小説『ラグナロクゼロ(シーズン1〜2)』
作者:デニス()

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前回から2日後。

2005年7月7日。早朝。イギリス。ロンドン。エッジウェア・ロード駅近辺の喫茶店。

真堂がいる日本から西に遠くはなれた同じ海洋国家・『イギリス』。

昨日から『グレンイーグルズ・ホテル』という場所で、この国が主催する国際会議・第31回G8サミットが行われていた。
現在この会議では、『地球規模の環境問題』と『アフリカ諸国に対する国際支援』を主要課題とし、他にも核・テロ・中東問題などといった国際問題が議論されていた。

そして2日目の中盤に入った会議は、さっきまで出席していた一人の代表者が、ある『密会』の為にホテルを離れ、一時的に欠席した状態で始まろうとしていた、とある早朝。
店を開けたばかりで人気(ひとけ)が少なく、まだ客が二人しか来ていない一軒の喫茶店。実は今ここで、わずか2年に渡る『EU』の権力闘争を左右する、ある重要な『密会』が行われようとしていた。

「今日はこのような重大な密会を設けていただき、感謝いたしますロートリンゲル様」

律儀な語り口で『密会』する相手に感謝の言葉を述べ、礼儀正しく座る一人の10代前半の少女。その容姿は光輝く短い銀髪で、年に似合わず大人びた顔立ちをしている。そして夏服でわずかに露出した手足から見られる色白な素肌、そのこともあって肉体的には、まるで汚れを知らない健全な体つきをしていた。

「いえいえ、自分はフランツで構いませんよホリー様―――」

ミセリコルディア教団の幼き教皇・ホリー=シュミットに対して、向かい側に座り、少し控えめな口調で話すある有力な人物・フランツ=ロートリンゲル。
彼の容姿は少し丸みのある骨格によって、優しい印象を感じさせてはいるが、眼差しだけは勇猛で鋭いものを備えていた。そして体つきの方は夏服を着こなしていることによって、少しヤセ型の筋肉質であることがわかる。

「―――このような小心者である自分の招待を受けてくださるだけでも、感謝に絶えないところなのですから」

少女の密会相手であるフランツは、相手がまだ子供である為か、少し茶化したような言い方で、今の堅苦しい場の空気を和ませようとする。

「まあ、フフ……ご謙遜を―――」

一方でそのセリフを聞いたホリーは口元に手を添え、くすぐられた感覚で微笑を浮かべ返答する。

「―――あなたはもっとお父様に似て、とてもプライドが高いお人かと思っていました」

「いいえ、自分は父と比べると大きな差がありすぎます。受け継いだ部分は特に少ない方なんです。はっきり言えば自分は母似だと思っています」

ホリーがフランツの父親について指摘すると、彼は苦笑を浮かべながら、自分の力量は家長と比べて劣っていることを告げる。

「そうおっしゃいますが、フランツ様は『トライナイツ(三大騎士団)』の中でも唯一の武闘派である、『ハプスブルク騎士団』の副長を務めているのですから。そう度々謙遜せずとも、あなたがとても立派な責務を果たしていることには、変わりないと私は思います」

ホリーはフランツと視線に合わせながら、真っ当な誉め言葉を口にする。

(なんと疑惑すら感じさせない、潔白な言葉を放つお方だろうか……)

だが普通の誉め方と比べて、それは決して相手にこびるような印象は全く感じられなかった。ゆえにフランツは改めて、ホリーがとても純粋な心の持ち主だということを悟った。

「あ……いや、そう言ってくださると助かります―――」

それにより『ハプスブルク騎士団』という、強力な戦闘部隊を裏から支えているフランツは、片手を後頭部に回し、先ほど口にした自分のセリフに照れた様子でホリーに返答をする。
ちなみに今のEUの内戦状態では『ハプスブルク騎士団』は、『フランク騎士団』と同じく一切関わりを持たない中立の立場をとっている。

「―――先ほどホリー様がおっしゃったように、今日この密会(会談)を設けたのは、自分自身の『真の責務』を真っ当する為に始めたことなのです」

『真の責務』。その言葉を口にしたことにより、フランツは死を覚悟したような表情に切り替わる。

「フランツ様の持つ……『真の責務』ですか?」

一方でホリーは、そのフランツ切り替えた表情を目にしたことで、今日この密会に出される課題はとても重要なものだと悟らせる。ちなみ密会の参加者であるホリーは、その課題については当日まで知らされずにいた。

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