〜一章〜
日寄子が学園長室に呼ばれたその日のうちに予備学科の寮への引越しは完了し、次の日にはさっそく予備学科クラスに編入された。
転校生のように黒板の前に立ち自己紹介をする。
普通の人間ならそれなりに緊張をする場面であるがもちろん日寄子は普通の人間ではない。
幼い頃から日本舞踊家として舞台に立っていた日寄子にとってはこの程度のことは緊張に値することではなかった。
「私は西園寺日寄子って言うんだー。みんなよろしくねー」
無難な挨拶をこなしながら日寄子はクラスの人間を見渡し、観察する。
(どいつもこいつも冴えない顔しちゃって……)
つい昨日まで本科にいたからこそ分かる。
ここにいる生徒からははっきりと感じ取れるものはなにもなかった。
さながらデッサン人形のようで、特に形容すべきところがない凡人達の集まりであると日寄子は察した。
しかし、彼らから何も感じないわけではなかった。
日寄子を見つめるその目には強い念が込められていた。
憧れという皮を被った深い嫉妬心を。
そんな黒い感情がこもった視線を、日寄子は貼り付けたような笑顔を保ちながら、平然と受け止めた。
このような目で見られることは日寄子にとっては幼い頃からの日常であり、慣れを通り越して自分に課せられた義務であるとさえ思っていた。
「えー、じゃあ西園寺さんはあの空いている席に座ってね。皆さん、西園寺さんと仲良くしてくださいね」
教師のテンプレートな言葉に頷き、日寄子は自分の席へ向かった。
その道すがらも次々と降りかかってくる黒い視線。
こんな醜い視線投げかけてくるこいつらが私と仲良くするわけないでしょ? もちろん、こんな低俗な凡人共を友達にするなんて私から願い下げだけどね。
そんないつもの悪態を心でつきながら日寄子は着席した。
こうして日寄子は希望ヶ峰学園本科2年という輝かしい地位から、希望ヶ峰学園予備学科2年という通常の私立高校となんら変わらないところまで落ちてしまった。
そう、落ちた。日寄子にとってこの事態は山の頂上から底が見えない谷の中に突き落とされることと同義であった。