『2年前。イラクで俺がフセインの政治活動を支援していると、てめえが知ったとたん。独断で宣戦布告やら13万なんて兵投入してきやがってよ。おかげでこっちは迷惑料としてあいつをエジプトに亡命させなきゃいかんわ、自分の逃亡で骨折るはで、こっちは結構おまえに迷惑かけられてたんだぞ! それをなんだ? 今頃になって「戻る気はないか?」だと! 人様バカにすんのもいい加減にしろ!』
(こいつ……、85年前からまったく変わってないな……)
スティークスは電話の老人の罵声になにも返答せず、ただ老人の若い頃の姿を脳裏によぎらせ、言い分を聞き流しながら、相手の変化のなさに呆れるしかなかった。
『……おい!』
「あ……と、とにかくその気はないのか……?」
『当たり前だ!』
「………」
電話の老人の真っ当な一言に黙りこむスティークス。
『ま、俺の身内にあんまり詮索しないのだったら、これ以上無駄な殺生は控えてやる。だがこれだけは覚えておけ、お前らにはいずれ『春が来る』―――』
先月殺されたフェルナンドの狙撃現場に落ちていた『二つ折りの紙』に、英語で書いてあった『短い一行の文章』を今になって電話の老人は、セリフの最後にわざわざつけたして言った。
「またそれか……」
それを聞いたスティークスは意味を知っているからこそ、呆れると同時に恐れていた。
『まあ、せいぜい『夜道』には気をつけな』
「私達の先手を取る器量高さ……、『ダンテ』も気に入るわけだ。わざわざスカウトにまで行ったあの人の苦労も報われてたということか……」
実際心にもないことを言うスティークス。
『あん時はかなり拍子抜けしたがな。スティークスよ。いつまでも組織の存続なんてバカなことやめて、さっさと隠居しろや。それともいつまでも、あの『金髪のタヌキ』とやらの傀儡(かいらい)にでもなるつもりか?』
「ディオラウスに続きお前もそう言うか……」
孫と電話の老人のネーミングセンスが偶然あっていたことに、スティークスは呆れてしばらく黙る。
『それとも隠居できない理由は、『アルマゲスト・ロゴス』とかいうやつに関係してんのか?』
「な! きさまどこまで知ってる!」
計画を知られたくないのを理由にスティークスは、電話の老人に問いを投げる。
『おっとしゃべりすぎたか? じゃあ最後に一言いわせてもらうと「腐って消える前に引退しろ」ってことだけだな。あとこっそり逆探知しても無駄だぞ、おれは今『北朝鮮』にいるから『イラク戦争』みたいな時のことはやめときな、じゃあな―――プツッ』
「まて! しん―――くっ……『獅子』めぇ……!」
悔しさを込めながら受話器を叩き戻し、スティークスはただこの会話をやむなく秘密にするしかできなかった。