また斜線を引く。
違う、違う違う違う違う。
求めていたのはこんな結果じゃない。
求めているのはこんな過程じゃない。
どこで間違えた?
いつから違っていた?
何を勘違いしていた?
否定、否定、否定否定否定否定。
真っ白の頭の中、自分は否定しか出来ない。
否定したからこその結末。
いや、違う。
最初に肯定したのが問題だったんだ。
その肯定はもう、取り戻せない。
故に違うモノを用意した。用意して、ソレを全て否定してしまう。
あぁ、愚かだ。
◆◆
「にー」
「ぉぉ……」
思わず声が出てしまった。
ニャーではなく、にー。魚を奪って裸足で追いかけられた野良猫ではなく、目の前にいる小さな命。
そんな命が、必死で絨毯を歩き、飼い主でもあるすずかの元にテフテフ歩いてくるのだ。
可愛い、否。可愛いではない。『くぁいい』。これはもう、きっと、『くぁいい』と思わず声に出して、それこそ声を大にして言える。くぁいい。
「ただいま」
ひょいと子猫を抱き上げて、すずかは帰宅の挨拶をする。
当然ながら子猫は突然上がった視界に少しだけ戸惑い、いつもの飼い主の顔を見て安心したのか、にー、とまた高い声で鳴く。
「どうかしたのかにゃ?」
「にー」
もしかしたら、俺はココで死ぬのかもしれん。
‐安心しろ、傷はまだ浅い
‐まだ、まだだ、まだ大丈夫だ!!
‐いや、もう、いいじゃないか
‐にー
頭の何処かで必死にフィボナッチ数列の公式を演算しながら落ち着く。
「…あ」
「ん?」
「…………こ、紅茶を淹れてくるね!!」
何かに気付いたように顔を真っ赤にして、しかし落ち着いて子猫を絨毯に下ろした猫娘は慌てた様子でパタパタと部屋から出て行った。
……これはダメかもわからんね。
「にー?」
そんな俺の方を向いて、不安そうに鳴く子猫を見て溜め息を吐いて苦笑する。
「まぁ、ソレもいいか」
「にー」
しっかりと足に擦り寄って自身の匂いを付着させてくる不届き者を片手で持ち上げ、近くのソファに座る。
‐持ち上げてる時はおとなしいよな
‐暴れられてもどうにかなるが
太ももにゆっくりと下ろして、首をくすぐってやると気持ちよさそうに目を細める不届き者。
手を止めると、少しだけ間を置いて目を開きコチラを見上げる。
「にー」
なんで撫でないの?なでてくれないの?
というよりは、オイ、撫でろよ。と言われてる様な気がする。
‐おい、デュエルしろよ
‐蟹は…猫は無理だっけか
‐ネギ類は完全にアウトだったはずだが
「にー」
「……まぁどうでもいいか」
とりあえず、すずかが来るまでこの『くぁいい』生物を撫で続けるとしよう。
あぁ、落ち着く。
◆◆
やってしまった。
もう、どうしようもなく、恥ずかしい事を見せてしまった。
お湯を沸かせながら猛省する。
もうダメかもしれない。何が、と言われればわからないが。とにかく、私の中で何かが崩れていく音が聞こえる。
ついでにゆぅ君が今頃クスクスと思い出し笑いをしている姿を思い浮かぶ。
いや、よく考えるんだ、月村すずか。彼はそんな事をする人間か?答えは否だ。私を目の前にして笑う、そんな人物だ。最悪だった…。
「なんで言っちゃうかなぁ……」
「にゃー」
「ごめんね、今日はおやつもないんだよ」
「にゃー?」
「にゃー、ごめんね」
あれだ、もう開き直ればいいんだ。コレは私の生活の一部であって、そういう事なんだ。
別に普段から、特に人に会ってる時とかに「にゃー」とは言わない訳だから問題なんてないんだ。
「人と会ってる時にしちゃってるんだよぉ……」
いっそ泣いてしまいたい。いや、泣いたら泣いたでゆぅ君が心配してくれるから問題なんだけど。
ゆぅ君は心配……してくれるんだろうなぁ。
そういった悩みは私の中で吹き飛んでる。少し前、それこそあの雨の日より以前なら悩んでた事なのに…今はどうしてか悩むまでもない。
「少しは、成長したのかな?」
「にゃー?」
下を見れば、しっかり足まで見えてしまう身体は思考の端に投棄してしまい、何故か増えている家族たちが目に入る。
「お、おやつは無いんだよ?」
「にゃー」
「にゃー」
「にゃー」
ポットにお湯を注ぎ、カップにもある程度お湯を淹れていく。
そういえば、ファリンがクッキーを作っていた筈なのだけど。
「にゃー」
「にゃー」
「ニャー」
「これ狙いか…」
思わず溜め息を吐く。
ある程度はコチラの意図を汲み取ってくれる姉妹と家族二人。今足元でクルクルと回りながら陣取ってる家族数匹はそう上手くいく訳もなく、自分達にも何かくれるよね?といった風にコチラを向いている。
頑張って頭の中にある知識を呼び起こしてクッキーの材料と猫に対する影響を考える。
「にゃー」
「にゃー」
そうしてる間にも早くよこせよ、食べたいよ、と言う声が聞こえる様な気がする。
ノエル達の事だからある程度は考えてくれてると思う。思うのだけど、危ないモノは上げないに限る。
「にゃー…」
「にゃぁ…」
「……」
そう、しょんぼりされると悪い事をしたような気がするんですけど…。これも君たちを思った結果なんだよ?
悩んで、仕方なく戸棚を漁る。漁って出てくるのはお馴染み、鰹節。
ソレを見た瞬間の彼ら、彼女らの反応は、もうなんというか、狂喜乱舞というか、あのすごい落ち込み具合はいったいどこへ行ったんだろう…と思う程だった。
幸いな事に、茶葉をポットにいれて持ち運ぶまでは彼らは邪魔をしないでくれた。
しないでくれたのだけど…。
「う、うーん…」
「にゃー!」
「にゃー」
「にゃー?」
「大名行列みたいに…はぁ」
後ろから列を成して私に着いてくる家族たち。それはもうすごい光景だった。ふと現れたお姉ちゃんが何かを吹き出した程すごかったらしい。いや、コレはもしかしたら気のせいかもしれない。
微かにお姉ちゃんの笑い声がまだ聞こえる。これは絶対気のせいじゃない。稀に、お姉ちゃんと血が繋がってる事を凄く否定したくなる。
いや、まぁいいかもしれない。私の「にゃー」発言を消すにはいい衝撃かもしれない。
思い出すと恥ずかしくなって落ち込むので、思考の棚の上に置いておこう。もう忘れた、今、忘れた。
「お待た……せ?」
「にー」
私に返事をしたのは、私を出迎えてくれた子猫だった。
ソファで横になっていた彼の手を抜けて、私に近づいてくる。彼に動きはない。
机にトレイを置き、彼の顔を覗いてみる。
「寝て…る?」
「にー?」
「にゃー?」
どうやら眠ってしまったらしい。
また無理をしていたのだろうか…、いや、予想では無理をしているんだろう。
それこそ、私は彼ではないし、彼の気持ちは一切分からない。
でも、悩んでる…と思ったから、招待したのだ。別にやましい気持ちは一切ない。一切、微塵も、ない。
でも、なんとなく。会った時と同じ印象に戻ったのだ。ただ希薄で…まるで消えそうな程透明で、綺麗すぎる印象に。
なのはちゃんにも、あんな事を言うし…。演技だからって、勘違いされちゃうよ?
なんて……私には絶対に言えない。
彼は止めた所で、たぶん無視する。それも、聴いてるフリをして、私の気付かない所で実行に移してしまう……気がする。
「相手の心を想う…難しいなぁ」
「にー?」
「でも、頑張るにゃー」
「にー」
たぶん、応援されてるのだろう。そう思える。思っておこう。
とにかく起こさない様に、毛布とかをとってこないといけない。
「にゃー!!」
「にゃー!!」
「にゃぁ!?」
「ふぁ!?ガッ、な、なに!?」
思わず出てしまった猫語はもう、途方の彼方へ放棄した、今、放棄した!
猫たちはゆぅ君の腹部にダイブしていく。大名行列が、我先にと。
そんな城門役になってしまったゆぅ君は驚き、ソファから落ちたり、猫に乗られたり、メガネが外れたり。色々と大変そうだった。
大変そうだったけど、それが少しだけおかしくて。
「ふふ…あはは…、ック、ふふ」
「……」
我慢しようとした笑いが、口の端から漏れてしまう。
ジトー、としたゆぅ君の視線も、それも面白くて、
「ご、ごめふふ、ふひっ、ごめ」
「ァー、もういい。笑いたければ笑えよ」
「ごめ、ふふふふふあはは、ふふふふふふふふふ」
「お前らのせいで笑われたぞ、どうしてくれる」
「にゃー」
「ふふふふふふ、ごめんなさい、だってふふふふ」
「まぁ構わないさ……笑いすぎじゃね?」
「ごめ、ふふふふふふ、ふひ、ふふふふ」
「むぅ…」
少しだけ面白くなさそうにしているゆぅ君。その頭の上にあの子猫がまるで陣地を守る武将のように陣取ってる事は……恐らく彼はまだ知らない。
どうやら、私はしっかりとお姉ちゃんと血が繋がってるようです。
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〜フィボナッチ数列
0+1から始まってその結果と前の式の足す数字を足していく数列。文字式だと↓
a+b=c,b+c=d,c+d=e,………
初項の0の御蔭で非常に公式を求めるのが面倒
気になった人はグーグル先生、もしくはウィキペディア教授に相談だ!
〜にー
〜にゃー
猫の鳴き声。あとは「に゛ゃー」とか「キシャー」とか
〜猫語
人間が猫に話しかける時に思わず出ちゃう言葉。可愛い女の子がよく喋る。喋るって信じてる。常用すると面倒
〜くぁいい
はぅ〜!ケンタ君人形くぁいいよぉ〜!!
これで反応出来る人はとりあえず固有結界『メイドインヘブン』が欲しい人だと信じてる
〜おい、デュエルしろよ
バーンで焼き蟹にしてしまいしょう
〜蟹と猫
危険ではないけれど、食べさせすぎには注意
〜あにまるせらぴー
猫、かわいい