第十七話 川神一子誕生ですか。
それは俺と小雪が上海から無事に帰国して一週間ほどたったある日のことだった。
その日、俺たち風間ファミリーはいつもの空き地に集合していた。
「しっかしずりーよな、四季たちだけ」
「まだいってるの、キャップは…」
なぜ我らがキャップ、風間翔一がぶつくさ文句をいっているのかというと、どうやらキャップは自分を差し置いて上海でスリムのある生活を楽しんだーーー主にスリルを感じたのは俺だけだし、たいして楽しくはなかったのだかーーー俺たち篠宮兄弟を羨ましいと感じているらしい。
まあキャップも俺が命の危険があったということは知っているから本気でいったわけではないだろうが。
それにしても、
「ワン子こないねー」
そう、なぜ俺たち風間ファミリーが原っぱにきておいて無駄話に興じているかというと、いつまでたってもこない仲間の1人を待っていたのだ。
その仲間の名前は『岡本おかもと一子かずこ』。
ワン子があだ名の我らが愛すべき風間ファミリーのマスコットキャラである。
いつも遊ぶときにはかなり早く来ているのだが、今日に限ってまだこない。
「どうしたんだろうなー」
みんなで未だに来ないワン子を心配していたそのとき、
ピピピピピピ!
何処からか携帯の着信音が。
「あ、俺だ」
どうやら忠勝の携帯のようだ。
忠勝は携帯をてにとる。
「一子からだ」
忠勝が携帯を耳にあてる。
「もしもし、一子か?どうした空き地でみんな…なに!」
突然険しい顔をする忠勝。なにやらのっぴきならない事態が発生したらしい。
「今は家にいるんだな?…わかった、すぐみんなでいくからおとなしく待っとけ、わかったな?よし、じゃあ切るぞ?」
そういって、忠勝は携帯の電源を切る。
「おい、なにがあったんだゲン!」
みんなを代表してモモさんが忠勝になにが起こったのかを聞きます。そして忠勝から帰ってきたのは予想だにしない言葉だった。
「岡本の婆さんが…死んだらしい…。」
☆
☆
ここはワン子のおばあちゃんの、岡本静子さんの告別式の会場。たった今終わったところだ。
俺たち風間ファミリーは、生前静子さんにはお世話になったので、告別式の後片付けを手伝っていた。
「しかし、いきなりだったな。この間までぴんぴんしてたのに」
「俺様もびっくりだぜ。てっきり俺様たちが大人になるまでは生きていてくれると思ってたのによぉ」
「本当に惜しい人を亡くしたな」
「ああ…」
静子さんにはおれたち風間ファミリーはかなりお世話になっていた。よくおやつに静子さんからもらった和菓子を皆で食べたものだ。
「うぅぅ…、おばあちゃあぁん…」
「ワン子…」
ワン子は未だに泣いている。それもそうだろう、ワン子と静子さんは血はつながっていなかったが
そんなことを感じさせないほどに仲が良かった。
それにどうやら静子さんには親戚の類がいないらしく、ワン子の引き取り手になりたいという人がいなかったため、――葬式は大和の父親がだんどりを行った――このままではワン子が天涯孤独の身になり、施設に逆戻りになってしまう可能性が出てきた。…いや、正しくは引き取り手は現れたのだが、
「私、あんな人のところに行きたくないよぉ…」
そう、その男が問題のある人物なのだ。
一応遠縁の親戚らしく、以前に何度か連絡はとっていたがここ数年は音信不通だったようだが、近所の人が一応ということで、気を利かせて連絡したらしい。
静子さんがワン子を養子にしたことも知らなかったし、知ったのも葬式当日だったようだ。
そいつはワン子を引き取るといっていたが、その目は親切心や親心などではなく、下種な下心で女を見るような目だった。
…その時の忠勝を抑えるのは大変だった。俺が抑えてなければ確実にそいつを殴り飛ばしていただろう。あんな下種がどうなろうと知ったことではないが、それで忠勝になにかあったらことだからな。…もっとも俺やモモさんも感情を抑えるのが大変だったが。
その時は大和の両親が睨みつけておっぱらってそいつは逃げるように葬式場を後にしたが。
しかし、いったいどうしたらいいんだ。
そう、俺が思っていると、突然モモさんがワン子の肩を掴むと、「私にまかせろ」といい、決意を固めたような表情で会場から去っていった。
大和たちは困惑したような顔で彼女が去っていったほうを見つめていたが、俺にはわかる。あの顔のモモさんは必ずやってくれると。
頼んだぞ、モモさん!
☆
☆
サイド:百代
私は今、静子さんの告別式の会場から我が家である川神院にむかっている。
静子さんが死んだ時はとてもショックだった。
あの人はとても優しい人で、いつも私たち風間ファミリーにお菓子をくれたり、面白い話をしてくれた。
ワン子の家に皆で泊まった時にだしてくれたご馳走は美味しかったなぁ。
だから静子さんがいなくなった後は私がワン子を護ろうと思った。
静子さんにもワン子が私に弟子入りした時に「一子のことをよろしくね」と頼まれたから。
私はワン子を護れる。護っていける。そう思った。でも、
「私、あんな人の所にいきたくないよぉ…」
自分が無力だと思い知らされた。
ワン子は元々孤児院から静子さんに養子として引き取られた。なので静子さんがいなくなれば施設に逆戻りになるのは当然だった。
静子さんには1人、今まで音信不通だった遠縁の親戚がいて、葬式にも来ていたが、…あいつにだけはワン子をやれないと思った。でも私はまだ子供。いくら大人を倒すほどの武術の腕前があっても、ワン子に何もしてやることができないっ!
私が無力感に浸っていると、
「ワン子…」
絞り出すように微かな声が聞こえた。私と同じで、自分の無力に絶望しているその声が…。
見るとそこには歯を食いしばりながら拳を握りしめているゲンの姿が。
ゲンはワン子と同じ元孤児で面倒を見ていたというから、よっぽどワン子になにもしてやれない今の状況がくやしいのだろう。
せめてあの男の他にワン子を引き取ってくれる相手がいてくれればッ!?……ん?引き取る?
その時私に天啓が舞い降りた。そうだ!私がワン子になにもできないのなら、なにかできる相手に頼めばいいんだ!!
その後、早くその相手に会うために全速力で川神院へとむかっているというわけだ。
「はあはあはあ」
見慣れた川神院の門の前に到着した。そして、
「どうしたんじゃ、モモ。そんなにあわてて?」
「ジジイ、頼みがある!!」
私は人生で初めて土下座というものを行った。
☆
☆
それは岡本静子の告別式の翌日のことだった。
サイド:一子
「川神院うちに来ないかワン子」
「―――え?」
モモ先輩の言葉にアタシは茫然と答えるしかなかった。
「えっと、それってワン子を川神院で引き取るってことか?」
「ああ」
四季の言葉にモモ先輩がそう答える。
「私はお前を妹のように思っている。お前も私を姉のように慕ってくれている。だったらいっそのこと、真の家族になろうじゃないか!」
「モモ先輩……」
ファミリーの皆はなにもいわない。思ってもみなかった出来事に声が震えている私を見守ってくれていた。
「川神かわかみ一子かずことなれ、ワン子」
「……いいの?」
信じられない。すぐにでもその言葉に返事をしたかったけど、私はそんな感情を抑えて声を絞り出す。
「既にジジイに許可は取ってある。時々遊びに来てジジイの顔とか知ってるだろ?『あの娘なら喜んで歓迎』だそうだ!他のやつらもな!」
嬉しすぎて声が出なかったが、それでも何とか絞り出す。
「あ、アタシ……アタシは絶対そうしたい!!皆と一緒にいたい!!あんな不気味な人のところになんか行きたくない!!」
自分の思いを全部吐き出した。今まで溜めこんでたものを全部。
で…もそう思ってるのは私だけなんじゃないかと少し不安になって皆の顔を窺がうが、
「俺も」
「え?」
「俺もお前と離れんのは嫌だ」
そう言葉を発したのはなんとたっちゃんだった。皆もまさかたっちゃんがそんなふうにいうとは思わなかったのか、目を丸くしている。そんな皆の視線を感じたのかたっちゃんは顔を真っ赤にしてそっぽをむいてしまう。
そんなたっちゃんの様子にくすりと笑いながら、今度は四季が喋りだす。
「俺もワン子と離れるのは嫌だなあ。皆もそうだろ?」
四季が皆に問いかけると、
「あったり前だろ」
「……うん」
「いっしょにいよー」
「聞くまでもねーだろ」
「聞かずにわかりなよ、それぐらい」
「むしろ俺がリーダーとして命令してやる」
「みんな……」
自然と涙が止まらなかった。
「決まりだな、妹よ。これからは私のことをお姉さまと呼べ」
「うぅ……うぅぅ……うわ〜ん!!」
流れる涙を拭くことから忘れて、アタシはモモ先輩――――――ううん。『お姉さま』に抱きついた。
「お姉さま……お姉さま、ありがとうっ!!」
「ああ。可愛い妹が出来て私も嬉しいぞ」
必死に抱きつくアタシの頭をお姉さまは優しく撫でる。
今日この日、あたしは川神一子になった。
〜おまけ
「ふはははははははははははは!!」
とある国のとあるビルのとある一室にその男の笑い声が響き渡る。
その男の手には先程部下から渡されたとある少年のデータがあった。
その名前は『篠宮四季』。そうこの男は以前ジョン・ドゥと話していた彼の上司。そして彼の所属している組織の長でもあった。
その男が何故笑っているのかというと、
「なるほど、なるほどなるほどなるほど!そうか、どうりで聞いたような名前だと思ったらやつ(…)の息子だったか!!」
そう、彼が見つけたのはとある1つの項目。それは四季の両親の欄にあった。
父親『篠宮奉山』
「なるほどなぁ…。どこに消えたと思ったら、まさかこんな極東の島国にいたとはなあ」
その男の眼には狂気が宿っていた。とても深く、とても暗い深淵の闇が。
「これでやっと、やっと貴様への借りが返せるというものだ。なぁ、
鬼神デーモンよ…」
そう呟く男の唇は、禍々しく歪んでいた。