小説『【短編集】BARD Song』
作者:bard(Minstrelsy)

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【ハヤリヤマイ】


 妙な病気が流行りだしてから、もうどれくらいになるのか。
 病気と言っても、新種の病原菌やらウイルスではない。
 思想の病、というべきものなのかもしれない。
「私は汚れた人々を救いたいの! 全ての人が神に救われるために私はいるの!」
 ユウコのヒステリックな声が響く。
 彼女のように「人を救う」「神」「救世主」などと叫んでいる人々は、総じて「天使病」と呼ばれている。
 特徴的なのは一貫して人間の救済を声高に叫ぶことだ。規則的な生活を送り、無垢を示す白を基調としたモノに身を包み、インテリアもほとんどが白。乗る車も当然白。
 人によっては自転車か徒歩のみ。当然、浪費はもってのほか。もう少し症状が進むと、菜食主義者になる。
「汚れた人々は神なんかじゃ救えない。そんなものに頼って清く正しく? 無意味だわ!」
 軽蔑した声でユウコに反論したのはキョウコだった。
 白一色のユウコに対し、キョウコは黒で統一されている。
 天使病に対して、こちらは「悪魔病」と呼ばれている。
 天使病と真逆で、蠱惑的な装いをする者が多い。選ぶ色は当然黒。
 比較的不規則な生活で、昼型よりも夜型。スポーツカーのような派手な乗り物を好み、往々にして肉中心の食事だ。天使病と違って症状の段階は曖昧で、一説では小悪魔から魔王クラスまで幅広いのだという。
 そんな人々が街中に溢れている。
 どこでもいい、適当なビルの屋上から交差点を見下ろせば、モノクロ写真のような光景が見られる。
 少し遠くを見れば、商店街が白い線と黒い線で分かれているのが見えるだろう。
 世の中全てがこんな調子なのだ。ユウコとキョウコのやりとりは、一歩外に出ればあちこちで聞こえてくる。


 二つの病がいつ頃発生したのか、はっきりしたことは分からない。
 最初に発症が確認されたのは二十代前後の若者だったらしい。厭世的な若者が増えた――当初はそう報じられていた。
 天使病と悪魔病。ネットではそう揶揄された。
 彼等は都市圏で散発的に確認されていたが、彼等の様子がマスコミやネットを通して広まるにつれて「感染者」も増えていった。それと同時に、ネットスラングだった呼び名が正式な「病名」として定着していった。
 当初はマスコミに対する批判やら、おきまりのネット批判が盛んに行われていた。しかし、そういった批判者達も徐々に感染し、今では誰もそんなことを口に出さなくなった。当然ながらその両者も、白と黒で色分けされている。
 一見、天使病と悪魔病は真逆のものに見える。
 だが、よくよく注視してみれば、根底は同じことに気付くだろう。
 彼等の主張は同じなのだ。すなわち「人は汚れている」ことだ。
 汚れているからこそ清廉潔白を目指し神の許しを得るべき、そう主張するのが天使病。
 汚れているならば神に頼るよりもやりたいことをやるべき、そう主張するのが悪魔病。
 相反することを言っているにも関わらず、同じような考えのもとで行動しているのは皮肉以外のなにものでもない。そして、それを正しく理解し導く者を欠いた世の中は、悲劇を通り越して喜劇だ。
 天使病、或いは悪魔病になる基準はよく分かっていない。検証すべき人間がそのどちらかに感染しているせいで、公正な資料はほとんど存在していない。
 まだ正常な人間が存在していた頃の資料には、意外な事実が書かれていた。
 それによると、優等生タイプならば天使病、いわゆる問題児タイプが悪魔病――ではないらしい。実際は真逆、すなわち優等生が悪魔病を発症することがほとんどだという。
 周囲が与えていた「優等生たれ」というストレスから、優等生の模範とも言える天使病ではなく、真逆の悪魔病を自ら選んで発症するのではないか。資料を作成した医師はそう分析している。根っからの優等生と思われる人間でも、かなりの高確率で悪魔病を発症したという。
 天使病はどうなのか。
 優等生はもちろんだが、問題児の発症率の方が高いらしい。何故問題児が天使病なのか。医師はこう分析する。
「問題児も本来は素直な人間である。家庭不和や暴力などの虐待を受けていた者もいる。そんな生き方をしていれば他人を信じられなくなる。だから、周りと上手くやれずに問題児として排斥されてしまうことがあった。無意識では素直に正しく生きたいと望んでいた結果、彼等は悪魔病ではなく天使病を発症するのではないだろうか」
 この説に対する評価がどのようなものであったかは、残念ながら資料は残されていない。
 ちなみに、天使病と悪魔病の感染者数はほとんど同じ数である。
 初期の段階では圧倒的に悪魔病者が多かったのだが、それを是としない天使病者が悪魔病者を「減少」させ、丁度良い数へと「調整」したらしい。
 その結果天使病者が優位に立っていたが、減少分以上に悪魔病者が増加していった。
 結局、幾ら「調整」しても増えるため、天使病者は最終的に大規模な「調整」を諦めたらしい。どちらも割合に変化が見られないことを考えると、これが丁度良いのかもしれない。
 その天使病者が行った「調整」だが、どういった手段で行われたかは記録に残っていない。
 悪魔病者から天使病者に変わった形跡がない以上、穏便な手段ではないことは確かであろう。


「あーあ……」
 どうせ平行線になるのは分かりきっているのに、どうして議論したがるのか。
 今日も始まったユウコとキョウコの議論に、マイはうんざりしていた。
「何故あなたは神に背くことばかり!」
「神? そんな居もしないものに頼ってどうすんの?」
「あなたのような悪魔でも神は救って下さるのよ!」
「必要ないわ、そんな窮屈な人生なんて!」
 お互い主張ばかりだ。果たしてこれは議論なのか、と疑問に思う。
「嫌になるなぁ、もう」
 昔は三人で仲良く遊んでいたのに、ユウコが天使病になったのをきっかけにおかしくなった。ユウコに反感を持ったキョウコが悪魔病になり、毎日のように言い争っている。
「いいじゃん、どっちでも……」
 マイの呟きに、ユウコとキョウコは同時に叫ぶ
「駄目よ!」
「ありえない!」
 二人ににらまれたマイは、極彩色のワンピースに身を包んでいた。


 極彩色をまとった者達が「神」を自称する「神様病者」となり、天使病者と悪魔病者を「救済」し始めたのは、このやり取りの三日後のことだった。

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