「しょうりゅうけん?」
「そっ、俺おすすめの中華料理屋。といっても休みの日に一回来ただけなんだけど、それでも味は保証するぜ」
真堂と神崎の目の前に立ちはだかっている屋台に、将龍軒と書かれた看板を見て真堂は本格的な気配を感じたのか、少し緊張しながら店に入った。
ガラガラ
「らっしゃい!」
店の戸を開けた直後に店の亭主の元気な声が聞こえてきた。
「お、昨日の兄ちゃんか。今度は友達連れかい」
亭主の顔はまるで岩石のような、文字通りとても固いイメージをしていたが、実際の中身はとても親しみ安くユーモア溢れる人間である。
「源さん今日は二人で」
亭主の名は杉山源六。一軒の中華料理屋を営んでいる店の亭主である。
「二人ね。よし! そこの席に座りな」
真堂と神崎は亭主が二人用の席に着くのを薦められ、言うままに座った。
「どうよこの店」
「ちょっと古びているけど、馴染み安そうなところだね」
この店をどう評価するかを問われ、真堂が店について過大評価し、そのことで神崎はまるで自分のことのように思わず笑みがこぼれた。
5分後
「へいっ、十枚付きチャーシューメンと餃子とチャーハンおまち!」
「さっ、めしあがれ」
「いただきます」
注文した料理が着き真堂は箸を進め、神崎はなにも頼まず、ただ食べているのを見ているだけだった。
「それでさあ」
「ん?」
「911の件なんだけど」
真堂はガタンッという音を発てて、さっきまで進めていた箸を止めた。
「か……帰る」
「―――おいおい、おごらしといて帰るのはないだろう!」
真堂は店を出ようと神崎を横切った瞬間、神崎は真堂の片手を掴み、引き止めようとした。
「だって、その事で獅郎に殴られたでしょうが!」
「今はその獅郎くんもいない、だからこうやって話しているんじゃないか」
「っ……! そうか、その為の食事!」
「気付くの遅いな!」
今頃になって神崎の企みを知った真堂は、すぐさま帰ろうとするが、神崎に片手を掴ませられている為にあまり身動きができず、店から出ることはできなかった。
「くっ……」
「まあ座れって、金曜日みたいにストレート質問はしないから、なっ」
「そうするなら……良いけど……」
「食いながらでもいいからさ」
「うん……」
神崎の出した条件をのみ、席に戻どった後に再び箸を進めた真堂。
「それじゃ、聞かせてもらおうか911のこと」
「う……うん」
さすがに高い料理ごちそうされておいて、自分がなにも出さないというのは後味が悪いと感じた真堂は、しょうがなく911の事ついて全て話しだした。父が倒壊したビルに巻き込まれて亡くなり、そのせいで母親が精神的を侵されたこと、当たり前のように見てた空をしばらく見られなくなったことも―――話しが終わったと同時に料理も食べ終わり(デザート以外)、神崎は先に勘定を済ませた後、再び席に戻った。
「そんなことがあったのか……」
「あの事件あって以来、俺の人生が大きく変わったよ……」
「そうか、まあ当然辛かったんだろうな……」
911の話を済ませたことで、だんだん落ち込んできた真堂を見て神崎は(まずい、少しやり過ぎたか……)と、心の中で呟きながら限度を考えずに話させたことに、今頃になって間違いに気付き、なんて声をかけていいのか分からず、とりあえず適当なことを言って慰めの言葉を考える為の時間を稼ごうとする。
「……なあ」
「んん……ん?」
慰めの言葉を言う前に先に口を開いたことで、神崎は完全にタイミングを外した。
「こんなこと聞いて、おまえになんの特があるっていうんだ?」
「特……? そんなもんないよ。なんて言うのかな、中々出会わないからさ『テロの被害者』なんてさ。特に911の被害者はね。君だって知っているだろ、911の陰謀説ぐらい」
「!」
神崎が持ち出してきた話しに、真堂はできれば聞く耳を持ちたくなかった。なぜなら、この前にも同じような事を聞かれたので、そんな話しをしても真堂にとっては不快差が増すだけでしかなかった。
「こんな話し持ち出しても君にとってはしょうがないことだけど……、ちょっとした好奇心―――人間観察ってやつだよ」
「………」
(そんな顔するなよ。まるで俺が悪者みてえじゃねぇか……)
「………」
「うう……」
適当にぶっちゃけたのも束の間、よけいに真堂を落ち込ませてしまった神崎は、今座ってる場の空気の重さに思わず唸り声を漏らした。
「ちょっと、兄ちゃんよ、なにがあったかは知らねえんだがよ。これでも食べて元気だせや」
そんな時、源六が二人の間に入ってきて、お手製の真堂が注文した一つの杏仁豆腐を二人に渡した。
「あれ? 俺……頼んでないけど……」
なにも注文せず真堂の分しか頼んでいないはずなのに、杏仁豆腐を渡された神崎は源六にそのことについて問う。
「そっちの兄ちゃんも浮かねえ顔してるから、俺の杏仁豆腐で元気だしな、つけとくからよ」
源六は優しく穏やかな声で真堂達に接して、杏仁豆腐をごちそうする姿はまるで仏のようだった。
「ああ……どうも」
神崎は以外に思いながらも素直にその気持ちを受け取り、源六お手製の杏仁豆腐を食べた後、二人は店を出るのであった。