「寒い……」
「ですね……」
この季節。夜は肌寒い日が続いているここ北陸の地で、地元民である者は寒さに慣れているはずが、美麻の体にはまったく耐寒の『た』の字も備わっていない。そして葬式を後に散歩をしている二人うち一人は寒さに凍えていた。
「殿難さんは寒さにはあまり慣れてはいないんですか?」
「ええ……ここで産まれて、物心ついた頃にイギリスの祖母の家に住んでいた時があって、多分そこで長く居座っていたのが原因かも……」
ただ散歩をするだけじゃ飽きたらず、他愛もない話しをして二人は互いを詮索しあった。
「イギリスですか?」
「祖母の実家がサマセット州のグラストンベリーにあって、かれこれ8年住んでいたんです。そこで―――」
美麻の祖母の故郷は、イングランドの南西部にあるサマセット州・グラストンベリー出身で、今はそこで隠居生活をしていている。孫が8年住んでいた間に、頻繁にキャンプに行っていたことが多かったという。
「ちょっとしたガールスカウトのようなものですかね?」
「というより無理矢理行かされたんだけど……」
「なにか?」
「―――いいえ、なんでもないです」
互いにお堅くかしこまっている二人は、まるで肩がこったような表情を浮かべ、しばらくして雪が降っていている事に気付いたと同時に、近所の港に行き着いていた。
「はぁー……ふ〜……、さぶい! 寒すぎる!」
「まあ雪ですから……」
雪が降って吐息の白さが色濃くなればなるほど寒さは増した。そのことで美麻の機嫌は悪くなる一方で、その場でしゃがんで防寒体制をとり、まったく動けないでいた。
「うぅ〜……―――ん?」
「よかったらどうぞ」
寒がっているのを見て気を使った陽一は、自分が着ていたロングコートを美麻に羽織らせ、安心させるかのように彼女に柔い表情を見せる。
「あ、ありが……と―――」
陽一の紳士的な行動に面と向かって感謝の言葉を伝えようとすると、そこには汚れを知らない純情な青年の瞳が、彼女の視線に合った。
「あ……、なにかまずかったですか?」
「……え? あっ、いいえ、そんなことはないです!」
その吸い込まれそうな瞳に、美麻は気をとられていたのを見て、陽一は一言かけて彼女を気がつかせた。
(ああ、なにやってるだろう私……)
思わず陽一の瞳に心を奪われそうになった美麻は、そのせいで赤面した顔を隠すように背を向け、自らの冷えた両手に熱を込めた息で暖める。
「はぁ〜……はぁ〜……」
「……教授は―――」
「はい?」
不意に美麻が暖まっている間に、大学で教授をしていた頃の殿難秀正の話しをし始めた。
「教授は一途な人でした。妻を愛し、公正の歴史家として、多く学生達に歴史の真実を伝え、それでいて誇り高い人だった」
「おじいちゃんが……」
雪降る夜空を見上げながら秀正の事を、一人でに語る陽一にとっては、父を二度亡くしたも同然だった。
「そう、かつて私の父のように」
「お父さんは……?」
「亡くなりました。『911』で」
「え!」
「私も……その時、現場にいました」
それを聞いて背を向けたままの状態で驚いた美麻は、しゃがんだ体制から立ち上がり次のように答える。
「ごめんなさい……! 私、そんなつもりで言った訳じゃ―――」
「いいんですよ。もう過ぎたことですから」
「本当にごめんなさい……!」
立ち上がり様に陽一に深く謝罪した美麻は、自ら間違った質問をしたことを反省する。
「本当に大丈夫ですから、だからそんなに自分を攻めるように謝らないでください」
「はい……、でもスゴイ事をご経験なさっていうんですね」
謝ったのはいいが好奇心がそうさせるのか、美麻はつい口が滑ったかのように陽一に聞こうとする。
「経験か……、確かにあれは、歴史に大きく刻む結果となったでしょうね……。多くの犠牲と共に――」
(ああ、ヤバい……! 地雷踏んじゃったかな……)
切ない表情を浮かべる陽一の顔を見ながら、着せられたロングコートを改めて上半身を強く包み、美麻は少し顔を青ざめさせる。
「―――殿難さん」
「は、はいっ!」
「……あの『911』で私は弟を―――」
ジーパンのポケットに手を入れ、陽一は自ら『911』の事について話し出した―――