小説『ラグナロクゼロ(シーズン1〜2)』
作者:デニス()

しおりをはさむ/はずす ここまでで読み終える << 前のページへ 次のページへ >>

15日前。

2003年2月1日。ベルギー。ブリュッセル。ミセリコルディア財団私有地(教会)

この当日『EU(欧州連合)』は将来ヨーロッパ全域に拡大する為、『マーストリヒト条約』次ぐ、新たな修正が加えられた条約・『ニース条約』が発効された。

 そのことで今の世界情勢から、当時の表舞台に活躍するある三つの勢力が存在する。

 長く戦乱の時代を勝ち抜き続け、現在に至る超大国であるアメリカ。

 共産主義でありながら、今は未曾有(みぞう)の経済成長を見せつつある中国(あるいはロシア)。

 それに次ぐ第三勢力・EUは、大陸の東方に勢力を拡大しつつあることで、着々とその力を発揮しつつあった。

 そのEUの本拠地から少し離れた教会で、一国家群の動きに大きく関わった一人である少女が祈りを捧げていた。教会内は澄み切った空気と静寂で満たされ、少女はイエス像に向かって膝まづき、両手を胸の前で組み瞑目している。一心不乱に祈りを捧げるその真意は、平和という一つの願いを常に胸に秘めていたのだ。

 少女は長時間に渡り同じ体制を崩さず、姿からして冬の滝に打たれる修行僧のようにも見えた。ゆえに祈りを一切絶やす様子もなく、その行動は周りから見れば、彼女自身が抱く『大志』を具体的に目視しているようなものだった。

「ホリー様」

祈りの時間を見計らっての事か、短髪で丸メガネをかけ、一見真面目な面持ちと清楚な印象を備えた、二十代前半の黒髪の若い神父が少女の名を呼ぶ。

「分かっていますジャスティン。『ニース条約』のほうが発効されたのでしょう」

「はい」

若い神父・『ジャスティン=ナイトロード』の要件を悟った、短い銀髪の少女・『ホリー=シュミット』。彼女は祈りを終えた直後に立ち上がり、後ろにいる彼の方に振り向く。

 「これでまた平和への道に近づけたということですね」

 自らの祈願が近づきつつあるのに、その先の険しい道を悟ってのことか、彼女の眼差しはどこか切ない。

「はい。我が『財団』とEUは、あの組織に対抗する為の勢力を伸ばしつつあります。これもまたホリー様の執政(政治を動かすこと)あってのものです」

ホリーに対してのジャスティンの言葉は、彼女自信の影響力に感心した上での評価だった。

 なぜこの少女がEUの行動に影響を与えている一人なのか。それは彼女を中心に動いている組織に関係していた。

 ミセリコルディア財団―――1905年に設立され、その組織的な生い立ちからは、『慈愛・救済・絆』の三つ言葉の意味を例に、世界中の不幸な人々に助力や援助による活動をし、100年近い長い歴史を持つ巨大財団。それと同時に教団経営も営んでいて、世論からは『ミセリコルディア教団』またの名を『国境のなき聖職者達』と、二つの呼称で呼ばれ、今に至るEU公認のヨーロッパ最大の慈善事業団体であった。例えるならば常に平和の為に貢献している、一部の国連平和維持軍のようなものであった。

 そして今はその大陸一の組織を統率している有力者の一人で、彼女の場合は教団経営の中心人物でもあるホリー。わずか12歳で執政できる立場なのであり、その上でEUの内部改革の一つ『ニース条約』を提案したと同時に発効にまで持っていき、今に至るのである。

「いいえ、お父様のお力添えがあってこその財団の力。ただの小娘一人に政治は動かせません」

ジャスティンの目の前で返答したホリーは、自らを戒めるかのような謙遜をする。

「そうご自分に厳しくなさらずとも、EUがこの調子にいけば―――」

「―――1年後には東欧諸国の計10ヵ国が、EUに加盟するのは時間の問題ですね」

「く、クラウス!」

二人の話しの間に、横から口を挟んできたのは、中性的で健康な面持ちで金色の髪と瞳を備え、ジャスティンと同じ若い神父・クラウス=フォルタニカだった。

「―――どうしたんだこんなところで、確か君はアフリカの方に出張してたんじゃないのかい?」

長年の親友であるクラウスに対して、若干驚きながらも明るくジャスティンは問う。

「いやな思った以上に仕事が早く済んだから、総本山(教団の本拠地)に向かう途中でな。おまえとホリー様が居るって聞いてちょっとよってみたんだ」

 立場上クラウスはジャスティンと比べ少し上だが、久しぶりにあった為か、いささか砕けた口調である。

 「そうか……」

 それを悟ってのことか、指摘することもなく今の言葉を受け止めたジャスティン。

「お務めの方、ご苦労様ですクラウス」

財団の事業の一つ、『アフリカ貧困解放運動』に参加していたクラウスに対し、ホリーは立場上の労いの言葉をかける。

「はっ、労いのお言葉ありがたくお受け取りします」

クラウスはそれを感謝したうえで、上司である彼女の背丈(およそ150cm)に合わすように膝まづき、一礼をした。

「相変わらず口の方は達者だな」

「まあな」

一礼をし終えて立ち上がったクラウスの返答の仕方に、ジャスティンは呆れながら指摘した。それに彼はまったく謙遜せず、親友に対しては自慢気な物言いだった。

「そういえば……クラウス。あなたたしか「総本山に向かう途中」と、おっしゃっていましたよね」

二人の間で話を聞いているとホリーは、少し妙な事に気づいた。それは「クラウスが今の身分的になぜ総本山に立ち入れるのか?」という事だった。

「たしかに……」

それと同時にジャスティンも気づいた。

「え……、それはその……」

二人に指摘されると、クラウスは少し戸惑いを見せたが、後から気まずい表情をしながら次のように答える。

「君の財団の身分でいうと、よっぽどの事がない限り総本山には立ち入れられないはずだけど……」

心の内に妙な怪しさを抱きながらジャスティンは問う。

「いやな、実は俺『第一級親衛隊』から『パラディン』に転進したんだ。まあいわゆる昇進だな」

照れながらクラウスが言うように、財団には独自の階級が存在する。クラウスの前の身分である救済者の警護を業務とした『親衛隊』と違い、その昇進したされる『パラディン』とは、ホリーのような教団の最高幹部の護衛や異端者討伐といった特殊な業務を任された、財団が保有する特殊部隊のことである。

 実際なぜこういった部隊が存在するのか、主に『反社会主義結社』や『カルト教団』の撲滅の為に組織されたとされるが、その本意は後に明かされることとなる。

 ちなみに『パラディン』とは『聖騎士』という意味で、『RPG』でよく馴染みのある言葉であるが、そのモチーフは中世ヨーロッパの騎士用語として使われたとされる。

「どうして……」

あまりにも意外だったので、ジャスティンは静けさ混じりに問う。

「前から志願していたんだ。少しでもお前に近づく為にな」

クラウスにとってジャスティンは、唯一無二の親友と同時に憧れの存在でもあり、そんな彼を慕っている上での転進でもあった。

「そうか……」

「それにしても急すぎはしませんか?」

明らかに唐突とも言えるクラウスの出世に、ホリーは妙な違和感を感じた。

「実は……、アフリカに滞在中に『ある物』を見つけて出世できたんです」

「それは……一体なんなのですか?」

「……『アヴァロン』です」

「!×2」

その『アヴァロン』を発見したクラウスは、財団にとってかなり重要な物だったことで、言わずと出世が叶い今に至った。

-107-
Copyright ©デニス All Rights Reserved 
<< 前のページへ 次のページへ >> ここまでで読み終える