小説『Forbidden fruits ―禁断の果実―』
作者:ゴニョゴニョ()

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 女性の声が聞こえた途端、ヴィヴィは左側に位置する匠海の部屋へと続く大きな扉を振り返った。先程は気付かなかったが、二センチ程開いていたらしい。

 白石で造られたマントルピースの上の時計を見ると、もうすぐ昼の一時を回ろうとしていた。 

(あれ? お兄ちゃん大学は――? っていうか……誰さっ! お兄ちゃんがガールフレンドを家に連れてくるなんて、今までなかったのにっ!!)

 ヴィヴィは自分が熱を出していることなどすっかり忘れ、まだ声しか知らない兄のガールフレンドに焼きもちを焼く。直ぐにでも匠海達の間に割り込み「私のお兄ちゃん取らないで!」と妹として正当な主張――ただの我儘――をしようとしたが、扉に伸ばした自分の腕を見てはたと我に返った。

(ナイトウェアだった……ぐすん)

 ヴィヴィは世間知らずだが、淑女として厳しくそして大切に育てられた『箱入り娘』だった。さすがに夜着で人様の前に出るというはしたないことは出来ないと思いとどまる。

 せめてどんな女性なのか確認してやろうと、扉の隙間からそっと中を覗き込んだ。

 細長い視界の先に、匠海のリビングに備え付けの革張りのソファーに座る二人がいた。もちろんその女性にヴィヴィは見覚えはない。

 日本女性特有のシュッとした涼しげな顔立ちだが唇は少し厚く、ぽってりとして肉感的だ。品が悪くならない程度に明るく染められた髪は、綺麗に巻かれて肩の上に乗っている。そしてその下の胸は豊満だった。

 六人は座れるL字型のソファーに大人っぽく脚を組んで座った女性に、隣に座っていた匠海が長い腕を伸ばして触れる。綺麗な髪から顎のラインを伝い、首元で止まる。彼女の顎下に指を添えると、そっと上に持ち上げてお互いの瞳を見つめあう。

「ふふ……」

 女性がふと笑みを零した。

「どうしました?」

 匠海が敬語で返す。そう言えば女性は纏っている雰囲気や服装から、匠海よりは年上に見えた。

「ええ。私、匠海って長男だしあんまり他人に甘えたりしないのかと思ってたの。大学生とは思えないくらい大人だし。けれどこんなに――」

「こんなに?」

「ふふ、くっつき虫だったなんて」

 そんな風に揶揄された匠海は片眉を上げて少し困ったような表情をしたが、その指先は女性の下唇を執拗にたどっていた。

「失望させましたか?」

「いいえ、そんな匠海も可愛くて好きよ。でもそういう姿だけは私以外には見せないでね――」

 女性の少し引っかかるような言い方に、匠海は肩を竦めて見せる。

「俺には麻美さんだけですよ」

「また――。知ってるのよ、貴方が結構遊んでるってことは」

 麻美と呼ばれた女性は、悪戯っぽく匠海を睨んだ。

「困りましたね。でも――」

「でも?」

「麻美さんが俺にだけイイ顔見せてくれるなら、考えますよ」

「バカ……」

 そう言うと匠海はソファーに麻美を押し倒し、ヴィヴィが今まで見たことのない獲物を捕らえた肉食獣のような餓えた瞳を麻美に向ける。見つめられた麻美は「ここじゃダメ」と匠海の広い胸を下から押し返す。

「大丈夫です。弟達はまだ学校だし、誰もこの部屋には通さないように言ってあります」

「で、でも、こんな明るいうちから――」

「そんなこと言いながら――ほら、ここはもう準備万端なのでは――?」

 匠海はくつりと嗤うと、麻美のミニスカートの裾から手を忍ばせた。その指が太ももを触りながらどんどんと奥に入って行き、足の付け根のあたりで止まる。

(な………っ!? お、お兄ちゃんったらどこ触って……?)

 どくりと心臓が鳴る。なぜか目を逸らせなくて一部始終を見ていたヴィヴィが、驚嘆する。

「んっ!!」

 女性が呻いたのを聞き、ヴィヴィはもしかしてそんな所を触られて痛いのではと少し心配になりちょっとだけ身を乗り出した。

「いつからこんなに濡らしてたんです? そんなに俺のこと欲しかった?」

 匠海が手を動かすと、その言葉通りクチュリという水音がする。

(え? なんでそんなところが濡れるの?)

「あっん! だ、だって、匠海……休みが合わなくて中々会えなかったし」

「凄いですね……どこもまだ触ってないのに、潤みきって俺の指どんどん入っていきますよ」

(え? え? 何をしているの――?)

「あ! やぁ……だめっ……っ!!」

 麻美は匠海のシャツをぎゅうと握りしめ苦しさに耐えている様だが、匠海は胎内に埋めた指をどんどんと早めていく。

「あっ ……やぁ……あぁん、だ、ダメ……」

 ルージュがきれいに引かれた麻美の唇から甘い喘ぎ声が漏れる。その声はまるで匠海によって奏でられているようだ。指の速度に合わせて紡ぎだされていく。

「あぁ、やだ、指でなんて……。匠海のちょうだい」

(頂戴って……お兄ちゃんの……何を?)

 動悸の激しくなった薄い胸を押さえながら疑問に思ったヴィヴィの前で、匠海がベルトを緩める。その時点でヴィヴィはやっと気づいた。

 BSTで教わった性教育の「子供を作る男性器と女性器」。あの時は友達と雑談していてあまり真面目に聞いていなかったが、今目の前で匠海が取り出したものを見て、ヴィヴィは目を丸くした。

 それは少し上を向いており、英国の血が入った肌の白い匠海のそこも同じような色をしていた。麻美は何を思ったのかソファーから降りると床に膝をつき、愛おしそうにそれに手を伸ばすとキスを落とす。

(――――っ!?)

 想像もしていなかった二人の行為に、ヴィヴィは驚嘆し、しかしその行為から瞳をそらせず食い入るように見入る。麻美は夢中になって匠海のそれを頬張ると、じゅぷじゅぷと音を立てて口淫を続ける。

「……つ あぁ……」

 茫然と麻美を見つめていたヴィヴィの耳に匠海の呻きが届く。ソファーの背に背中を預けた匠海は股の間で上下する麻美の頭を時折愛しそうに撫でながら、恍惚とした表情をしていた。その灰色の瞳は欲望に濡れ、形のいい唇が時折ふるりと震えて苦しそうにの喘ぎを零す。

(あんなお兄ちゃん、見たことない――)

 苦しそうにしているのにその姿がなぜか美しく見えたヴィヴィが兄に見蕩れていると、麻美が「匠海……」と甘えた声で兄を呼んだ。

「ああ、来てください」

 ゆっくりと立ち上がった麻美はヴィヴィに背を向ける格好で兄の正面に跨ると、匠海のそそり立ったものに腰を落とした。こちらからは麻美のスカートで隠れて二人が何をしようとしているのか見えなかったが「自分で入れて見せて下さい」と麻美に甘える匠海の声を聞き、とっさに理解した。

「あんっ……あ、あ、やぁ、入って……ああ!」

(入ったの? あんなに大きなものが――?)

 麻美の艶っぽい嬌声に、ヴィヴィがびくりと震える。心臓の鼓動の速さがピークを迎え、ヴィヴィはさらに熱が上がるのを感じた。部屋の空気が寒く感じるのに、何故か体の奥は熱くて熱くて堪らない。

「すごい、麻美さんの膣(なか)……」

 そう辛そうな声を上げた匠海はしばらく何かを我慢しているようだったが、やがて麻美の腰を掴んでゆっくりと上下させ始める。

「あっ あっ あっ!」

 注挿が繰り返されるたびに、麻美の喉の奥から声が漏れる。そしていつの間にか自分で腰を振るうようになっていた麻美の好きなようにさせ、匠海はまるで王者のように彼を貪る麻美を不敵な笑みを浮かべて見つめている。

 その目線は淫秘で、ヴィヴィにはとても爛(ただ)れて見えた。

(お兄ちゃん……?)

「あ、すご……あんっ やあ……あぁん」

「ここ、いいんですか?」

 麻美の腰を引き寄せてスカートを捲りあげた匠海の長い指が、麻美の白い尻に食い込む。そして最奥を穿つように腰を密着させると、小刻みに動き始めた。

「……っ!! はぁっ や、ダメ、ダメ駄目っ!!」

「奥、好きだよね、麻美さん」

 まるで苛めるように執拗に腰を擦り付けていた匠海に、麻美が切羽詰った悲鳴を上げる。

「やぁ、イっちゃう、イっちゃうよぉっ〜〜」

 今までの大人っぽい態度とは違い、やけに子供っぽい声を上げ麻美は悶える。

(いく――?)

 麻美の言葉に疑問を感じながらも、ヴィヴィの頭が徐々に痛みを訴えてきた。熱が上がり始めたのかもしれない。

 学校では性行為は男女は生殖器を繋げ合わせて精子の授受をして終わりだったのに、なにかその先があるらしい。

「イって下さい、麻美さん」

 余裕そうに麻美にそう命令した匠海は、麻美の膣内から己をずるずると引き出す。初めてヴィヴィの瞳が二人の結合部を捉えた。麻美の愛液でぬらぬらと厭らしく光る狂暴そうな匠海の欲望はまたぬぷぬぷと音を立てて麻美の中を擦りあげる。

「そこ、ダメっ だっ あぁああっ……っ!!」

 髪を振り乱しながら喘ぐ麻美を無視するように、匠海は下から腰を突き上げる。パチュパチュと艶めかしい音が幾度かした後、「イクイクイクっ……っ!!」と悲鳴を上げた麻美は急に仰け反るようにして、びくりと大きく震えた。

 匠海が「くっ」と苦しそうな声を上げ目を閉じ何かに耐える。その後がくがくと震えていた麻美は操っていた糸が切れたかのようにぐったりとし、匠海にもたれかかり動かなくなった。

(何……? 今のが『イク』ってことなの?)

 動くことも出来ず一部始終を見せられてしまったヴィヴィは混乱しながらも、そう悟った。

 そんな妹の目の前で匠海は少し乱暴にも見える動作で気を失った麻美をソファーに横たえると、急いでそのナカから自分を引出してその陰茎を二三度しごくと、先端から麻美の太ももの上に白濁の何かを吐き出した。

「っぁ……はぁ、はぁ……」

 瞼を閉じてうっとりとした匠海には、まるで滴り落ちるかのような色香があった。

(お……兄……ちゃん……)

 ヴィヴィはがんがんと痛みを訴える頭を抱えながら熱に浮かされたように心の中でそう呼びかけたが、やがてずるずると膝をつくと、その場に突っ伏すように倒れ、意識を失った。






 目を覚ますとヴィヴィはベッドの中にいた。

「……………」

 首元まで上掛けが掛けられ、寒さは少しはマシになっている。だが、やはり寒気がする。喉もひりひりと痛い。

 のどの渇きを覚えて上掛けを捲って上半身を起こそうとした時、すぐ隣で物音がした。

「ああ、気が付きましたか。どうしました?」

 傍にいたのは朝比奈だった。ヴィヴィはほっとして指でベッドサイドに置かれていた水差しを指す。

「喉が渇いたんですね? 待ってください」

 朝比奈はそう言って水を用意すると、ヴィヴィの上半身を支えて口に含ませた。ひんやりした水分が熱い喉
を通り気持ちいい。もっと飲みたかったが「お腹が冷えるからもう駄目です」と言われ諦めた。

 ベッドの中に横たえられ、ヴィヴィは「今、何時?」と掠れた声で問う。

「夜の十二時ですよ。もう半日程寝てられましたね。何かお腹に入れられますか? 高熱が出ているので解熱剤を飲ませたいのですが」

 大きな掌でヴィヴィの金髪が垂れたおでこに触れられる。冷たくて気持ちいい。食欲はなく、首を小さく振って意思表示する。それだけで激痛が走り、ヴィヴィは顔を顰(しか)めた。

「果物はどうですか? 桃と苺とメロンを擦ってお持ちしましょうか」

 それだったら喉を通るかもと、今度は大きく瞬きをして意思表示をした。朝比奈がふっと笑って準備をする為に席を立った。寝室の出口の辺りでぼそぼそと声が聞こえる。

(十二時だから、クリスが練習から帰ってきたのかな?)

 ぼんやりとそう考えていると、絨毯張りの寝室の床を擦るような足音が聞こえそれが近づいてくる。クリスに風邪をうつしたら大変と思いその音がするほうにゆっくり顔を向けると、入ってきたのは匠海だった。

「起きた? 大丈夫かヴィヴィ」

 囁くような小さな声で労わる様に掛けられた声に、ヴィヴィはぱちくりとする。匠海を目にした途端、頭がぼうとして返事を返したいのに何を言っていいのか分からない。

「さっきクリスが帰ってヴィヴィに会いたがってたけれど、うつったらまずいから部屋に入れないからね」

 ヴィヴィの傍に置かれたスツールに腰を下ろした匠海はそう言うと、妹を見て苦笑する。

「長湯して風邪ひいちゃったんだって? 困った子だ」

 自然に伸ばされた手はヴィヴィのまだ幼さが残る輪郭を指先で辿り、やがて大きな掌全体で頬を包まれる。その途端、ヴィヴィの背筋をゾクゾクと何かが通り抜けた。熱があるヴィヴィの体は匠海の手を冷たすぎると感じたのかもしれない。

「熱いね。しんどいだろう、可哀そうに……」

(しんどいです……)

 心の中でそう言ってみるが、匠海には伝わっていなかったようだ。なぜかプッと吹き出され、ヴィヴィは不思議そうに瞳だけでその様子を追いかける。

「ヴィヴィ、ほっぺ真っ赤で可愛い。リンゴみたい」

 病人に対してそう不謹慎なことを言って笑う匠海に、ヴィヴィは小さく頬を膨らませて反抗する。しかしその後、その頬を愛おしそうにさわさわと撫でてくれたので、ヴィヴィは「まあいいか」と溜飲を下げた。

 その後ヴィヴィが苦心して果物を流し込み、解熱剤を服用したのを確認すると匠海は「ちゃんと朝まで寝なさいね」とヴィヴィに忠告して帰って行った。  

 解熱剤と朝比奈の献身的な介護でヴィヴィは翌日の昼頃には平熱に戻った。まだ喉は痛いが食欲も出てきて、消化のよさそうなランチを用意してもらって口にする。

「しかし、お嬢様が倒れられたときはびっくりしました」

 朝比奈が給仕をしながらヴィヴィに話しかける。

「学校でのこと?」

「いえ、そうではなくて――覚えていらっしゃらないのですか?」

「…………?」

 不思議そうに見上げてくるヴィヴィに、朝比奈は苦笑する。

「お嬢様は学校から帰ってきて昼食を取った後、多分バスルームに行かれたのでしょうね。リビングで倒れられていたんですよ」

「…………え?」

 身に覚えのない事にヴィヴィは驚く。全く覚えていない。夢遊病のように一人でバスルームに行ったのだろうか?

「本当にびっくりしましたよ。匠海様のお部屋との扉の前で大の字に突っ伏してらっしゃったので。最悪の事態を想像してしまいました」

 最悪の事態――要するに朝比奈はヴィヴィの事を死体と勘違いしたというのか。困った執事だ。

(って……あれ……?)

 何かが引っ掛かる。何かは分からないが、先ほどの朝比奈の発言を聞いたと途端、ヴィヴィの心がもやもやと煙り始めた。ヴィヴィは不可解に思い、朝比奈を見上げて「今なんて言った?」と問い直す。

「死体と間違えました……ですか?」

(やっぱりそう思ってたのか――)

「ううん、その前――」

「匠海様のお部屋との扉の前で倒れていらした……でしょうか?」

 反芻してみせた朝比奈を見つめるヴィヴィの瞳が、徐々に落ち着きを失くしていく。

「………………あれ?」  

 何か自分は大切なことを忘れているような気がする。手にしていたスプーンを皿に置いてヴィヴィは必死に思い出そうとする。

(私、何か見た。なんだろう、確かお兄ちゃんの事なんだけど――)

 もう少しで思い出せそうなのに、思い出せない。ヴィヴィが水の入ったグラスに手を伸ばしそれを口にした途端、

「げほっ! ごほごほっ!」

 ヴィヴィは激しく咳き込んだ。突然のことに朝比奈が驚きナプキンを手渡して、ヴィヴィの小さな背中を擦る。

(お……思い出した……私――っ!!)

 何を見たかを断片的に思い出してきたヴィヴィだったが、最後に匠海が麻美を自分のもので下から突き上げている映像を思い浮かべたヴィヴィは、またさらにむせた。

(お、お兄ちゃんたら『婚前交渉』していたなんて――っ!!)

 ヴィヴィは顔を真っ赤にし、両手で顔を覆った。そんなヴィヴィの様子を見て「また熱が上がりましたかね?」と朝比奈は心配そうに見守っていた。





「人は何故、婚前交渉をするのかね。カレン君」

 化学の実習中。

 風邪から完全復活したヴィヴィは制服の上から白衣を纏い、目を薬品から守る透明なゴーグルの柄(え)を人差し指で持ち上げながらおもむろにそう口を開いた。その姿はまるで『神秘の謎を解明しようとする学者』の図だ。

「……………は?」

 聞き取れなかったのか、カレンは中途半端に口を開いてヴィヴィに問い直す。

「聞こえなかったかね? 人は何故、婚前――!」

 大きな声でそう発したヴィヴィが言い終わる前に、カレンが両手で口を塞いで必死に阻止する。

「なっ!? 何言ってんのよ、ヴィヴィってば!?」

 押し殺した声で威圧してくるカレンに、ヴィヴィはさらに言い募る。

「何って、もごもご――」

 しかし、また口を塞がれてしまった。不満そうに眼で訴えるヴィヴィをカレンがそのままずるずると引っ張り、実験室の隅まで運んでいく。

「ヴィヴィったら、恥ずかしいでしょ! そんな事公衆の面前で言うなんて!」

 そう言うカレンの頬は少し赤らんでいる。

「恥ずかしい?」

「そうよ! 普通は恥ずかしいの。まったく……ヴィヴィは世間知らずでお子ちゃまだから、まだ分かんないかもしれないけど」

「むう……」

 子ども扱いだけでなく世間知らず扱いまでされ、ヴィヴィはむっとする。

「世間知らずじゃないもん。婚前交渉とは未婚の男女が性行為をすることで、イスラム教国の中には婚前交渉を行った女性や、行ったと疑われた女性(強姦被害者を含む)が名誉の殺人の対象となることがある、とっても危険な行為よ!」

 ヴィヴィはそう一気にまくしたてると深刻そうに瞼を閉じ、腕組みをして考え込む。

「……ヴィヴィ、イスラムの教え信じてたっけ?」

 カレンが慎重に言葉を選んで質問する。その答えによっては発言内容を変えなければならない。

「ううん」

 ヴィヴィはケロッとした顔で、子供っぽく首を振って即座に否定した。

 その瞬間「違うのかよっ!!」とカレンが心の中で突っ込んだのはヴィヴィの知るところではない。その代りヴィヴィの顔を正面からボスと掌で叩くと、肩を竦めた。

「とにかくヴィヴィ。こんな所でしかも授業中にしていい話じゃないの。ランチタイムまで我慢しなさい」

「ふぁ〜い……」

 ヴィヴィは唇を尖らせると、すごすごと自分の班に帰って行った。






「――で、なんで?」

 ランチタイム。

 二人は裏庭の芝生の上でランチボックスを開いていた。そこにいつもなら一緒にランチをとるクリスの姿はない。授業の終わりを告げるチャイムが鳴った途端、カレンが

「ごめん、クリス! 今日は二人でランチとるから!」

 とクリスに謝りながらヴィヴィの首根っこを掴んで脱兎のごとく教室を後にしたからだ。さすがにヴィヴィの名誉を考えると、自分の双子の兄の前で『婚前交渉の是非について』語り合うのは、今のヴィヴィには恥ずかしくないかもしれないが、大人になってからこっぱずかしい消したい記憶になるだろう。

 カレンがこんなに苦労しているのに、当の本人は

「カレンのサンドウィッチとヴィヴィのおにぎり、交換しよう?」

 と呑気にランチボックスに手を伸ばしてくる。カレンは食欲などなくなり、ランチボックスをヴィヴィに押し付けた。

「はぁ……一つ聞くけど――いや、いっぱい聞くけれど。ヴィヴィはセックスについてどこまでの知識があるの?」

「セックス?」

 ヴィヴィが可愛らしく首を傾げながら、宙を見上げる。その両手にはしっかりとサンドウィッチが握られている。まさに色気より食い気――。

「う〜んと、セックス――つまり性行為とは、男性の精子を女性の卵子に届け、受精させるための行為――言わば妊娠出産のための行為」

 言っていることは間違っていないが、

「って、具体的には?」

「具体的? どうやって受精させるかってこと?」

 うんうん頷くカレンに、ヴィヴィは即答する。

「男性器を女性器に挿入して、精子を送り届けるんでしょ? つまりペニスを膣に入れる?」

 芝生の上に佇む二人に涼しい風が吹き、ヴィヴィとカレンの金髪をそよがせる。どこからどう見てもうら若き乙女のランチタイムの図だ。会話はまったくもって似つかわしくないが――。

「なんだ。ちゃんと知ってるじゃない」

「そりゃあ、授業で習ったじゃない?」

 そうだ。BSTでは初等部高学年から性教育を行っている。

「だから分からないのは『婚前交渉』だよ。なんで子供を作る予定やその必要がないのに性交渉を持つの? そんな事して、いきなり赤ちゃん出来ちゃったら困らない?」

「なんでって、そりゃあ……」

「…………?」

 何故か頬を赤く染めて言いにくそうにするカレンに、ヴィヴィは黙って先を促す。

「……気持ちいいから、よ」

「気持ち、いい――? 何が?」

「だからっ! ペニスをあそこに入れられると気持ちいいの!」

「…………っ!? えっ? そうなの――!?」

 ヴィヴィには想像も付かなかったことだったのか、大きな灰色の瞳が零れ落ちそうなほど目を見開く。

「え……だって身体の中に入れられるんだよ? 痛そうにしか見えないんだけど」

 至極もっともな意見を言うヴィヴィに、カレンは頷く。

「だから最初は痛いんだって。私はまだだから、知らないけど……」

 最後のほうはもごもごというカレンはなんだか悔しそうだ。

「へええ……」

(世の中にはまだ知らないことがいっぱいあるんだな……)

 能天気な声を発したヴィヴィに、カレンが疑問に思ったことを口にする。

「っていうか、ヴィヴィ、ドラマや映画でそういうシーン見たりしたことないの?」

「あっ! そっか」

 その問いにヴィヴィは合点がいったように、両手を叩いた。

「な、何?」

「あのね、うちは皆で映画鑑賞よくやるんだけど、たまにダッドやマムに『はい、キッズは見ちゃダメ〜』って目隠しされるの。もしかしてその時にセックス映像が流れてたのかも。そうだ、お兄ちゃんと見るときは、お兄ちゃんに目隠しされちゃうし」

「へ、へえ……さすが箱入り娘……」

 自分から投げかけた質問なのに、その返答にカレンはちょっとひいているようだった。

「コミックとかは?」

「コミック? 漫画読んだことない」

「……………………」

 沈黙したカレンは、やがて深々と息を吐くとおもむろにヴィヴィの細い肩に両手を乗せた。

「分かった。君のあまりに無知すぎる性知識を養うため、私のコミックを貸してあげよう。その代り――」

「その代り?」

「絶対ぜったいっ、クリスに見つからないでね――っ!?」

「クリスに? うん、分かった」

 ヴィヴィは不思議そうにカレンを覗き込んだが、直ぐに心の中は「わ〜、初めて漫画読む!」と浮き足立っていて、カレンの不自然な様子に気づくことはなかった。


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