小説『ラグナロクゼロ(シーズン1〜2)』
作者:デニス()

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同時刻。廃ビルの後方の敷地内。

「ま……、マクベス神父。本当に『総本山』の言う通り、このビルに『ハープメイ』がいるんですか?」

 「なにをヤブから棒になにをいっとるのですかミスタークラウス。あなたも下についている身なのですから、上の言うことを従わずしてどうします」

これから戦闘が始まるつつある為か、いささか緊張気味でマクベスに問うクラウスだが、ちょっとした説教で返答される。

東方遠征というハープメイ討伐任務を担う、新米・とベテランを入れた二人組のパラディン(聖騎士)。といっても二人は聖職者と騎士を合わせ持った職業故に、今の現状の姿は神父服の肩・肘(ひじ)・胸・腰・膝(ひざ)といった部位に、軽く厚い装甲を施していた。これにより悪魔との戦いにおいて、戦闘という神罰に準ずる聖職者、つまりはパラディンの正装なのである。
そして今は廃ビルの周辺を偵察しながら、二人は見張り役の眷族(ハープメイの手下)がいないかを調べていた。

「……それは、ごもっともな意見なんですが、あいにくこれが初の現場なんで、いささか緊張するしかできなくて……」

「うむ、いい感じですぞミスタークラウス。その調子でもっと緊張するのがいいでしょう」

「え……、どういうことですか?」

まだ現場慣れせずいまだに緊張していたクラウスに、そのことに対して専念するようにマクベスは命じる。

「よいですかなミスタークラウス。人間誰しも初めての体験をするときは、緊張しないことなどありえないのです。舞台に立つ役者が緊張しなければよい演技できないように、あなたもその調子で緊張しなければよき戦いはできず、多くの敵を討ち取れませんぞ」

緊張と同じく少し不安を抱いていた新米に対し、マクベスは存分に戦ってもらうため、励みになる言葉を伝える。

「はい……。精一杯やさせてもらいます!」

それにより少し青ざめていた表情に血の気が戻り、クラウスは並みの士気を保ちつつあった。

「うむ、その調子ですぞ新米聖騎士殿。ハッハッハッハッ」

一方でクラウスの様子にマクベスは彼の背中を数回叩きながら、相変わらずの小さく高笑いを見せた。

「それはそうとして、少し妙ですね。ビルの周囲に一人も見張りがいないなんて、これではあまりにも不用心すぎる」

偵察中に『下級悪魔』が全く見当たらないことに、不安の言葉をもらしたクラウス。

「確かに……ですが我輩が知る限り、ハープメイとはかなり用心深い契約者とはいえど、珍しく好戦的になる時がありましてな。伏兵を置いたりして我輩も多くの部下を失った経験があります……」

それに対し、切ない表情を浮かべながら過去の過(あやま)ちを脳裏によぎらせるマクベス。

それから5分後。

「とにかく伏兵(ふくへい)らしい悪魔はいませんね」

「ですな。相手は我らに籠城戦(ろうじょうせん)をしようと待ち構えておるのでしょう。はあ〜……、ちと面倒なことになりましたな……」

廃ビルの周囲の偵察を一通り終えた二人は、まるで地平線の向こうに輝く夕日を眺めるかのように、今いる広い敷地内にある三階建ての廃ビルを見つめる。
一方で常に余裕を見せていたはずのマクベスだが、珍しくため息を吐いていた。
それにより、長年に渡り契約者と戦ってきたマクベスのこのため息は、難しい戦いを予想した報せでもあった。
実はハープメイの所在がつかめた当日。二人は敵地に乗り込むことに備え、少ない戦力を埋めようと効率よく相手を殲滅(せんめつ)する為、事前に作戦を建てていた。
内容は主に隠密行動によって相手の戦力を徐々に削ること。つまりは広い敷地内に散らばっている見張り役の眷族(ザコ)を、隠れながら一人ずつ全員倒した後に、親玉であるハープメイを一気に討つという作戦だった。
だがハープメイが眷族共々廃ビルに立て籠ったことで、話は別だった。
本来は戦力が散らばっているのが一番の狙いどころのはずが、その矢先に偶然戦力を一点に集結する『籠城』をしていたのである。そのことで、マクベスが珍しくため息を吐いていたのは、実際こう言った戦況の変化もあり無理はなかった。

「相手は先手でも取ったつもりなんでしょうか?」

「いいえ、どちらかと言えばハープメイは退屈しのぎに、パーティーかなにかをやっているのは間違いないでしょうな……」

そうとわかればクラウスは自分なりの推測をたててマクベス問うが、かなり的外れな返答をされる。

「パーティー……ですか?」

「ミスタークラウス、あなたは初めての現場だから知らないのでしょうね。隠語として契約者とはよく言いますが、その実体は聖書や都市伝説に出てくる正真正銘の『悪魔』に過ぎません。ゆえに彼らは文字通り、いかなる蛮行を人に与えたようとも、常に悪徳として遵守(じゅんしゅ)し、同時にそれを快楽として喜びや幸福を感じ続けることまさに悪魔……。我輩達はそんな『愚か者ども』と戦っているのですよ」

「さすがに長くやっていることもあって、詳しいですね……」

「今年で齢(よわい)70を迎えますが、我輩はそんな者達を幾つも見てきたのであります」

戦闘前にパラディンが現場で身に付けなければならない基礎知識を説き、同時に自ら還暦を過ぎていることを告げるマクベス。一方でその語り口にクラウスは改めて経験のさを痛く感じた。が―――

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