小説『ラグナロクゼロ(シーズン1〜2)』
作者:デニス()

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厳重に張り巡らされているガムテープを丁寧に剥がしたところ、その箱の中に入っていた物は、少し異形な『一本の剣』だった。具体的には切っ先のある並み剣と比べて、それがないことである。

「―――そう。それは正式に認められた『パラディン』が戦場(いくさば)におもむく時、初めて手にする武器なのであります。しかも並みの剣と比べて切っ先が無いのは、『慈悲』という意味が込められた聖なる剣(つるぎ)なのであります」

着替えを済ませてからクラウスの後ろに出てきたマクベスは、早速その荷物の詳細を話しだす。

「―――いつの間に! ではこれが、正式な『パラディン』が持つことを許されるという、通常武装の一つ『クルタナ』!」

「ご名答! 我輩が知るところによると、イギリスの精錬した鉄でできた剣であり、中にはヴァチカン流の『聖堂儀礼(聖なる加護)』が施されています。それでいて人を殺さぬ剣ゆえに、人外である『契約者(悪魔)』と戦う武器としてはうってつけなのであります」

本来『クルタナ』というのはイギリス王家に代々伝わる剣で、日本語での名称だと『無先刀(むせんとう)・無鋒剣(むほうけん)』など訳され、その名の通り切っ先が無い形状を最大の特徴としていた。そして実際は宝剣の一つにも数えられていて、主に戴冠式の儀礼用に使われる。

「では私は……、やっと正式に『パラディン』として認められたわけですね。よかった本当によかったぁ……」

この2年間、所属していた『イギリス聖堂支局』では、雑用仕事しかやらせてもらえなかったクラウス。今になっては石に埋まって誰にも抜けなかった剣を引き抜いた、まるで『アーサー王』にでもなった気分でいた。それと同時に彼は長年の苦労がむくわれたこともあり、涙目で慈悲の聖剣・クルタナを見つめる。

「ハッハッハッ! よかったですなミスター・クラウス。これであなたも『戦う者』としての立場が画一され、同じく我輩と対等の立場が得られたのですからね。いやー、めでたいめでたい!」

「マクベス神父……」

やっと一人前のパラディンになったクラウスは、そのことで祝福するマクベスに対して改めて善良な人間だと知る。実際ここ日本に着いての2ヶ月の間に、とても初老とは思えないほどのハシャギっぷりに、コスプレ・強制的な観光案内・長時間の迷子といった、かなりの迷惑行為に悩まされていた。だが今になって超苦手な人間から、いい人間だということは一応理解した。

「今日からは貴方は我輩の戦友であります。ですがくれぐれも自分の命は大切にするように頼みますぞ、ハッハッハッハ!」

改めてクラウスを戦友と認めたマクベスは、一応間違っても死なないように釘を刺しておき、相変わらず水戸黄門のような高笑いをする。

「はい。精一杯がんばらせていただきます!」

「うむ、ではさっそく今ある問題に方をつけましょう。ミサキ=イシカワの件について」

祝福を終えたところで二人はこの2ヶ月の間で、独自に調査した神奈川の自殺者が急増した問題について話し合う。

「はい。2日前に亡くなった石川岬の件ですが、彼女の死因は手首の動脈を切ったことによる多量の出血死です。それと同じくして教団の検診員が遺体を調べたところ、高濃度アルコンの精神汚染が確認されました」

石川岬の遺体を調べた検診報告書を読みながら、クラウスは本来の仕事に気持ちを切り替えた。ちなみに『アルコン』とは、契約者や悪魔といった邪悪な者が放つ『負のエネルギー』のことで、濃度が高ければ高いほど心を病んでしまう。いわば精神的なウィルスのことである。

「聞くところによると彼女を含む自殺者の8割は、何日か前に財団の『自殺防止活動』のカウンセリングを受けた者ばかりだとか?」

冷静な面持ちを見せるマクベスが言うように、2ヶ月という長い期間とはいえ、自殺者の急増の根元である『ハープメイ』はかなり用心深いせいもあり、二人はあまり独自に調査を進めても大した成果はなかった。

「人手不足のせいやごく少数でのこまめな討伐をするには、やっぱり限界がありますね」

この長い期間での二人はただのんびりしていただけではなく、『ハープメイ』の手がかりを追うために、ひたすら神奈川中の眷族(けんぞく)だと思われる悪霊や悪魔を討伐してきた。だがそれでも『ハープメイ』の足取りはつかめずにいたのである。

「ぬぬ……やはり、『観測班』の返事が頼りですな」

そこで二人は1ヶ月前に『観測班』という、教団が保有する『アルコンレーダー衛星』を扱う部署に連絡し、その返事を待っていた。だがそれはよかったものの、まだ試作段階な為にいささか不備な点も多く、レーダーが完全にハープメイをとらえるには、いささか時間を要した。

「さすがに創設されたばかりの部署に頼るのは、無茶なのでは?」

「ミスター・クラウス。我輩達は今「ワラにもすがる思い」をする立場なのであります。例えハープメイがポーランドで起こした虐殺程度じゃなくても、これ以上の犠牲は出してはならないのです」

「4年前に、老若男女関わらずにポーランドの田舎町で起きた謎の『大量自殺事件』ですね」

かつてハープメイが起こした大事件を繰り返さしたくない為に、その意思をクラウスに伝えて悔しい思いを噛みしめるマクベス。

「それゆえにかなり危険な相手ですので、ミスター・クラウス。もしハープメイと戦うことになったら、貴方はまず油断はかならずしないことです」

「わかっています。未経験者である私が、だいそれた首の突っ込み方はしないので安心してください」

パラディンの戦いの厳しさをクラウスは従順承知していることを伝え、珍しく気難しい表情を浮かべるマクベスを安心させた。

ピロリロリンピロリロリン

「ぬ? ミスター・クラウス。あなたのノートパソコンが鳴っていますぞ」

「たぶん観測班からの返事だと思います」

クラウスの自前のノートパソコンから電子メールが届いた着メロが鳴る。そのことで2人は観測班からきたメールを拝見した。

「―――なるほどこれは……×2」

見事に2人のセリフがハモった。そのメールの内容はハープメイの正確な足取りと、明日中に討伐に必要な物資を日本に搬入する報告だった。この大体のお膳立てが整えられたことで、二人はハープメイを完全に撃退する為の討伐プランを練りに練るのであった。

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