感じたのだ。
「おいおい、私は一応あんたの護衛に雇われたんだが。あんたの護衛を疎かにするような真似はできないぜ?」
「ふん!それくらいやって見せろ!それでこそ九鬼家の臣というものぞ!」
「・・・いや、私はただの傭兵なんだが・・・。」
あずみが呟くが英雄は聞いてない。九鬼家の人間にとって、自らの敵ではない者は、友以外は愛すべき庶民と臣しかいないのだから。
そんな英雄にため息をつきながらも、あずみがしっかりと、エリカを比較的安全な場所に移動させているのは英雄のカリスマ性故か、諦めたからなのか。
そんなとき、
ドガガああああん!!!
「「!?」」
「な、何事!?」
爆発音とともに大きな衝撃が英雄たちがいるホテルを襲った。エリカも今の爆発音で目を覚ましたようだ。
せっかく英雄のおかげで落ち着き始めた参加者たちも再び錯乱し始める。
「いやあ、静かにしていただきましょうか。」
パーティ会場に男の声が響き渡る。見ると会場の入口に戦闘服のようなものを着た男たちに囲まれながら一人の男がでてきた。
真黒なスーツに身を包み、穏やかな笑みを浮かべる男。しかしその爬虫類を彷彿とさせるその目は狂人特有の危険な光を秘めていた。
英雄とエリカ。この二人はまだ幼いながら自らの家から英才教育を受けた身。その中には他人を見極める目を養う訓練もあり、そんな二人だからこそ一目で見抜いた。この男は危険だと。
そんな二人の観察するような目線を感じながらも、それに構わず男は話し続ける。
「こんばんわ、紳士淑女の皆様方。私の名前は、ふむ。そうですね。ジョン・ドゥととりあえずはお呼びください。お見知りおきを。」
そういって男は一礼する。しかしその礼には誠意のかけらも感じられなかった。テロリストに誠意を求めるのもおかしい話しだが。
(それにしても・・・)
ジョン・ドゥとは。元から本名など期待したはおらぬが、あからさまな偽名とその軽薄な態度からこちらが馬鹿にされている印象を受ける。
それを感じたのだろう。参加者の一人の男性が大きな罵声を「ジョン・ドゥ」に浴びせる。
「ふざけるなよ、汚らわしいテロリスト風情が。選ばれし者の祝宴に土足で入りよって!今すぐここからでてゆけ!!」
この中年の男性は、九鬼家や霧夜グループほどではないが、かなりの名家の産まれでそのためか凄まじくプライドが高い男性だった。
自らに奉仕するはずの庶民が自分たち選民のパーティを台無しにしたのが許せなかったのだろう。
いつも自らがやっているように罵声を浴びせた。
これがそこらの庶民や自らの部下なら、この罵声だけで土下座をする勢いで頭を下げるだろう。彼はその程度には地位が高かった。しかし、彼の眼の前にいるのはそこらの庶民でも、彼の部下でもなかった。故に、
「やりなさい。」
「ハッ!」
パン!
「・・・へ。」
この結果も(・・・)当然のことだった。
「きゃあああああああああああ!?!!」
パーティ会場に絹を裂くような悲鳴が響き渡った。
サイド:あずみ
「くっ。馬鹿者めが!!」
目の前にいる九鬼家の御曹司が(英雄っていったか?)悔しそうに唇を歪める。
御曹司の言葉に確かにと思う。
テロリストに罵声を浴びせるなど相手を刺激するだけだ。ここは落ち着いてテロリストの要求を聞き、場を鎮めることに力を注ぐべきだろうに。
銃で頭を撃ち抜かれた男(・・・)を一瞥した後、あずみはこの状況で護衛対象である英雄とエリカをどう逃がすか頭をひねっていたが、次のテロリストの言葉に驚愕した。
「我々の目的はただひとつ、
九鬼英雄の身柄。それだけです。」
(な!?)
あずみは驚くが、実はそれほど不思議なことではない。九鬼家は日本三大名家とうたわれてはいるが、そのカリスマ性と貪欲なまでの人材収集により世界にも大きな影響力がある。
故に将来九鬼家の跡取りになるはずの英雄の身柄を狙うものはそれこそ星の数だけいるのだった。
(まずい!?・・・)
周りを見ると参加者の面々がこちらを見ている。あれは自らが生きるために他者を生贄に捧げる者の目だ。あずみは英雄を守ろうと前にでるが、
「どけい、あずみ!」
それを押しのけ英雄が前にでようとしてくる。って!
「な、なにやろうとしてるんだお前!?」
「知れたこと!やつは我に用があるのだ!我が相手をするのが道理であろう!!」
「なあっ!?」
あずみは驚愕した。彼は自らを害そうとする輩の目の前に姿をさらそうというのだから。
「ちょ、ちょっと、まてよあんた。相手はテロリストだぜ?何をされるかわからない。最悪殺されるかもしれないんだぜ!?護衛としては許可できねえぞ!」
「私もそちらの女性に賛成ね。」
起きたばかりだが持ち前の頭脳によって瞬時に状況を把握したエリカは英雄を行かせまいとするあずみに賛成の意を示す。
「霧夜の・・・。しかし我が行かなければ庶民たちの命が・・・。」
「それこそ無駄。あの男は私たちの前で素顔をさらしている。それは私たちを生かして返す気がない証拠。行っても無駄よ。」
そう、いくら名前が偽名だといっても生存者の証言から似顔絵などを作成されれば、指名手配が行われ、少なくとも目の前の男の活動を大幅に制限させることになる。
故に霧夜エリカは目の前の男が自分たちを助ける気はないと判断した。そのため、英雄にでていく必要はないといったのだ。しかし、
「かまわぬ!」
「な!?」
「確かにこの状況ではやつらが我らを生かして返す可能性はゼロに等しいだろう。」
「なら!」
「しかし!」
「「!?」」
「例え一パーセントでも庶民が生き残る可能性があるなら我は行く!それが九鬼家の人間というものだ!」
・・・あずみには理解ができなかった。
あずみは傭兵。
ただ自らが生きるためにのみ戦う存在。そんな彼女が英雄の心を理解できるはずもない。
それ故にあずみは英雄に問いかけた。「なぜそこまでできるのか」を。
英雄は答える。
「それは我が王だからだ。」
「王だから?」
「そう。王とは数多の数の庶民によって支えられている。多くの物の手によって上に立つことが許された存在なのだ。それ故に我は庶民を慈しみ、我の力の及ぶ限り庶民を守ると誓ったのだ。そして・・・・・・・・・今がその時だ。」
「それで、・・・あんたが死んでもかい?」
「我は死なぬ!なぜなら我は九鬼英雄。誇り高き九鬼家の人間にして、
皆のヒーローなのだから。」
そういって英雄は自らの歩みを進めた。
自らの敵を打ち砕くため。そしてヒーローの、王たるものの使命を果たすために・・・。
ーーどくん
あずみは自らの胸が高鳴るのを感じた。
体中の血が沸き立つ。
甲賀流忍者、傭兵『女王蜂』、忍足あずみが終生の主を得た瞬間であった。
サイド:ジョン・ドゥ
「やっとでてきましたか。」
私の前に現れる一人の少年と一人の給仕。あの給仕の身のこなしから察するに彼のボディガードというところでしょうか。
「待たせたな我が九鬼英雄だ。」
「ほう・・・。」
なるほど。実際の姿より大きく見える。幼いながら彼もまた「王者の家系」と謳われた九鬼家の人間ということか。
「これわこれわ。九鬼家の跡取り殿のご尊顔を拝謁できて光栄の極み。」
「ごたくはいい。要件をいえ。」
おやおや、九鬼家の跡取り殿は気が短いようで。まあ私も要件を済ますとしますか。
「なあに、簡単なことです。我々が欲しいのはあなたの身柄。我々にご同行していただきましょう。」
「我の身柄を使って何をするつもりだ。」
「それをいう義理はありませんねえ。」
まあ、九鬼家との交渉に使うつもりなんですがね。
九鬼英雄は私の言葉に考え込む仕草を見せる。
「ふむ、ならば私の身柄と他の参加者の身柄と交換だ。」
「それはできかねますねえ。彼らには証拠隠滅のため、死んでいただきますので。」
『!?』
私の言葉に周りが息を呑むのを感じる。九鬼英雄が出てくれば自分たちは無事で済むと思ったのだろう。
(浅はかな・・・。)
私が素顔を晒している時点でそのくらいのことは想像がつくだろうに。
「まあ、おとなしくついてきていただけるならあなたと護衛の方の命は保障「断る。」・・・なに?」
今なんと?
「断るといったのだ!」
「・・・理由をお聞かせ願いますか?」
「我は王。民たちを守護する存在。その我が守護するべき民を見捨てて自らの保身に走るなど・・・・・・ありえぬとしれい!!!」
ジョン・ドゥは知らなかった。いや侮ったというべきか。九鬼英雄という人間を。
いかに九鬼家の人間であろうとも所詮はいいところのお坊ちゃん。自らの命がかかっていれば簡単にいうことを聞くと思っていたのだ。
「はあ・・・。」
簡単だと思っていた任務が思いのほか難事だったことにため息をついた。しかし彼は諦めるわけにはいかない。
この任務は必ず必要なこととはいえなかった。しかし成功すれば自らが所属する組織の目標(・・・)に確実に近付くのは確か。そのために英雄の身柄と交換条件に必ずあの技術(・・・)を九鬼家から得なければならない。
故に彼は強行手段にでた。
そう、
「武力」による身柄の確保である。
「いけ。」
自らが連れてきた部下二十人。どれもが組織の精鋭。その内十人が英雄に襲いかかった。
本人たちに殺す気はないといっても精鋭十人の攻撃。少なくとも素人には反応すらできない。そう、
素人(・・・)には・・・。
「甲賀流小太刀二刀流、回点剣舞六連!!」
一瞬だった。
幾筋かの剣線が待ったかと思うと次の瞬間、見たのは自らの部下が地に這う姿。
「大義である、あずみ。」
「はっ!」
不思議なものである。この二人は部下になれといったわけでも、使えさせてくれといったわけでもない。しかし二人は自然に、それが当たり前のように主従という形になったのだから。
自らの精鋭を瞬殺されたジョン・ドゥ。彼がとった行動は部下がやられたことで怒声を上げるでもなく、冷静に他の部下に指示をだすでもない。
ぱちぱちぱちぱち
ただの拍手であった。
「いやあ、さすがは九鬼の御曹司。素晴らしい護衛をお持ちのようだ。」
そんなジョン・ドゥの観察するような、なめまわすような視線にあずみは気持ち悪そうに自らの体を震わす。
「じろじろ見てんじゃねえぞ、気持ち悪い。」
「ふふふ。それは失礼。」
ジョン・ドゥは結論をだした。目の前の女には自らの部下では勝てないと。
それ故に部下をさがらせ自らが前にでる。
「?どうした。まさか諦めたわけではあるまい?」
英雄は幼いながら上に立つ者、「王」の役割をわかっていた。自らの臣のことを信じ、自分は後方で勝利を待つ。人任せに思えるが、これこそが部下の忠義に答える方法と彼は自然にわかっていた。
だから英雄は不思議に思った。ジョン・ドゥはいわば敵の王。その王が自ら危険を冒して前にでるにはなにかそうする理由があるはずだと、英雄は考えていた。
英雄の予想は半分ほど当たっていた。
「いやあ、あなたの部下には私の部下が勝てそうになかったので、方法を変えさせていただくことにしました。」
確かにジョン・ドゥが前にでたのは理由があった。しかし決して危険を冒して(・・・)前に出てきたわけではないのだ。
「ほう、しからばどうする。」
「ええ、ですから、」
彼は王であると同時に、
「今度は私の相手をしてもらいます。」
切り札でもあるのだから。
「ぐああ!?」
その攻撃とともにあずみは吹き飛ばされる。
「(・・・ぎり)」
英雄はその光景に歯がみする。それは部下を助けられない自らの力の無さを嘆いてなのか。それとも敵の力量を見抜けなかった自らの間抜けさからなのか。
しかし、英雄がどう思おうが、どうしようが、無傷で立っているジョン・ドゥと致命傷は負っていないようだが、血まみれになり息を荒げて膝をついているあずみ。
勝敗はすでに決していた・・・。
「いやあ、危なかったですねぇ。死ぬかと思いましたよ。」
「しらじらしいっ・・!無傷で、たって、はあ、いながら。」
ジョン・ドゥの言葉にあずみは息を荒げながら睨みつける。そんなあずみに見下すような笑みをむけながらジョン・ドゥは今度は英雄に視線をむける。敗者にはもう用はないとでもいうように・・・。
「さて、英雄様。あなたの護衛は満身創痍。もはや戦うこともできないでしょう。ご同行願いますね?」
「くっ!?」
ふふ、さすがに余裕が無くなってきたようですね。
・・・・・・しかしあの目は諦めたものの目ではない。いったい何を・・・なるほど。
英雄が狙っているものの見当がついたジョン・ドゥは残虐な笑みを浮かべる。
「ああ、なるほど増援ですか?」
「っ!?」
そう英雄が待っていたのは九鬼家からの増援。これほどの事態なのだ。すでに連絡がいっていると英雄は踏んでいたのだが、
「増援なら来ませんよ?」
「なに・・?」
「この周辺に特殊な妨害電波を発生させました。これで通信機器は使えなくなり、ここから近い航空施設も我々の同志が占拠しています。少なくともあなたが思っているより大分時間が掛かると思いますが。」
「くっ!?!」
英雄の最後の望みは絶たれた。
その顔を見てジョン・ドゥは見るもの全てに不快な印象を与えるだろう笑みを浮かべる。
「いいですねえ、その全ての希望を失った顔。実に私好みです。」
「悪趣味がっ。」
英雄が唾棄するようにつぶやく。
「なんとでも。それでは「待てよ・・・。」なに・・?」
「待てっていったんだ、・・・そ・の人に・・気軽に・・触れんじゃねえ!」
あずみは怒りに任せてジョン・ドゥに襲いかかったが、
「ふっ!」
「な!がああ!?」
「あずみ!?」
ジョン・ドゥに攻撃を捌かれカウンターを食らってしまった。吹き飛ばされるあずみ。
「ふむ、どうやら英雄様にご同行願う前にあなたは邪魔なようだ。」
その言葉に英雄は不吉なものを感じる。まさか・・・。
ジョン・ドゥが指を鳴らすと彼の残りの部下が現れた。
「ここまで弱ってんだ、あなたたちでも始末できるでしょう。
やれ。」
「はっ!」
そう返事をすると彼の部下たちは血まみれのあずみに殺到していく。
「やめろおおおおおおお!?!」
彼は頭ではなく心で理解していた。今日出会ったばかりの一人の傭兵。そんな彼女が自らの股肱の臣となることを。そして彼は絶望した。その臣を自らのせいで失うことを。
ドガああアン!!
辺りに衝撃とともに土煙が巻き起こる。
「くっ!」
霧夜エリカは目をそらす。彼女にとっては忍足あずみはついさっき出会ったばかりの人間だったが、それでも好感の持てる人物だった。
上流階級の自分たちにも物怖じしない態度に、その戦闘技術。そしてひとたび自らの主と決めた者に対する忠義の高さ。思わず英雄に嫉妬してしまったほどだ。
そんな彼女が死ぬのは見たくなかった。しかし・・・
「あ・・ああ・・。」
英雄の顔も青くなっている。
自らをヒーローと、王と称する英雄であるがそれでもまだ小学校も卒業していないような年齢。どれほど精神が熟成していても、どれほど九鬼家の英才教育を受けていてもそれでも自らのために他人が死ぬ場面を見るには彼は、英雄はまだ子供であった・・・。
(くくく・・・)
そんな光景をジョン・ドゥは嬉しそうに見ている。人の絶望を見て喜ぶ歪んだ性癖を持つ男なのだ。この場面は彼にとっては極上の美酒に等しき甘美な光景だった。
しかし、そんな光景も長くは続かなかった。そう・・・・・・・・・ある男の出現によって・・・。
「やれやれ、物見遊山で来てみれば殺人現場に出くわすとは。さすがに予想外だったぞ。」
土煙が晴れた後、そこにいたのは倒れたジョン・ドゥの部下たちと、呆けているあずみ。そして、
褐色の肌をもつ赤い髪の一人の男だった。
サイド:あずみ
くやしい。
今の彼女にある感情はそれだけだった。
いつもと同じように受けた依頼。中身はいいところのお坊ちゃんの護衛。報酬も考えておいしい仕事だと思った。そこで出会ったのだ。
絶大なカリスマを持つあの少年に。
自らの身の安全を顧みず、周りの者たちを守ろうとするその姿にやられてしまった。
この少年に、この若き王一生使えようと、そう決めたのだ。
だからこそ悔しい。ここで死んでいくのが・・・。
別に死ぬこと自体は怖くない。そんなものはこの仕事で生きていこうと思った時から覚悟している。
あずみがくやしいと思っているのは、自らが終生の主と決めた少年。その少年を守れないでいくこと。それだけだった。
「やれ。」
ジョン・ドゥと名乗った男。主を狙う男の命令でやつの部下たちが自らの命を断とうと殺到してくる。いつもなら、万全な状態ならあの程度の男たちなど造作もなく葬れる。しかし今の体調はジョン・ドゥ。名無しの男によって万全から程遠い状態。故に彼女は自分が生きるのは無理だと確信した。
せめて主に見苦しい最後を見せまいと目をつぶり、自らに下される死神の裁決を待つ。
「やめろおおおおおおお!?」
主の叫び声を最後に聞きながら。
(英雄様・・・。あなたを守れない不甲斐ない私をお許しください)
ドガああアン!!
大きな衝撃音があたりに響き渡る。しかし・・・。
(死んでない・・・?)
そう彼女はまだ生きていた。やつらは自らに及ばずともそれなりの精鋭。そんなやつらがまさかあの状況で自らを仕留め損ねる訳がない。そんな時、自らの声が聞こえた。
「やれやれ、物見遊山で来てみればまさか殺人現場に出くわすとは。さすがに予想外だったぞ。」
(誰だ、この声?)
知らないはずなのに妙に安心する。いったい・・・。
辺りの状況を確認するためにあずみはゆっくり目を開ける。辺りはすでに土煙が晴れていて、目に映るのは、こちらを驚愕の目で見ている英雄とエリカ。そして忌々しい者を見る目で誰かを見ているジョン・ドゥ。
「・・・・・・。」
自らの近くには自分にとどめをさそうとしていたジョン・ドゥの部下が倒れていた。状態をみると死んでいるわけではなく、ただ気絶させられただけらしい。
そして、自らの目の前には
自分を守るように、一人の男が立っていた。いや、少年というべきか。
年齢はおそらく英雄と同じくらいだろう。艶のある赤い髪に宝石のような赤い瞳。肌は褐色で、顔は鋭すぎないほどにつりあがった目が添えられたその顔つきは、あと十年もすれば多くの女性を引きつける魅力を発するようになるだろう。
そんな少年がそこに立っていた。
「・・・・・・。」
ここはいわば血なまぐさい戦場。そんな場所に彼のような少年が立っているのは場違いなはずなのだ。はずなのだが、あずみは、いやその場にいる誰もがそんな彼をを場違いだとは思わなかった。
まるで戦場に立つ歴戦の武将のような。そんな風格を彼は持っていた・・・。
誰もが少年の登場に驚き言葉を失っている中、いち早く口を開いたのは、先程まであずみを圧倒していたジョン・ドゥだった。
「ぼうや・・・いったい何者だい?」
ジョン・ドゥは警戒しながら少年に問いかける。それもそうだろう。いくら戦闘に気をむけていたからといって、自分とあずみ。二人の達人ともいえる戦闘者に気づかれずに現れ、自らの部下を瞬殺したその腕前。警戒するに越したことはなかった。
そのジョン・ドゥの問いかけに少年は一瞬考える仕草をしていたが、すぐに口元に笑みを浮かべると、不敵に答える。
「俺の名前は篠宮四季。通りすがりの
料理人さ。」
・・・・・・は?