7月5日。火曜日。日本。神奈川。片瀬。教会。昼。
「あ〜ダリぃ〜」
「うん……」
教会の中で、横長イスにすわり涼んでいる神崎と真堂。彼らは夏休みと期末テストが近づくなかで、学校が昼に授業が終わる時期・テスト期間に入った。
「テストもうすぐだな」
「うん……」
「ここ……涼しいな」
「うん……」
「夏休みもうすぐだな」
「うん……」
(さっきから「うん」しかいってないにゃ……)
明らかに限られた言葉しか口にしていない真堂に対して、神崎は本当に自分の話をちゃんと聞いているのかを確かめた。
「なあ李玖、俺の話……聞いてる?」
「うん」
「……そういえばさ、ニュートンが万有引力を発見した時のリンゴって不味いの知ってた?」
「うん……」
「もうすぐ……世界が破滅するな」
「うん……」
「もうすぐ冬休みだな」
「うん―――」
「おまえやっぱ聞いてねえじゃねえか!」
「え!」
完全に上の空であることを知った神崎は真堂に怒鳴る。おととい美麻が告げたことを聞いて以来、まるで心に穴が空いたかのように真堂は憂鬱になっていた。
「あれからおまえ変だぞ。確かに岬ちゃん亡くなったことや、おまえの兄ちゃんの遺言めいたこと告げられたことには驚いたけど、だからといっていちいち悔やんだところでしょうがないっしょ!」
不意に「口で言えるなら簡単だ!」という反論をするところ、真堂はそれを直接口することはなかった。実際、神崎が言ったことは案外間違えてはいなかったからである。
「ごめん……」
「まあさ、一人であんまり抱え込み過ぎんなよ。俺達、仲間なんだからさ」
「洵……」
たとえ気分やでいい加減な面が目立つ神崎でも本心では、仲間との絆を大事にする感情を持ち合わせていたのである。そのことでわずか一年の付き合いで彼は、真堂の複雑な心情に対してなんとか対応することができた。
「夏休みに入ったらさ、一緒に秋葉原でも行こうぜ、電気街は楽しいぞう」
「ありがとう洵」
真堂の今のところ少ない口数で言ったその返事は、慰めによって産まれた幸福感を噛み締めたと同時に、自分は結して一人ではないことを改めて悟った。
「いいってことよ! 最近はあの『自殺騒ぎ』より物騒なことがあるみたいだから、お互い気をつけようぜ」
「え……それどういうこと?」
神崎が口走ったことに異様な胸騒ぎを感じながら、真堂はそのことについて無知な状態で問う。
「どういうことってニュース見てないのか? あれだよ。おとといぐらいから10代から20代を中心に、神奈川で行方不明者が多く続出しているって話。昨日ぐらいか、学校にも何人か出たくらいだから、この辺じゃ結構有名になってるぜ」
「自殺に続いて行方不明者の続出って……洵ちょっとさ―――」
4日前。石川岬が亡くなった報告を受ける前に、真堂はある奇妙なことがあったのを神崎に教えた。それはHRが始まる前に石川のイスに触れた瞬間、静電気が走ったと同時に不気味な顔をした人間が脳裏をよぎったことである。
「………」
(やっぱ、信じられないかな……)
一見、意味不明な出来事に近い為、真堂の話に神崎は信じるか信じまいかと迷っているのか、しばらく口を閉ざし始めた。
「李玖……たぶんそれ、『残留思念』ってやつじゃね?」
「ざんりゅうしねん……? それってSF系の漫画でよく見る用語みたいなやつだっけ?」
「そうそう、それで―――」
詳しく説明するなかで神崎がある仮説をたてた。あの時、石川のイスに触ったことでなぜあの妙な光景が脳裏をよぎったのか、それは真堂が持っている未知能力が無意識に発動したのではないかという。
人の強い思考を読む能力。
かなり早い動きでも遅く見えるようにできる視覚の強化能力。
悪魔を素手で倒せるほどの超人的な能力。
そして今度は思いが込められた物体に触れると、その思いが読み取れる能力。さっきまで解明されていた能力は三つだったはずが、今のでもう一つ増えたのだった。そのことで真堂は混乱の一途をたどるはずが、慣れ始めたせいもあり今は落ち着いていた。
「それじゃあ俺は―――」
「昔と今を比べてみると李玖おまえの能力はどんどん成長しちゃってるな。もしかしたらこの調子だと『スーパーサ○ヤ人2』は軽く行くんじゃねえの?」
本物の超人として覚醒してもおかしくない憶測を神崎に説かれ、真堂は凡人から訳もわからず超人なるということに不安を抱く。
「それはちょっと勘弁してほしいな……」
その不安になる理由は平和な日常を望む真堂にとって、この能力は使えそうで使いたくない物でもあり、平凡な日常を過ごす中での障害でしかなかった。
「不安がってもしょうがないっしょ。もっと先の話しかもしれないし……、まあゆっくり考えようや」
(結局なにも分からず終いか。まいったな……)
拭いにぬぐいきれない謎を抱えた状態で真堂は、神崎に4問ほど相談にのってもらった。後に教会を出ていきその場で別れたのだった。