夕方、放課後。
下校時刻。一人で帰る仕度をする真堂。教室の窓の向こうに広がるグラウンド場から、陸上部の活動が見える。
「部活か……俺も入ろうかな……」
この時間だと普通の中学生は部活に行っているが、真堂の場合は帰宅部である。
「石川さんに……明日お礼しないとなあ……」
夕陽に照らされた教室に一人帰り仕度をしながら、真堂は石川に何の恩返しをするのかを考える。
「それにしても……この状況。夕陽に照らされる教室。放課後で一人帰る仕度をしている俺……ちょっと青春感じちゃ―――」
今の状況を独りで真堂は語りだした瞬間―――スパーン! と、勢いよく教室の戸を開ける音に真堂は、台詞を言う途中で思わず絶句してしまった。
「―――う……な? 」
「はあぁ〜、こんちきしょ〜」
鬱憤(うっぷん)混じりの吐息を漏らし、教室に入って来たのは緑色のジャージを着た女性。少しキツメな着衣な為に、知らずに豊満な胸が強調され、その上しなやかで優美な顔立ちと曲線をしていた。
そんな独特の美しさを持ちながらも、どこか男勝りな印象をしているのは、真堂の担任の教師で陸上部の顧問である杉山薫であった。
「うわっ! か、薫先生?」
「下の名前で呼ぶな〜」
教室の戸を開けた程度で全ての体力を使ったように、大きくため息を吐きながら体の周りに負のオーラを漂わせる。あまりの杉山の落ち込みように驚いた真堂。どうやら彼女は下の名前で呼ばれるのが嫌うらしい。
「うぅ……ゲホッ! ゲホッ!」
疲労で咳き込むと同じく機嫌が悪い杉山は、机の上に座り小さなため息を吐いた。
「一体どうしたっていうんですか?」
「ん? いや……そのなんだ……ちょっとした寝不足だ、寝不足……ゲフッ!」
首を傾げながら睡眠不足だと杉山は答えるが、真堂はその言葉に少し違和感を覚えた。
「そうですか? なんか咳き込んでいますけど……具合でも悪いんじゃないですか?」
重く咳き込んだところを見ると、あまり体調が優れない事を悟る真堂。見た目からして今にも倒れそうな杉山に、確認を取ろうとするが―――
「あぁ……そんな事より真堂、なんでおまえだけ帰ってないんだ。確か部活は入ってなかったよな?」
「いやあ……まだなに部に入るのか迷ってまして」
余計なお節介を焼かれたくなかった為、プライドが高い杉山は真堂の気遣いを拒否した。
「そうか……真堂―――」
「はい?」
真剣な眼差しで杉山は腕を組み、真堂を見つめながら次のように述べた。
「―――おまえ人の心配よりも自分の心配したらどうだ」
「え? 俺……なんかしましたっけ?」
「そうじゃない。ただ……おまえが三年前のあの事件の被害者って聞いたからよ……」
杉山の質問に真堂は驚きを隠せ無かった。なぜなら彼は小学校を卒業して以来、中学に入ってから自分がある事情で911の被害者だと、誰にも知られないようにしてきたからであったからだ。
「なんで……その事を……!」
「いや……、おまえが通ってた小学校に友人が居て、そいつにちょっとおまえの事を聞いてな……」
「………」
911の事を知られたことで真堂は視線を下に向け、口を堅く閉ざした。そしてそのまま黙って杉山の話しを聞く。