小説『ラグナロクゼロ(シーズン1〜2)』
作者:デニス()

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2月16日。日曜日。夕方。殿難の自宅(同時に祖父の葬式会場)。

(気の毒だけど……、なんかあんまり悲しい気持ちになれないな……)

祖父の死に美麻は悲しくならないのには理由があった。それは、祖父とは赤ん坊の頃にしかあったことはなく、それ以来面識はなかった為、大して良い思い出がないのを理由に、美麻は悲しいというよりも、ただ追悼に準じた気落ちしかできなかった。

「……あれ? そういえば肝心のおばあちゃんは?」

祖父の葬式に参加している全員を見渡していると、ここにいるはずの祖母の姿がいないことに美麻は気づいた。

「ああ……、おばあちゃんは電話で「来ない」って……。多分、おじいちゃんの死がまだ認めきれてないと思うのよ。とりあえずそっとしておきましょう」

「そう……なんだ……」

ただ「愛する人を亡くした」。それが認めきれてない祖母に、同情以外に他になにもできないことに、美麻はしょんぼりとさらに気落ちするしかなかった。

「そう、今度イギリスにおばあちゃんを慰めに行くからね」

美麻の祖母の現地での名は殿難ミーシャ。向こう(イギリス)での名はミーシャ=トノガタである。祖母はイギリスで隠居生活をしていて、日本で大学の教授をしている祖父とは離れて暮らしていた。ちなみに美麻の蒼い瞳は祖母譲りである。

(おじいちゃんの死が認めきれてない。か……、私がもし愛しい人を失ったら、あんな風になっちゃうのかな〜)

自らの仮説を漠然と心の中で呟くと、美麻はお香を順に焚いている方に視線を向き、ある気になる人物が目に止まった。

「ん……お母さん。あの人だれ?」

その目に止まったのは、揉み上げが異様に長く、おとなしい顔つきをしている長身の青年だった。

「え? ああ、多分おじいちゃんの大学の人だと思うけど……、教え子かしら?」

その青年について心当たりがなかった母は、あまりはっきりとした事は分からずに憶測だけを言った。

「フーン……―――あれ? こっち来た」

 「この度は御愁傷様(ごしゅうしょうさま)でした」

青年は美麻に近づいてきて葬式のお決まりの挨拶をする。祖父の死因は『脳梗塞』でかなりベタな死を遂げたことに、感心はしないがこれが人間にとってじょうとうな死に方だろうと、少なくとも美麻はそう思っていた。

「いいえ、突然のことだったので少し戸惑ってて……」

「そうですか……あの、お名前の方を伺ってもよろしいですか?」

「あ! これは申し遅れました。私は真堂陽一と申します。大学では殿難教授に大変お世話になったものです。具体的に言うと―――」

揉み上げが異様に長い青年改め真堂陽一は、なぜ神奈川からこんな遠い所にまで足を運んだのか。それは大学では歴史の講習を担当していた殿難秀正に、学費の事や家族の問題についてかなり世話になっていたらしく、最近になってその秀正が亡くなったことを耳に入り、神奈川からわざわざ北陸にまで足を踏み入れたのであった。

「祖父がそんなことを……」

「はい……。いまだに亡くなったなんてとても信じられません。死んでも死なない印象をお持ちだったので」

秀正を父親のようにしたっていた陽一は、未だに恩師の死が認めきれてはいなかった。

(それにしても揉み上げ長いな……)

「あの……なにか?」

「え……あ! いいえ、なんでもないです!」

陽一の異様に長い揉み上げが気になって見つめていると、それに気づいた彼に美麻はすぐさま誤魔化した。

「コラコラ二人とも、そんな所で立ち話もなんだから、外の空気でも吸って来なさいよ」

「でも、お母さん―――」

「あとは私にまかしときなさい」

「そうですか。ではお言葉に甘えて」

「ほら美麻ちゃんも行きなさい」

「……分かった」

美麻の母に外の新鮮な空気を吸うように、すすめられて二人は外に場所を移動するのであった。

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