小説『ラグナロクゼロ(シーズン1〜2)』
作者:デニス()

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数十分後。ある島が見える海岸。夕方。

「ん〜、まずいな……ここどこだろう……?」

石川の件でかなりめいっていたのを理由に、教会から出て散歩に行ってきたのはよかった。だが考え込みながら歩いていたこともあって、進んでいる道と場所を意識せずに、いつの間にか覚えのない場所・海岸に行き着いていた。

「『片瀬』で海岸はおかしくないとして、ここは……―――」

今に至って真堂は自分がいる場所がどこなのか、少し日があるうちに海岸の向こうを見渡すと、何かの『長い橋』が見えた。そこで真堂は「もしや」と今いる場所に検討がついてきたのをきっかけに、橋の長い先の方向えとたどり視線を横にずらしてみた。すると一つの小さな島が見え始めてきた。島の上には少し傾いている展望台があり、夕方であるため、テッペンに付いているライトが回転している。そして下には本国をつなぐ長い橋があり、半分ぐらいか濃い土の色をした鋭い岩壁あった。この二つの特徴を合わせて思考を巡らせながら、ついに真堂は今いる場所がどこなのかを理解した。そうここは―――

「『江ノ島海岸』か……!」

片瀬町の南に位置する古くから湘南を代表する日本の観光名所の一つ・『江ノ島海岸』だった。ここは真堂が小学校を卒業して以来、かれこれ二年近く来てなかった為に、一時的に道や場所を忘れていた。そこで今いる場所がわかったことで、ちょうど石川のことで憂さ晴らしをしたかった真堂は、しばらく潮風にでも当たろうかと近くの港に向かおうとする。

「2年も起っているのにここは全然変わらないな……」

「李玖くん?」

ちょうど沈む太陽の光によって、後光がさしている富士山を見ながら歩く。すると真堂は少し和み始めた矢先、横から通りがかりの女性に声をかけられた。

「え……? 美麻さん……!」

逆光している富士山の景色を見た後に、真堂は女性の声がした方向えと振り向くと、そこにいたのは特徴的な青い瞳を宿した長身の女性。少したくましい面持ちをした、真堂の兄の元カノ・殿難美麻だった。

「奇遇ね、見覚えのある人影かと思って向かって見たら、やっぱり李玖くんだったんだ」

顔見知りにあったことで美麻はさっきまで心細かったのか、一頭小さい真堂に対して腰を低くしながら満面な笑みを見せる。

「どうも……」

そんなことにも構わず、浮かない顔をする真堂は美麻から顔をそむけて挨拶をする。

「……どうかしたの?」

真堂の表情を読んで悟ってのことか、美麻は返答しやすくする為に優しい問いかけ方をする。

「いいえ……」

「そうは思えないけど……、なにか悩みでも抱えているんだったらお姉さん相談にのるよ」

あくまでとぼける真堂に、美麻はさらに安心を保証した言い様で重ねて問う。

「実は……―――」

少しずつ粘った美麻の行為に対して、屈したように真堂は自分の憂鬱な理由をカクカクシカジカと全て話し出す。

「―――そ、そう……お友達が……」

港に行き着いたと同時に海岸に来たいきさつを聞き終えたのはよかったが、予想より重い内容に一瞬だけ取り乱した美麻。

「あの時、石川さんのなにかの『異変』に気づいていればとか、今生きている俺には知ったことじゃないですけど、自分を殺めるくらいの……生きることを諦められる悩みっていうのは、一体なんだったんだろうって……」

「……李玖くん」

「『筋違い』だっていうのはわかっているんです。ただ疑問に思ったってしょうがないし、死んだ人は戻ってはこない……。所詮は過ぎたこと、ですから……」

(陽一に聞いたとおりね。この子は……)

この真堂の言い様と優しい性格からして、過去に美麻はまだ陽一と交際していた頃に、弟の詳細に関して何度か話したことがあった。それもあり、真堂は『911』といった大勢の人間の死を目撃した被害者なだけに、大げさな意味で人の命のとうとさを知っているのが悟れた。
ゆえに美麻は思う。その真堂の今は亡き友に対しての優しさは、長所でもあり短所でもあるということを―――

「それで不意に思ったことは、『人は無意識に屍を越えている』んじゃないかって……」

「?」

「アハハ……、こんな唐突な言葉を口にしたところで、後に「なにそれ?」って思いますよね。この言葉の意味は、親を含む友人や知人といった何人か縁を持った人が誰でも一般にはいますよね。その人が命絶えるまで、人生を歩み続けている間に自分が知らない場所で、知らずに関係者が亡くなっているケースのことをいう意味なんです。その……あんまり慣れない言い方をしましたけど、かなり砕けたふうに言うと、人も俺も『知らぬ間に他者の死を経験をしている』んじゃないかって思うんです」

真堂は自らテロの被害を受けた経験を元に、不意に考え付いたその言い分の意味を説いた。それを聞いて渋々理解した美麻は、一見気弱そうな見た目とはちがう彼の意外な一面を知る事になった。

「最も俺の場合は、それ以上に並外れているとは思うんですけど……」

「そんなこと……ないよ……」

謙遜した言い方で自らの他者の死を、尋常では計り知れないほど経験していることを告げた真堂。それを聞き捨てできなかった美麻は、真堂が告げたことをぎこちない気持ちで否定する。

「本当です。はっきり言えば、事実であることには変わりありませんし―――」

「もしかして「自分がいたせい」なんて、思ってる?」

「えっ……―――な、なにを……!」

真堂に対する美麻の突然の抱擁。
彼はいつもあることを考えていた。それは『自分に関わった者は死が付きまとうんじゃないか?』と、肉親二人が亡くした時点で必ず誰か一人に死が付きまとい、結果石川を自分の呪いかなにかに巻き込んでしまったことを悔やむ。そのことを悟ったうえ彼女の行動の原理を表す言葉は、一見唐突なものに見えるが、実際は『慰め』に準じたものだった。

「むぐ……!」

そして抱き締められた方の真堂は、独特の芳香が混じった美麻の豊かな胸に圧迫され、一時的に混乱した。だが真堂はすぐに正気を取り戻した矢先に離れようとするが、それでも美麻はまだ抱擁を継続し、小声で彼の耳元にあることをささやく。

「たった一年でもね、それはそれは忘れ難い、濃い思い出でもあるのよ。ちょうど陽一という異性に初めて恋心を抱いた場所も、こんな港だったかな……」

美麻の言ったことに、心を見透かされているような感覚を覚える真堂。たとえ陽一との交際期間が短かろうと、美麻にとっては一番最初で最高の恋愛をした相手でもあった。
かつて美麻は、あの北陸の港で初めて陽一に恋心を抱いた。
あの日、テロの被害によって心身に傷を負った家族に対して、慈しみながら養い、まるでおのれの道徳を厳守するかの如く、自らの肉親を守ろうと躍起になる。そんな陽一の性格に彼女は惚れ込んだのかもしれない。少なくともその元カレの弟である真堂はそう思った。

「今でも兄さんのことが、その……まだ好きなんですか?」

あんまり「別れたのにまだ好きなんですか?」と、ストレートに言うのもなんだったので、真堂は一瞬だけ言葉に迷いがあったものの、思い切ってシンプルに言った。

「大抵はひどい別れ方したって思うでしょ。実はそうじゃないのよ。去年ぐらいかしら、付き合って一周年の記念の日にあの人(陽一)は、私とお揃いの『ペアリング』をプレゼントしてくれたの。そこでお互い善良な恋心を抱いていたその絶頂期に、あの人と私は互いの『一途な愛情』を与え合ったわ……―――」

その美麻の個人的な昔話を聞き続けている真堂にとっては、縁も縁(ゆかり)もない内容だった。だが「一途な愛情を与え合った」つまりは『兄とベッドを共にした』と、話が途中で一段落したところでそのことを悟り、人知れず薄い羞恥に駆られたかのような妄想を浮かべ、滅多にやられない抱擁の為もあり、真堂は頬を赤く染め上げた。

「その後にあの人が言ったのよ―――」

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