30分後。
「………」
「お! 李玖、戻ったか」
「フゴッ」
浮かない顔をしながら店内に戻ってきた真堂。テーブルに置いてある料理は、神崎が注文した『餃子定食』と、獅郎が注文して頬張って食べているのは『十枚付きチャーシュー麺』だった。そして真堂を待っていた二人は、あまりにも遅かった為すでに昼食を食べはじめていた。
「どうだった?」
「うん……、それが―――」
気をつかうかのように心配していた神崎に問われ、真堂はカクカクシカジカと二人にアベルの今の複雑な心境を話した。
「―――それで、まだこの店で働くみたい」
「なるほど、確かにそんなものを抱えてれば、家にも迷惑を掛けたくない訳だな」
「結構複雑な心境だから、しばらくそっとしといた方がいいかも……」
「そっか……、まあとにかく一段落着いたんだろ。早くしないと昼終わっちまうから飯食おうぜ、俺のおごりでな」
「フフ……、はいはい」
神崎の態度にうっとうしく感じた。だがそれとは裏腹に、少し心地よく感じた真堂は、よっぽど店の裏でアベルと話したのが辛かった為に、今は神崎のセリフで気の抜けたようにほっとしていた。
「―――親父〜、俺の替えのパンツしらね〜か〜?」
「!×2」
席に座った真堂は料理を注文しようと、メニューを見た直後に、厨房から男勝りな口調で出てきた美しい容姿をした女性が出てきた。テーブルに座っていた獅郎除く二人(真堂と神崎)は目を丸くしながら驚く。なぜならその出てきた女性は真堂達のクラスの担任で源六の娘・杉山薫だった。
「杉山先生!」
杉山が出てきてからの第一声は真堂が発した。食事中だった残りの二人は、とたんにハシを止めていた。
「ん? なんだお前らか」
驚かせた本人はなにも動じず、プライベートでは上半身の下着を身に付けずにいた杉山。明らかに束縛から解けた豊満な胸のせいで、着ているタンクトップが少しきつくなっている為に、表面の薄い生地から胸の形が少しだけ浮き出ていた。
(仕事とプライベートってこんなに違うもんなんだ)
杉山の仕事では真逆な生活態度に、心の中で真堂は呆れる。
(胸デカ!)
仕事中の杉山はふだん緑色のジャージを着ていて、そのせいであまりはっきりとした胸の大きさがイメージできなかった。だが今になって彼女の格好を目撃して、神崎は確かな形が悟れるようになった。
(この前会った時よりデカクなってないか……?)
先月ぐらいに杉山と共に夜を過ごした獅郎は、その時に見たよりも胸の発育がまだ進んでいることに気づく。
「先生……なんでこんな所に……」
「なんでって決まってるだろ? ここは俺の実家だ」
よく考えてみると源六と彼女の二人の姓は、同じ杉山だということを今頃になって気づいた真堂。
「なんだ薫、知り合いか?」
父親である源六は娘にどういった仲なのかを問う。
「俺の教え子だけど」
「なに! ハッハッハ! そうだったのか、なら今日はタダにしねえとなあ」
そのことを聞いた源六は、杉山の教え子である真堂達が食べている料理を、全部店のおごり(無料)ということにした。
「えっ、いいんですか?」
突然の事で真堂はわざわざ源六に問う。
「なーに、娘の教え子ときたらおごらない訳にはいかないだろうさ」
「よーし! そうときたらバンバン食うぞー!」
源六の『タダ宣言』に神崎は、調子にのって追加の注文をしようとする。
「おう、ドンドン食え!」
「お、おい親父! いいのかよこんなことして、家計が悪化したら―――」
娘である杉山が心配して父に助言すると、源六は彼女の耳元であることを言った。
「大丈夫だって、まだ『中東』で稼いだ金が有り余ってるんだからよ……」
「そ、そうだけど……」
源六が娘に話している詳細はまだ先の事になるが、とにかくある理由で金に苦労しない余裕を持っているらしい。今は真堂達に店自慢の料理を楽しませることを優先にした。
「あっそうだ。そこの鋭い目をした兄ちゃんよ、おめえさん獅郎か?」
「……そうだけど?」
源六の問いに妙に思いながら答える獅郎。
「なんかよ……、娘がけっこう世話になってるらしいから、これからもよろしくたのむわ」
「お、親父?」
(なんで知っているんだ?)
実は源六はとうの昔に二人の関係を知っていた為に、あえて獅郎に娘を大切にしてもらうように言った。
「?」
そして二人の関係をなにも知らない真堂にとっては、源六の発言がなんのことだかさっぱりわからなかった。
「へいっ、ご注文の料理おまち!」
注文した料理が来て真堂達は今ある食事を楽しみながら、店にあるボロテレビでやっていたニュースで、今日が『ヴェトナム戦争の終戦三十周年記念日』だということがわかった。後にその話題の中で、少しだが『南部の長髪の悪魔』という、冷戦終結から伝わるヴェトナム特有の都市伝説がとりあげられていた。