同日。将龍軒。昼。
ガラガラ
「ちわース!」
「らっしゃいっ! おっ、今日は懐かしい顔ぶれが来てるじゃねえか」
久しぶりに来た真堂達に気づいた将龍軒の亭主・杉山源六が中華鍋を振るいながら(調理中)歓迎する。
「あれ? しばらく見ない間に改装しました?」
不意に真堂が中に入って店内を見る。すると去年来たよりも印象が変わったきがしたので、思わず店長の源六に問う。
「うんや? うちにはそんな予算は持ち合わせてはいねえけど?」
「そうですか?」
「と言うより、店が綺麗になったんだろ」
横から神崎が言うように、去年はねんきが入った汚れが目立っていたのに、今ではその汚れもなく、よく掃除されていて、完全に見違えていた。
「あっそうだ! 半年前に初めて人を雇ったんだけどよお。これがよく働くんだよ! イヤー、思わず感心しちまったなあれは!」
満面の笑みを表す源六。その新人のことを褒めながら、去年見たより年相応より老けた顔が少し若返って見えた。
「その新人って?」
一番源六に馴染みのある神崎が問う。
「京都のダチに会った帰りに拾ったんだよ」
「……ん? 拾った? 捨て犬みたいに?」
「いや……ダンボールには入ってはなかった」
「いやいや、そうじゃなくって」
源六は独特の天然ボケで神崎との話が噛み合わなかった。だがそれを見た真堂は(なんか和むな……)と、心の中で呟き自ら感想を述べた。そして獅郎は(なんか誰かに似てるな)と、真堂と同じく違いはあるが、心の中になぜかほんの気がかりな気持ちを立ち込ませながら、自らの心の中にしまい込む。
「―――店長。昨日仕込んどいたチャーシュー冷蔵庫にないんですけど、どこっすか〜」
「おっと「噂をしたら」だ」
向こうの厨房から聞こえてきた声の主は例の新人。今から真堂達のところに来ようとしていた。
「おーいアベちゃん! ちょっと紹介したい人がいるからちょっくら来てくれ!」
(アベちゃん?)
源六が言う新人のあだ名に、妙な引っ掛かりを感じた真堂。とにかく席に座って出てくるのを待ちながら、労働後の喉の乾きを潤す為に、配られた水を半分の量を口に含む、その瞬間だった―――
「紹介しよう。うちの初の新人・アベルだ」
「ぶーっ!」
「!×2」
今に紹介した例の新人は、十ヶ月前に書き置きを残して失踪したはずのアベルだった。そして突然アベルが目の前に表れたことで、真堂は口に含んでいた水を勢いよく吹き散らし、向かいの席に座っていた神崎と獅郎の顔面に飛び散った。
「アベルさん!」
「あ!」
すぐさま立ち上がった真堂は次のように問う。
「一体どこ行ってたんですか!」
「……李玖」
「あんな書き置き残して、俺と姉さん心配してそこらじゅう探し回ったんですよ!」
「李玖……」
「それに―――」
「李玖!」
「なに!」
「李玖……、まず最初に俺達になにか言うことがあるんじゃないのか……」
「は……!」
アベルに説教している途中に真堂は、神崎が呼び掛けているのに気づいて振り向く。そこには顔面が水浸しの神崎と獅郎の姿を見て黙り込み、その二人の顔にかかっているのは、さっき真堂が吹き散らした水だと思い出した。
「ごめん……」
「まあいいけどさあ。その人が例のアベルさん?」
「うん……」
真堂が謝罪した後に神崎は、初対面であるアベルに対して指を指す。
「なんだ? 知り合いか?」
「はい……」
源六に問われ、気落ちした状態で返答するアベル。
「そうか……、おまえさんちょっと休憩入れてこい。この状況じゃつもる話しも難だからよ」
「え? いいんスか?」
二人の関係が親しい仲であることを悟った源六は気をつかって、アベルと真堂を店の裏に移動させ話し合いの場を設けた。