小説『ラグナロクゼロ(シーズン1〜2)』
作者:デニス()

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同年7月5日。辻堂。広い敷地の廃ビル。深夜。

「―――アベルさん、あなたは一体何者なんですか!」

「………」

突然目の前で悪魔を倒したアベルに対し、真堂はいきどおった様子で彼に正体を迫る。数時間前、友人の家で姉・智美が多大な迷惑を掛けたという報せをきっかけに、辻堂に来た真堂。だがその道中で、夜道を歩いているアベルを偶然見つけ、無意識に尾行した結果、今に至るのである。

「俺は……」

「今倒したの『悪魔』……ですよね? しかも弱い奴の―――」

いきどおりを解いた真堂は、倒された悪魔のことをアベルに問う。

「知ってるのか、あれを!」

「………」

当然のように質問を質問で返したアベル。一方でそうなることを予期していた真堂は黙って頷く。

「どうしておまえが……?」

かなり以外に感じたのかアベルは驚きながら冷や汗を数滴たらし、真堂に次のように問う。

「実は……――」

去年、自ら悪魔と遭遇し戦った事をアベルに説明した真堂。

「そうか……奴らは片瀬にも潜んでいたのか……」

他の人間と同じく、当然それはアベルにも受け入れ難いと思えた真堂だが、なにか事情を知っいるアベルは、少し考え込んだ後すぐにその事実を受け入れた。

「やっぱりなにか知ってるんですね! 教えてくださいアベルさん、一体なにをやっているんですか」

欲しかった確信がようやく手にはいったことで、真堂はアベルの行動の真意を問う。

「ダメだ……、これ以上おまえを巻き込ませることはできない……」

視線を反らしながら、なにかとんでもない事に首を突っ込んでいる様子で、アベルは行き詰まった口調で返答する。

「そんな綺麗事みたいなセリフを言ったってムダですよ。俺はもうとっくに、巻き込まれているようなもんなんですから……!」

一方で説教じみた口調で真堂はアベルに対して迫りに迫る。

「………」

「アベルさん!」

「……わかったよ。ただし、なにがあっても俺は一切責任は取れないぞ」

「かまいません」

さっきから心の中に胸騒ぎを感じながらも、覚悟を決めた真堂は今アベルが言うことに耳を傾ける。

「この前、県内での自殺者が急増したことは知ってるな?」

「はい、うちの学校とかでも有名な話でした。なんせ、いきなり生徒や……友達も亡くなったんで……」

「それは……気の毒だったな。まさかおまえらの所にも『被害』が及んでいたとは……」

以前の出来事を話ながら空気が重くなる中で、アベルが謎かけのような言葉を口走る。

「ひがい……? あれはただの自殺なんじゃ?」

「―――世間一般ではな。李玖、おまえもおかしいとは思はないか? 偶然町に自殺者が増えたり、偶然その話題の中で身近な人間が死んだって、おまけに今度はこの妙な失踪騒ぎだ。実際、違和感がありすぎるとは思わなかったのか?」

「それは……」

事件の概要を語るなかでアベルにその正論が、まるで一本の剣の切っ先を突き付けられように、真堂は反論もできずにいた。

「自殺の次は失踪。実際この二つの出来事は、ある強力な悪魔によって故意に起こされたことなんだ」

「悪魔……が……! そんなのが神奈川に……、というかなんでそんなに現状に詳しいんですか?」

「それは……今から説明している暇はない。俺はな李玖、このビルに居座っている『悪魔の親玉』を退治しに来たんだ。そう易々と時間を潰しているわけにもいかねえんだ―――」

真堂は詳しい理由をたずねたが、その『親玉』を倒すのがまるで自らの使命かのように、アベルは次の行動に移ろうとする。

「―――だから、お前はもう帰れ、ここからは俺の問題だ」

「ずいぶん余裕ですけど、そんな『木の杭』で大丈夫なんですか? ドラキュラ退治じゃあるまいし……」

「あのなあ、さっきの見てまだ気づかないか? これは『鎮守の森』っていう、神の恩寵を受けてある……、つまりは聖なる加護を受けてある木々から作った、俺のお手製の『対悪魔用』の武器なんだ。無闇に突っ込むほど俺はそんなにオツムは弱かねえよ」

「そうなん……ですか……」

一応ちゃんとした策があっての親玉退治らしいが、アベルの説明を聞いた後の真堂は、どこかしら嫌な予感を感じずにはいられなかった。今目の前にある廃ビルに入れば、なにか「とてつもないものが待っているのではないか」と、そんな予感がしていた。

「どうした?」

「いいえ……、アベルさんは一人で、あのアジトに乗り込むんですか?」

「なーに、すぐにでもかたづけるさ。ともかくお前はすぐにここから離れろ。あとは俺がなんとかすっからよ」

「でも……」

アベルは安心させようと大した余裕を見せるが、逆にそれが真堂の不安をあおらせた。

「李玖……頼むよ……」

だがその矢先、アベルは急に態度や口調が穏やかになった。うまく懐柔させようとする策のように思われるが、実際はそうではなかった。これはあくまで真堂に対しての心からの頼みで、なんのやましいものは一切含まれていない。少なくとも真堂はそう思った。

「はい……」

「悪いな。これが済んだら後で事情の方話すからよ」

「アベルさん……」

説得が済ませたところでアベルは廃ビルに向かう。だがそこで真堂が見た彼の背中は、まるで亡くなった兄の暖かみを含んだように感じさせる、そんな後ろ姿に似ていた。
そのことで真堂は妙な不安を感じながら、敵地えと乗り込むアベルの背中をただ見送ることしかなかった。

だがここ辻堂で、アベルのこの行動はただ一人だけではなく、もう二人、彼と同じ目的で廃ビルに向かう者達がいた。

それはある強者と素人を合わせた二人組であった―――

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