小説『数ページ 読みきりもの』
作者:下宮 夜新()

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 陽気のうららかなある日、小次郎はお世話になっている寺の境内で落書きをしている最中だ。
「おーたかな、おーたかな」
 落書きしていたのはお魚の絵である。小次郎が楽しそうに書いている。

「なにー!!」
 和尚さんの弟子、源気が和尚さんに頼まれた木彫り細工の手を止めて大きな声を上げた。
「わ! おじたん、なに!?」
 源気の叫び声に驚いて小次郎は落書きの手を止めた。
「ちょっと俺に見せてみなさい。そのお宝っていうのを」
 少し妙な妄想をして源気が小次郎に聞き間違えたことを尋ねる。
「……あっち」
「よし!」
 良くわからないが変な雰囲気の源気が嫌だった小次郎は適当な方向を教えた。彼がその方向へ走り去っていったのは言うまでもない。源気がサボらないようにとの意味合いもあるが、小次郎を見守っていた和尚さんはため息をつくしかなかった。

 お寺に週二〜三回はお手伝いに来てくれる家政婦のような女の人に小次郎はなついていた。
「お洗濯は気持ちいいわねー」
「うん」 
 太陽の香りのするシーツも好きだが、それとは別にきっと家政婦さんに母性のようなものを感じているのだろう。
「あらまあまあ、ご隠居さん。久しぶりですね〜」
 この寺のお手伝いが長いとそれなりに家政婦さんにも知り合いが出来るのであろう、ご挨拶をするために洗濯の手を止める。家政婦さんが急に動いたので、彼女の足につかまろうとした小次郎は止まりきれずに転んでしまった。
「わっ」
 小次郎は転んだ後にあまり痛くなかったなと思った。手の下を見てみると砂や泥にまみれたシーツがある。小次郎はどうしようと考える。ただ一休みしているのか、サボって寝ているかは不明だが小次郎は悪知恵を思いついて汚れたシーツを源気にかけてあげるのであった。

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