現在。6月9日。水曜日。廃工場跡地。
「名無しさん!」
「ぬおおぉらああぁー!」
「!」
心臓を大剣に一突きにされて、死んだと思われた名無しだったが、急に息を吹き返した。そしてまるで素に戻ったかのような勢いで、刺した大剣を持った黒いスーツの少年の頬を殴り着けた。
「な、名無しさん……」
「真堂……あの男は一体何者なんだ……」
真堂と矢島の二人は名無しの信じられない姿を見て、目をガン開きしながら驚いていた。
「ハァ……ハァ……テンメェ……」
「くっ、こんのぉ!」
ヒュンッ
黒いスーツの少年は少し体制を崩した状態で、大剣に手をかざして宙に浮かせ、そのまま名無しの眉間に向けて飛ばしたが―――
「むんっ!」
見事な『真剣白羽取り』で、大剣の先端を両手で抑え、黒いスーツの少年の攻撃を防いだ。
「なに!」
「効くかよそんなもん!」
そう言いながら名無しは、立ち上がりかけていた黒いスーツの少年の顎に目掛けて殴り付けるアッパーを繰り出す。
その勢いを黒いスーツの少年の後方に飛ばした。
「ウゴッ!」
名無しの拳をくらい、数秒だけ意識が朦朧(もうろう)としていたが、すぐに対応するかのように目の色を変え、口に垂れた血を手で拭った。
「どうやら、本気を出さないといけないようですね……」
「こいや!」
「あ……ああ……」
この二人は完全に喧嘩腰になっていることを知った真堂は、止める術もなく二人の決着を見届けるしかなかない。そんな時だった。
プルルルップルルルッ
「ん?」
「え?」
突然黒いスーツの少年のポケットから携帯電話が鳴り出した。名無し達の緊迫した状態は解かれ、黒いスーツの少年は携帯に出ると―――
ピッ
「……もしもし―――」
『アシュレイどこで道草を食っているんだよ〜。僕もうお腹空いたよ〜』
急に電話をしてきた主は女性の声音(こわね)だった。
「ディオ様……。それはホテルのルームサービスに頼ればよろしいのでは?」
『やだやだ! 僕アシュレイの手作りが食べた〜い』
年に似合わずワガママを言うディオラウス=マーロウ。
「ですが―――」
『それに……、いつもの『デザート』……欲しくなったんだ』
「うっ……!」
アシュレイはその『デザート』という単語を聞いて両頬が紅潮した。
『アシュレイ?』
「……分かりました」
『やったー!』
冷静な声で返事をした後にアシュレイは電話を切り、次のように答える。
「おい……」
「命拾いしましたね。そろそろ私はこのぐらいでおいとまさせてもらいます」
「おいちょっと待て!」
名無しの決着を後にし、ディオラウスの命令によりアシュレイはその場から立ち去った。
「くそっ!」
決着がつかなかったことに腹を立てた名無しは、そこらへんにある缶を蹴り飛ばした。
「な、名無しさん……」
「は……!」
戦いに夢中で真堂達のことを忘れていた名無しは、すぐに素の状態で言い訳を考え始めた。
「もしかして記憶戻った……?」
「……ちょっとは」
二人はお互い少し気まずい状況を作り出し、なんて声をかけていいのか分からずに数秒の沈黙が生まれた。
「いやだから誰だって」
名無しの詳細について要求する矢島に対して真堂は―――
「居候です―――」
「もうちっと詳しく言えや」
「実は……」
矢島に名無しについてカクカクシカジカと、真堂は出会いと今に至るまでを話した。
「なるほどあの教会がねぇ……、おまえがそんな悪だとは思わなかったぜ……」
「あれは事故で……明らかに不可抗力だから!」
当たり前のように誤解され安い真堂は、矢島に必死に言い訳する。
「まあ、それにしても助かったぜ、ありがとな」
「え……? ああ、どういたしまして……」
矢島の明らかに偉そうな発言に、名無しはちょっとした矛盾を感じながら返事をした。
「それはいいけど、これからどうする」
「そうだな……、とりあえず清美に謙吾の件を大体処理してもらうは」
「そ、そう……」
この出来事の処理を矢島に任せ、後に一つの危機を脱した三人はそのまま解散し、それぞれの帰る場所えと向かうのであった。