5月1日。アメリカ。ニューヨーク。マンハッタン。セントラルパーク。昼。
ここセントラルパークでは、周囲の摩天楼に囲まれ広大な広さを持ち、働き暮らすマンハッタンの人々のオアシスである。映画・テレビなどの舞台として世界的にもよく知らている都市公園であり、そのど真ん中に昼寝をしている中年(50代後半)の男がいた。
『私の夢。それはこの私の中にあるこの力を使って、争いを無くす世界を築くこと―――』
(綺麗事だ……おまえはもう死んだんだから……)
『ずっと……、一緒にいてくれるよね?』
(頭が痛くなる質問だな……)
『なぜ裏切ったのです!』
(おまえにはわからないさ……おまえには……―――)
まるで過去を振り替えるように夢を見ていた。夢の内容は少年と美女が出てきて、二人は男に親しくしていたが決別したところで途切れ、ある少女の一声で目覚めた。
「―――おじいさま」
「ん……んん……?」
「こんなところでお昼寝ですか?」
草むらで気持ちよさそうに寝ていた中年の男を起こしたのは、男装した少女で彼と親しく接していた。
「ディオラウスか……?」
「『元老院の盟主』ともお方が、こんな所でお昼寝ですか」
「悪いか?」
セントラルパークの庭園に行き交う人々と違って、あまり溶け込む様子はなく、二人はただ他愛もない話しをする。
「いいえ、とてもかつて『第二世界』を創った人とは思えない様な〜と。思いましてね」
男装した美しい少女の名は、ディオラウス=マーロウ。彼女が『盟主』と呼んでいる中年の男の関係は『孫』である。
「皮肉はよせ。昨日は特別に辛かったから、気を紛らわしたかったんだ……」
そして中年の男の名は、スティークス=マーロウ。ディオラウスの関係は祖父で、彼女の所属しているアメリカの半分の勢力を占める謎の組織・『元老院』の盟主である。
「……ヴェトナム戦争ですか」
「ああ……、奴と最後に戦った場所だった」
遠い過去を見通すかのようにスティークスは、切ない眼差しで空を見上げる。
「同志達に聞きましたよ。最上級クラスの契約者だった時代に、「ヴェトナム戦争で単独で先人きって、あの『存在しない英雄』と決着つけようとした」とね」
「……あの後、皆に私の事故満足の為に迷惑をかけてしまったからな……」
過去に行動の誤りによってスティークスは自分を含め、仲間達にあった栄光をなくさせてしまったことを、今頃になって悔いる。
「まあ、過ぎたことには違いないですね、そういえばあの『金髪のタヌキ』めはどうしましたか?」
「ダックマンか? 今頃アルスターカンパニー本社に着いているだろうな……、フン……しかし『金髪のタヌ
キ』などとはよく言えたものだな」
ディオラウスが言うある人物のあだ名に、公園の草を踏み締めながらスティークスは微笑を浮かべる。
「あの人はあまり好きになりません。っていうか生理的に無理ですね」
「ぷっ……クハッハッハ! はぁ……そうか、人外のおまえでもそう思うか。クク……確かに私達も『あの男』に亡命を手引きされて以来、どうもいけすかない感じがしたんだ」
「―――人の悪口と昼寝をしている暇があったら、さっさと我が国の為に働いてください」
二人はある人物の悪口で話しが盛り上がっていた。だがところ次の悪口を言う前に、後ろから冷徹な声を掛けてきたのことで、話しはそこで途切れた。
「ん? なんだおまえか……ダックマン」
後ろを振り替えるスティークスはつまらなそうな顔をした。そして声を掛けてきたのは、金髪のパーマしているアメリカCIA局長候補で、元老院の補佐を務めるドナルド=ダックマンだった。
「よくここがわかったね?」
皮肉を込めるかのような言いぐさで、ディオラウスは嫌いな相手に合った対応をする。
「あなた方は監視をされているのを忘れずに」
「昼寝くらい別にいいだろう」
「一応『最上級戦争犯罪人』という立場を理解してください。なんならあなた達の正体を、EUやミセリコルディア財団に暴露してもいいんですよ」
「わかったから、そう怒るな」
眉間にシワを寄せながら言うダックマンは、元老院の補佐であるが、組織の重大な秘密を握っていることで、彼はただ一人の裏の支配者でもあった。
「まあそんなことをしたら、僕はあなたを切り刻みますけどね」
「せいぜいやってみるがいいさ、小娘ごときに私を殺せるものだったらな」
(この余裕……、やはりカイーナが後ろ盾か……)
ディオラウスが脅しても、ダックマンはまったく恐れない態度をみせる。スティークスは彼に対してある疑惑を感じていた。
「では盟主殿。私はこれから『財団(ミセリコルディア財団の通称)』と手を組もうとしているレイルフォード上院議員を止めに参ります。ですので念のためにあなた方も一緒に来てもらいます」
「やれやれ人使いが荒いな。どうせレイルフォード上院議員も取り込むつもりか?」
「アメリカのさらなる栄光の為です。議員も私の崇高な願いに参道してくれるでしょう」
(要するに自分のエゴを通したいだけだろ)
「それでは、行きましょうか」
次の仕事に移行しようと詳細を話し出したダックマンに対して、ディオラウスとスティークスの二人はいらぬ疑問を持ち合わせながら、レイルフォード上院議員の自宅に向かうのであった。
そして―――
「ディオラウス。おまえが一年前に話した事は本当なんだろうな」
「はい、間違いありません。確かにアシュレイが実体を確認しています」
ここで二人はダックマンについていきながら、少し距離をとりつつナイショ話をし始めた。
「そうか……、ヴァチカンの地下に投獄されたはずが。まさか西から極東の地(日本)にいたとはな……」
「カイーナは『シベリアの虐殺』で生き残ったことで、『黄道従使隊』多数のネフィリム達の意志を完全に統一しつつあります」
「もしあれが敵の手中にいるのではなく、外側で別の所にいたなどと知ったら、私達は全員殺される」
今は悟られない程度に話しているが、話の内容からかなり込み合っているのがわかる。
「アシュレイには、誰にも言わないように口止めしていますのでご心配なく。時間をできるだけ稼ぎますので、『アルマゲスト・ロゴス』が完了した以降、これからのことを考えましょう」
「そうだな……、奴の記憶が完全に思いだした時、我々の大いなる脅威なるだろう」
「わかっています」
「なんとしても隠し通せ。かつて『先代の盟主』を倒したことで、世界を地獄から救ったあの『存在しない英雄』を―――」
スティークスが言うその『存在しない英雄』とは、過去にどんな偉業を成し遂げて呼ばれたのかは、まだわからない。ただそのことで、この世界を『大戦』同様に一変させる前兆が表れたのは確かだった。