「……えっ、あ、あの―――」
獅郎の急な態度の変化に、少し驚いた石川は慎重に接する。
「杉山に聞いたのか?」
「あ……はい」
ちょっとした情報の漏れに心当たりがあった獅郎は、どうゆう事情で石川が知ったのか問う。
「俺にそんなこと聞いて、どうするつもりだ?」
「ただの好奇心や興味本意で聞ける話しじゃないってことはわかってる。ただ……」
「―――同情か? ならよしとけ、あいつにとっちゃただの一人善がりにしか聞こえないぞ」
石川は真堂の背負ってる物を少しでも軽くしようと、友人としての思いやりのつもりだったが、それはすぐに獅郎に否定された。
「そんな言い方―――」
「事実だ」
「うっ……うう……」
冷たい視線を石川に向ける獅郎。彼の本意は自らの友について、あまり詮索されたくないのであって、単に不謹慎な言い方をしている訳ではなかった。
「じゃあ……、崇妻くんはどうしてそんな李玖くんと一緒にいるの?」
「そうだなあ……、あいつは李玖はあの事件の後に日本に帰国して以来。小学生だったあいつは精神的にボロボロだったからな、滅多にない『テロ』とやらを体験して生き残ったんだ。学校じゃ一躍有名人になってな、あの事件から興味本意で聞いてくる奴が多くてよ。それについて反発した李玖は、しばらくいじめられるようになった」
獅郎が話だした内容は、とてもいい思いでとは言えない。だがすでに過ぎた事だったので口調が少し穏やかだった。
「それ知ってる! 確か杉山先生によれば、李玖くんはあの事件からかなりの仕打ちをうけたって」
「ああ、そうだ……」
「助けようとは……しなかったの?」
「ん〜……めんどくさかったから助けなかった」
「えぇーっ!」
獅郎の思わぬ発言に石川は驚きを隠し切れず、ただ唖然とするしかなかった。
「なにそのアバウトな理由!」
「いや助けなかったってよりも、武力介入ぐらいはしたつもりだけどな」
真顔から発せられた、ふざけたような話しの内容に、腹を立てた石川は「意味わかんない! っていうか助けたんじゃん!」と、怒鳴って獅郎に反論する。
「いんや、あれは俺の一方的な気持ちでやったことだから、助けたのには入らないと思うが」
「じゃあ自分で助太刀したとは思ってないんだね……」
この口論に終止を打つかの如く、言い放った後に無理やり閉めた石川。
「おう」
素直に応じる獅郎。
そして石川は話しを本題に戻そうとする。
「もう……。話しは戻るけど、獅郎くんは何でいじめられてる李玖くんをほっといたりしたの?」
「はぁー……、そんなにあいつとお近づきになりたいかねぇ……。まあいいか。あいつがいじめられているのをどうして黙ってたかって、それは李玖自身が助けを求めてなかったからだ」
「というと?」
珍しくだんだん口数が増えてきた獅郎は、いじめの事について理由を話したが、石川はその理由に疑問を抱いた。
「正確には一度助けた事はあるんだけどよ。あいつは俺をいじめから巻き込まない為に、わざと助けを求めなかったんだ」
涼しげな顔から真剣な顔えと切り替わった獅郎を見て、石川は(そんなことがあったんだ)と、心の中で優しさが含んだ呟き方をする。
「じゃあ、もう一度聞くようだけど。崇妻くんはどうして李玖くんと一緒にいるの?」
「そうだな……まあ、あいつといるとあんまり退屈しないからかな〜」
うつむきながら表立っては出さないが、少し恥ずかし気な言い方で、獅郎は教室の黒板の上にある時計に視線を向ける。
「やべっ、もうこんな時間か」
「へ?」
同じく石川も時計に視線を向け、時刻は午後6時をまわっていた。
「あっ、ほんとだ」
「なあ……あんた」
「はい?」
振り向き様に自分が呼ばれていることに気づいた石川は、何かを告げようとしている獅郎に少し緊張した。
「よかったら、あいつの過去についてあんまり詮索しないでくれねえかな」
積極的に聞きすぎたせいか、その告げられたことを聞いて、逆に自分の人間性を下げてしまった石川は、かなりの羞恥心を覚えた。
「……あ……ごめんなさい」
頭を下げて獅郎に謝罪する石川。
「まあいいけどさ……」
獅郎は呆れ気味な言い方をし、後に教材が入った鞄を背中にしょって、教室の出口に向かう。その途中に石川の左横に通り過ぎ、教室の出口の前で獅郎はある事を問うた。
「……見た目は平気な顔してるけど、実際あいつの目にはあの事件の光景が焼き付いてる……。だから俺はあいつのよき理解者―――いや、親友として俺はあいつを守りてえんだ」
「崇妻くん。どうして……そこまで李玖くんことを?」
「立場が一緒だったからからかな……」
「たちば?」
「そうだ。失いたくない物を失ってから、いつも孤独で一人ぼっちていう、そんな立場がな―――」
「そうなんだ」
振り向き様に言ったその言葉で、石川は李玖と獅郎の関係が改めて理解できた。同時に李玖の過去ついて調べがついたので石川はどことなく満足気な笑みを浮かばせた。
「まっ、そういうことだ。じゃな」
夕日の光を浴びつつ、獅郎は教室から立ち去り自分の家に帰って行った。