小説『ラグナロクゼロ(シーズン1〜2)』
作者:デニス()

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『一年待ってほしい……。別に嫌いになった訳じゃないんだ。未だに弟はあのテロ以来、生きていることに苦痛を感じている。だから美麻、お前を家族に迎えてお弟を―――李玖を本当に安心させてやりたいんだ。両立して養うなんて無茶なこと言うようだけど、これは俺の最初で最後のワガママでもあり、唯一の夢なんだ』

「―――って言ってたの。一応もうすぐ受験に躍起にならなきゃいけない時期だったから、一時的に離れてメールで連絡し合っていただけなんだ。いわゆる遠距離恋愛ってやつかな」

「そうですか、兄さんが……」

まるで誤解を解いたように事情を説明した美麻。そのことで過去に陽一が口にしたと思われる『悲願』を、美麻はそれがあまりにも印象的だった為に、一言一句そのセリフを間違えずに語った。それと彼女が口にしたのを直接聞いた真堂。彼の脳裏には兄の幻聴が混じったようにも聞こえた。

「―――それを聞いたあたしは、より惚れた方だったかな……、いきなり抱きついちゃってごめんね。あたしは最初にあなたに会って言いたかったことを―――陽一の願いを伝えたかったのよ」

重要な目的を済んだことで美麻は抱擁を解き、言い訳まがいなことを口にした。

「兄さんらしいな……。ありがとうございます美麻さん。なんか……ようやく兄さんのことで吹っ切れたような気がします」

「そっ……か、なんかこっちが逆に吹っ切れさせられて悪い気はするけど、とにかくそっちが元気になってくれてよかったわ。都会に引っ越したかいがあったものね。じゃあ李玖くん、お友達を亡くして辛いとは思うけど、めげずにがんばってね」

「はい……」

真堂の態度を見かねて安心した美麻は、まだ用事を残してあったのか、自分の腕時計を見て精一杯の労いの言葉を口にした後に、急いでその場を去っていった。

「本当……兄さんらしいな……、どんなに『弱い人』を守っていても……、苦に感じられずにいられるんだからさ……、とどかないだよなぁ結局……あの人には」

しばらくして真堂は夜を迎えた江ノ島の光景を見つめ、間の開けた言葉を口にした。すると―――

「俺は……俺は……くっ―――チックショォォォー!」

兄の願いが弟である自分の救済を兼ねていることもあり、今頃ながら真堂はコンクリートの地面に膝まづき、亡き者を惜しむ気持ちと同じく、まぶたから滝のように込み上げてくる涙を止められずとも、ただ海の一部として排出することしかできなくとも、それでも無力な少年・真堂李玖は江ノ島を前にして、産声の如く嘆く―――

「り、李玖……一体なにが……!」

一方で、教会を出てからまったく戻ってこない真堂を探しに来ていた神崎は、向こうで大いに嘆く友の姿を目撃し、わけもわからない状態で唖然としていた。

一方。港を去った美麻は―――

「やっば……! 飲み会間に合うかな……」

北陸を出て神奈川の大学に進学した彼女は現在、一人でアパート借りている身である。そして今は大学のサークルが設けた飲み会に出席するはずが、美麻は港によって時間を潰しすぎたせいで遅刻しかけていた。

(あの子の温もり。あの人に似てたな……)

近道として街道の裏道を走りる美麻は、真堂を抱き締めた時の感想を胸のうちにもらした。その最中になにかの異様な気配に感じながら、彼女は途中で足を止めた。

「な……なに!」

それに気づいたことで『蛇に睨まれた蛙』のように身を縛られ、例え読んで字の如くとはいかないが、なにか自分よりはるかに強い者に対して、精神的に押さえつけられているのは確かだった。

「動かな……い―――え!」

「ケタケタぁ……『メガネっ娘』の次は長身の美女か、今週はいいフルコースだぜ! ケタケタケタ!」

納得がいかず、立ったまま五体満足に動かせない状態を完全に理解したことで、美麻の目の前から急に宙を浮くハデな格好をした男がゆっくりと降りてきた。

「!」

「ケタケタ。さ〜て捕獲捕獲っと―――」

パチンッ

「な! 一体なに……を……」

唐突におこった理解不能な出来事に、美麻は動揺し始めたと同時にハデな格好をした男は、軽く指を鳴らしただけで彼女を眠らした。

「ケタケタケタ! いぃ〜い女だなあ……」

そして眠らした美麻の体に見惚れた男は、口が裂けるくらいの笑みを浮かべる。後に機嫌かとてもよくなった為に口笛を吹き、抱えた彼女をどこかに連れていった。
実際これは完全な拉致(らち)であり、いずれも今後の起き続けている最大の事件として膨れ上がるのであった。

ゆえに『優しき戦士』の初陣は近いつつある―――

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