小説『ラグナロクゼロ(シーズン1〜2)』
作者:デニス()

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6月7日。月曜日。鎌倉。矢島組総本山(組長・矢島哲斎の自宅)。客間。

昨日、真堂が昏睡から目覚める前、ある組織から派遣された二人のエージェント・ディオラウス=マーロウとその従者アシュレイ。今の関東の島(暗黒街)を仕切っているヤクザ・矢島組組長・矢島哲斎(てっさい)と黒いスーツを着こなした八人の部下に囲まれながら、ある会談をしていた。

「この会談の為に遠いところまでのご足労、恐れりますミス・マーロウ。こんな状況でいささか堅苦しいことをお許しください」

見た目は肌の色が濃く中身は老人そのものだが、それとは別に中年のような外見をしている矢島哲斎。下手にでた口調で、さりげなくディオラウスに茶菓子のハトサブレをすすめる。

「いえいえとんでもない、どこの馬の骨かも分からない者達を入れているのです。許さない以前に、もはやその用心深さには感心を抱いた次第であります。それにしても、お噂はかねがね聞いていますよ。組長」

 「ハッハッハ、いやはやそう言ってくださるとは、思いませんでしたな。なにとぞご無礼を承知で、お手柔らかにしていただきたい。して……その噂とは?」

哲斎と同じく下手にでたディオラウス。ハトサブレを食べやすい形に砕いてから、他愛もない話しを持ち掛けた。

「そうですね。たしか『太平洋戦争(第二次世界大戦)』終戦直前に特攻隊として所属していたとか―――」

他愛もない話しというより、哲斎の生い立ちについて話し出したディオラウス。これでも彼女は社交性にはたけている方だが、この時だけは少し挑発的な探りを入れる。

「特攻隊と言いましても、出撃する直後に終戦してしまって、お国の為になんにもできませんでしたが……」

「その軍人としての経験を見込まれ、任侠の世界に入らされて、用心棒から懐刀の次に自らの『組』を持つようになったんじゃないですか」

ディオラウスはなにげないフォローを入れたつもりだが、相手がかぶる仮面の下の素顔を見たいが為の好奇心なのか、挑発的な態度なのにはまだ変わりない。その一方で後ろにいるアシュレイは、自分が場違いな所にいるような感覚を感じながらも、こっそりディオラウスが食べていたハトサブレを少しつまんでいた。

「ほう……? どうやらあなた方の組織の情報網を甘く見てたようだ。老いたせいで油断してしまったかな、ハッハッハ!」

「いいえ、そんなたいそうな物でもありませんよ」

謙虚に答えるディオラウス。

「その白い肌と髪……、あなた方二人は、冷戦時代の遺物のように見えますが」

哲斎は二人の特徴的とも言える部分を見て、詮索する態度でディオラウスに迫る。

「誰から聞いたんです……?」

ハトサブレを口に運ぼうとしたが、哲斎の発言に手を止めたディオラウス。わずかに動揺を隠す為に笑みを浮かべ、彼女はあまり知るはずのない情報をどこで手に入れたのかをたずねた。

「あなた方二人の所属している組織に、かなり興味がありましてね。どうですか? うちの組を組織に取り入れてくれるのは、今日だってその為にわざわざここまで来ていらっしゃったのでしょ?」

「ん? そうなのアシュレイ」

後ろに居るアシュレイに矢島組総本山にきた理由を再び聞いた。

「はい、ディオ様。こうでもしないと会談には応じてくれないと言うので……」

アシュレイはこういった言い訳染みた言い方は好まず、その心の内はとても気分が悪い状態でもあったので、台詞の最後に黙り込んだ。

「へー、『条件付きの会談』ってそういうことだったんだ」

なぜかアシュレイの前では無礼講なディオラウスは、知らずに客間にだけ張り詰めた空気が漂う。

「もちろん組織の入っている他の下部組織と違って、それ以上の働きをさせてもらいますぞ」

「組織の『上部組織』になる自信があると?」

「もちろんでございます。そう悪い話じゃないでしょう」

「……ハァー……」

自信満々に答える哲斎。ただおこがましいように聞こえたのか、ディオラウスは呆れたような表情で、思わずため息を吐く。

「何かご不満でも?」

「いや、誤解されちゃ困りますね」

「?」

ディオラウス自身はなにか不服でもあるのか、哲斎が訪ねたところ、彼女はまるで『別の目的』があるかのような振る舞いで返答した。

「確かに、あなた達のような強い力を持った組織は、私達組織も大歓迎です」

「でしたら―――」

「ですが、我々組織はある脅威を抱えているのです」

「きょうい?」

「それは、昔ある男は『自由主義』を抱いたのを理由に、我々の組織に不利になる情報を持ったまま強引に脱退しました。そして男は自ら独自の組織を構成しただけではなく、現在もその組織は力を増強し続け、今にも我々に歯向かおうとしているのです!」

「つ、つまり……『裏切り者』を探していると……」

妙に演説染みた言い方でディオラウスは台詞の最後、目の前にあるテーブルを叩き付けながら、自分の所属している組織の抱えている脅威と障害を説明して、一時的に縮こまった哲斎はほんの少し声が震えていた。

「そうです。あなた達が匿っているその『裏切り者』を渡して貰う為に、私達はこの会談に来たんですから」

「なんと!」

ディオラウスは立ち上がり本当の用件を告げた。内心は謙虚に振る舞う事に持続できなくなった、つまりは面倒くさくなって早めに処理しようと、子供じみた行為をする。

「それは……なにかの間違った情報をでは?」

「いいえ、ちゃんと信頼できる『筋』から手に入れた情報です」

自信満々に言うディオラウスに哲斎は目を細めて、下手にでてた様子とは違いなにやら更に異様な空気を漂よわせていた。

「……その信頼できる『筋』とは……あれのことかな?」

「ん?」

「おい―――」

「はっ×2」

哲斎が片手を上げただけで、黒いスーツを着た八人の部下うち二人が客間から出ていき、しばらく起つと―――

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