小説『赤い渚に浮かぶ月』
作者:UMA.m(UMA.mのブログ)

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 第18話 プリズム 



(そう、君の推測通り。僕はこの地の守護的存在の一部です。なんって格好つけてみても、今となっては気脈の調和を保つのがやっとって体たらくなんですけどねーっ)
 重々しい宣言から一転、調子よく振舞う時の”あの馬鹿”そっくりのテンションに、カリムは軽く眩暈を覚える。
(ったく、要らんトコばっか真似しやがって・・・)
 いや、解ってはいるのだ。
 こいつの姿、性格、喋り口調。その全て、守護的存在を名乗る者がカリムの意識に同調しているために、”あの馬鹿”のイメージとして認識させられているだけであることは。
 そんなまどろこしいことをしなければならないほど、こいつ本来の容(カタチ)は、微弱なものとなり果てている。自我という概念すら、持っていたかどうか。
 だが逆に言えば、それほど微弱で純化されていたからこそ、一個の人格ある他者としてカリムの警戒心に弾かれることなく、その意識に干渉することが可能だったのだ。
(で? まさか本気で、話し相手が欲しかったなどと言うつもりじゃないよな?)
(えー? それじゃダメなんですかー?)
 同じ術の場合、一度道筋がついてしまえば、二度目以降は格段に繋がりやすくなるため、それに要する手間は減る。しかも慣れが生じる分だけ同調率も上がるので、カリムの方でも違和感が軽減されてきている。
 しかしそれを考慮に入れたとしても、あまり余力のない守護者にとって、他者への干渉はかなりのパワーを浪費する為であることに変わりはない。
 一度目は、多少の無理を押してでも、カリムを見極める必要があっただろう。だが二度目は、何の得があるのか?
”まだ用があるとは驚きだ”というカリムの憎まれ口は、実はかなり本心に近い。
(まあ、実益を兼ねた好奇心とでも言いますか。それに、僕の話に付き合うことは、君にとって損ではないと思いますよ。情報、要るでしょう?)
 カリムから見れば、確かにその通りだが、それは質問に対する答えにはなっていない。
 そっぽを向いたままのカリムに構わず、そいつは勝手に喋り始めた。

(いつからここにいるのか、どうしてこうしているのか。そんなことは僕にもわかりませんし、どうでもいいことです。ただ、僕はそういう存在である。それだけのことです)
 カリムには想像もつかないほど昔から。それほど永い永い時間を、平穏に、ひっそりと、誰に知られることもなく。
 そしてこの先もずっと、ゆるやかに、それは続くはずだった。
(ところが、つい最近、この地に禍々しいものが紛れ込んでしまったんですよ)
 守護者にとっての”つい最近”が、どのくらいの時間を意味するのかは疑問だったが、問い質してみたところで、明確な答えは期待できそうにない。
(でもまあ、その時は大した脅威という程でもなくて、そのうち何とかなるだろうって気楽に構えてたんですが、何がどう作用したんだか、この地に在るものと変に絡まってしまって、うまく排除できなくなっちゃったんですよね。困ったことに)
 そいつは腕組みしながら、眉間に皺を寄せみせる。だが、その雰囲気からは、まるで危機感というものが感じられない。
(それならと、対抗するような力を持ってきて均衡することを期待したんですけど、これがなかなか、思うようには釣り合ってくれなくて。気が付いたら、どっちとも変な方向に膨らみはじめてしまって。正直、どうしたものかと思ってたところだったんです)
(そこに、お前と似た力が通りかかった)
(そう! その通りです)
 口を挟んだカリムに、我が意を得たりとばかり、そいつはにっこり笑ってみせる。
(僕とほとんど同質で、羽根なんていう余計なものがくっついてなくて。そんな都合のいい力なんて、滅多にありませんからね。それが向こうから手の届くところに落ちて来たんです。拾わない手はないでしょう?)
 それはもちろん、カリムとアシェルが引き寄せられた時のことだ。

(・・・やはり、偶然ではなかったか)
 この時の守護者による干渉が、”あの馬鹿”によってイレギュラーに開かれた転移門を、更に歪ませることになった。
”あの馬鹿”がどこに向けて出口を開いたにせよ、その意図とは違う場所に、カリムとアシェルは転がり落ちた。
 ということは、”塔”の技術者がいくらがんばって解析を試みたとしても、外部からの干渉を特定しない限り、カリムとアシェルの行方を正確に割り出すことは不可能だ。
 そして、図らずもカリムが羽根を捨てて来たことで、羽根の気配だけでその持ち主を特定出来るほど探査能力に長けた天使狩りでさえ、容易には辿れない状況になっている。
 質より量の人海戦術か、それこそ悪運的偶然にでも頼らない限り・・・。

(お前、俺たちを異空間から出す気なんか、なかっただろ)
 ただの確認事項であるかのように、サラリとカリムは問い質す。
(はい! 君たちがあっちの空間からこっちの世界に引き戻されたのは、ハッキリ言って手違いです)
 応じる守護者にも、悪びれた様子など全くない。
(それにしても、よく判りましたね?)
(せっかく招き寄せた力だ。異空間でじっとしているのなら、その方が都合が良かっただろうからな)
 守護者に必要だったのは、カリムの力のみであって、力の器に意味など無かった。
 それだけを取れば、”塔”の連中がカリムを見るのと何ら変わるところはない。
 だが、人間であるはずの連中が、他者の意思に意味があるなど思いもよらないのとは違い、こいつには人の意志というものを認識するインターフェイスそのものがなかった。
 その意味では、こいつは素直な反応をしただけであって、そういうものであることに罪悪感など持ちようがない。
 ジーロら遺跡に立ち入った少年らに付された印にしても、彼らにとって幸運のお守りになったのは単なる偶然であって、こいつから見ればチョロチョロ動き回る物が何かを知るための、ささやかな手がかり程度のものだったはずだ。
 同じように、守護者の言う”禍々しい力が絡まったもの”や、”それに対抗しうる力を担っているもの”は、きっと、それぞれの力を背負わされた人間なのだ。
(まさかイリィさんがあんな風に羽根を使って道をつなぐなんて、ホント、ビックリです。けど、まあ、そのおかげで君を通して周囲を見回すことができたワケですから、結果オーライというか、何が幸いするか判らないものですね。そうか。人間っていうのは、こんな風に物事を捉えていたんですか・・・)
(・・・・・・それがいいことかどうかは知らないが)
(確かに、知らないでいる方が幸せだってこともありますからね。でもそれは、認識することが出来て初めて思えることなワケだし、こうなることを事前に予測出来たとしても、やはり僕はこうしたでしょう。だから僕は、君に感謝すべきなんですよ)
(ノンキなことを。このまま、この地に力が集まり続ければどうなるか・・・)
 歪に膨らんだ力に対して、違う種類の力を加えることで強引にバランスを取ろうとすることは、自力で調和を図ることが出来なくなった守護が唯一選び得た非常手段に他ならない。それは同時に、最終手段にも等しい危険行為でもある。
 しかもそれで得られる安定は、やがて来る破綻の時をほんの僅か先送りさせる程度のものでしかなく、新たに力が加われば加わるほど、その影響は拡大していく。
 守護者自らこの地を滅ぼす要因になりかねないのだ。このままでは。
 人間の思考を認識できるようになったからこそ、守護者は自らの運命を自覚した。
(ええ。きっと、そうなるでしょう。でも、それは仕方のないことです。僕はそういうものなんですから。何も君が気にする必要はない)
(誰が気にするかよ)
(ああ、それは良かった!)
 言ってそいつは、ニカッと笑ってみせる。



『大丈夫! 笑えるうちは、何とかなります!』
 無理やり貼り付けたのが丸分かりな笑い顔。
 何度も。それこそ任務の度に。
『ほら、僕はちゃんと笑えている。だから、大丈夫。まだ大丈夫です』
 目先のほんの些細なことに拘って、躓いて、悩んで、怒って、落ち込んで、泣いて、最後に笑う。
無理にでも。全然大丈夫ではなくても。
 そしてまた繰り返すのだ。懲りずに、何度でも。
『いいんですよ。それが僕のポリシーなんですから!』
 誰に何を言われようと、思った方へ、一直線に。
 ったく、呆れてものも言えやしない。
 そういう馬鹿だ、あれは。

 それと全く同じ顔、同じ表情でありながら、こんなにも違って見える・・・。
 言うなれば、”あの馬鹿”のマヌケ面は矛盾した感情のごった煮から生まれたものだった。色んなものがない交ぜになりすぎて、もう笑ってみせるしかないという表情だった。
 だが、たった一つ、そこに無かったもの。”あの馬鹿”が決して持ち合わせていないもの。
 こいつの奥にあるのは、そのたった一つだ。
 生にも死にも、何ら意味を持ち合わせない者のみが浮かべる、どこまでも平坦で色のない、穏やかさ・・・。
(馬鹿らしい。何で俺がそんなことでイラつかなきゃならない)
 自分が苛立ってしまったこと自体に苛立ちを覚えたカリムは、見るともなしに、青年の方に目を向けた。

 紙一重で瘴気をかわし続ける青年の動きは、透明な泥の中を泳ぐように、おそろしく緩慢だ。
 勝機は未だ掴めていない。が、諦めているわけでもない。
 前方に大きく身体を投げ出して地面に転がりながら、四方に配る視線には、敵の攻撃を見極めようとする強い意志が見て取れる。
(いい顔してますよね、彼)
 カリムの横、腕を伸ばしてギリギリ届くかどうかという位置に、瞬間移動的に守護者が並ぶ。
(誰に同意を求めている)
 それに目をくれようともしないカリムを、全く意に介すことなく。
(一生懸命って、ああいう目をいうんでしょうね。君もそういうの、嫌いじゃないでしょ?)
 何のつもりか、とんでもない決め付けだ。
(関係ない)
 そう。カリムは他人を気にかけたりしない。どこの、どんな奴であろうと。
 フェグダという名の青年にしても、もしかしたら以前に会ったことがあるのかも知れないし、何かしらの因縁が無いとは言えない。だとしても、どうでもいいことだ。自分にとっては。
(そんなこと言わないで、本人に直接聞いてみたらどうですか? 結構素直に答えてくれるかも?)
(それは無い)
(そうですか? 試してみないと分からないんじゃ?)
(言うつもりがあれば、もうとっくにぶちまけているはずだ)
 先刻、カリムに怒りをぶつけた青年の顔は、言ったところでどうなるものでもない、それでも何かをぶつけないではいられない、そんな自分自身に憤っているようだった。
 おそらく青年が見ているのは、カリム本人ではなく、カリムという存在の持つポジションなのだろう。
(彼も色んなものに振り回されて、盛大に空回ってるカンジはありますけどね。見習うところも多々あると思いませんか?)
 彼も、という言い方に込められた含みは、とりあえず無視して。
(見習う? あれのどこを?)
 心底不思議そうに、問い返すカリムに。
(そうバカにしたものでもないと思いますよ。たとえば、瘴気を前にして自分が不利と見た瞬間、ソッコー逃げ出す判断が出来ることとか)
 聞きようによっては強烈な嫌味になりかねない発言だが、その顔は真面目そのものだ。
(君も逃げ隠れするスキルが無いなんて開き直ってないで、今からでも心がけてみたらどうですか?)
(俺が? 何故?)
(だって、そういうものはこの先必要になりますよ? ほら、今は逃亡天使なんだし、少しはそのつもりでですね、)
(誰が逃亡天使だ。言っておくが、転移門に落ちたのは”あの馬鹿”のせいだからな。俺は、逃げる気なんて少しもなかった・・・・・・)
 ふと、自分が言ったことに対して、何かが心にひっかかったような気がしたが、それは明確な形になる前にするりと通り過ぎてしまう。
(”あの馬鹿”ねえ。誰の事も気にしないなんて言うくせに、彼のことは結構気にしてるじゃないですか?)
(そんなんじゃない。ここ最近、あれの面倒を押し付けられてたんで、仕方なく、だ)
(それだけじゃないでしょう? 君の評価基準に照らせば、彼は結構いいセン行くんじゃないですか?)
(ああ? どういう意味だ)
(だって君、つい考えてしまうでしょ。こいつは自分を殺せる奴かどうかって)

(何だそれは? 俺があの馬鹿に、そんなことを望んでいるとでも?)
(あ、自覚してなかったんですか)
(おい!)
(だからね、実際に君が何を望んでいるかはこの際置いといて、単に君が他人の何を評価するかって話ですよ。君が彼を気にするのは、彼には出来るはずだって思うからじゃないですか?)
(まさか)
(なのに彼は出来ないって言い張る。あろうことか、絶対やらないと公言してはばからない。それどころかあの時も、君たちを止めようとして大怪我を負いながら、意地でも助けようと奮闘した)
(・・・・・・)
(でも、それって不公平ですよね。君の方は、彼を殺すのなんか何でもないって考えてるのに。それが必要なら、絶対に躊躇するつもりなんかないのにね)
(当たり前だ。それが俺の任務だったんだ)
 もしも、その時が来ていたら・・・・・・。



 カリムが上級天使になった頃、その総勢は八名だった。
 あれから二人が欠け、二人が新たに加わった。公式には、そういうことになっている。
 だがその中には、ほんの僅かの期間だけ在籍し、称号を受けることなく去った者などは、カウントされていない。

”炎の結晶”に適応する資格のない羽根使いに対し、”塔”の誇る魔道技術の粋を結集し、適応を試みる実験。
 カリムになる以前の自分が巻き込まれたのは、それの初期の段階においてであったのだと思う。
 彼らが、羽根使いが死に瀕した際の生への執着を利用しようと考えたことは、想像に難くない。そして、その方法にはある程度の成果が認められはした。だが、彼らの目標は上級天使を造り出すことであり、いくら闇から目覚め羽根を手に出来たとしても、そのレベルに及ばないのであれば失敗も同じだった。

 それ以前の記憶を喪い、全く異なった姿容を与えられ、何の理由も知らされず、能力のみを求められて。
 彼らの望むような結果を出せぬまま、連日繰り返される訓練と、調整の日々。それでもあれは、技術が確立する前だったからこそ、与えられた時間だった。ただし期限付きの、ではあったが。
 もしも、あの場所でアシェルに会うことがなければ、自分が置かれた状況に抗する術もなく、ただ、いいようにされて終わっていたかも知れない。

 そして、あの日。
『許セナイ 許セナイ 許セナイ・・・・・・』
 真実を知って、自らもろとも、全てを葬り去ろうとしたアシェル。
 それでもなお、生にしがみついた自分。
 それを選択した時点で、カリムは、彼らを責める資格を失った。

 あの白い部屋を擁する離宮が、それに携わった多くの人員や施設や資料もろとも壊滅炎上したことで、上級天使を造り出す試みは中断を余儀なくされた。
 だがそれも、ほんの一時的なこと。
 カリムの知らないところで、実験は再開されていた。やがて彼らは、上級天使の候補者として、カリムの前に現れる。

 上級天使候補の実践訓練にサポート役として同行するのは、大抵カリムの役目だった。
 新人の面倒を見るのは下っ端の仕事という名目は、おそらく建前だ。彼らの素性をできる限り秘匿しておきたかったからこそ、事情を知るカリムが適任だと考えられたのだろう。
 それは推測でしかない。カリムがそれを問い質したことはないのだから。
 だが、上級天使になることが悲願なのだと、異口同音に彼らは言った。全てを承知で志願し、ここにいるのだと。
 そのように願うこと自体が、彼らが”炎の結晶”との適合資格を満たしていない、不完全な者であることを意味していた。
 それ故に、彼らのほとんどは、実践訓練の期間を乗り切ることが出来ず、存在のバランスを崩し、表舞台に出ることなく消えていく。
 どれほど願おうと、死に物狂いで努力しようと、手が届くことのない望み。それがいかに儚い望みであるのかは、カリム以後に上級天使に列せられた者の数を考えれば一目瞭然であろうに。
 なのに、一縷の望みを賭けようとする者は、なくならない。
 上級天使という名の華やかな伝説など、虚飾の幻でしかないというのに。

 あの時、もしも。
 カリムがアシェルの手を取っていれば。カリムを含めた全てが破壊され尽くされていれば。
 カリムという成功例が存在しなければ、実験は中止されただろうか。
 それともやはり、手を変え品を変えて、試みは続行されただろうか。
 おそらくは、後者だろう。
”塔”に上級天使が必要とされる限り。魔道に携わる連中の探究欲がついえぬ限り。そして、彼らが羽根使いを単なる道具としか見ることがない限り。
 それでも。
 それでも、カリムに何の責任も無いと言えるだろうか。言い切れるのだろうか。
 彼らを非難する資格を、自ら捨ててしまったカリムには。

 そして、数ヶ月前のある日。
『はじめまして! 僕、アイルっていいます。でも本当の名前はアレクサンデルっていうんで、皇帝陛下って呼んでくれても全っ然OKですから!』
 それは大胆にも、小さな子供でさえ知っているほど有名な、統一帝国を樹立した伝説の皇帝と同じ名だった。それを告げたのは、これ以上ないほど大真面目な声。その顔には満面の笑み。
『あれ? おかしいな。こう言うと大体みんな和んでくれるんだけどな・・・・・・あ、一応言っておきますけど、ウソじゃないですよ。もし信じられないんだったら、僕の親にでも聞いてくださいね! あ、でも、今どこにいるかまでは知りませんから、探して聞くのは大変でしょうけど』
 仮にも上級天使たる者が本名や素性について自発的に話すのは、珍しいことだった。
 上級天使に至上の価値があると信じる者は、以前の自分を語ることなど、決してしないものだから。
 案の定、そいつは単なる候補者ではなく、登場したその時から称号を持った上級天使だった。
 だが、その時カリムの頭を占めていたのは、そんなことではなかった。

(あれを見た瞬間、戦慄が走ったのを覚えている・・・・・・)
 危うく反応しかけた羽根を宥めるのには、一方ならない努力が必要だった。
 そんな者に関わってはいけない。
 だが、無視して立ち去ろうとしたカリムに追い討ちをかけるように、命じられたのはそんな奴のお守りだったのだ。
 その理由は、最初の任務中に知れた。

(あいつが力を使う瞬間・・・・・・清浄な炎の中に、闇の色が閃いた)
 それがどれだけ特異なことかは考えるまでもない。
”炎の結晶”に少しでも闇の色が混じれば、闇はどんどん結晶を侵食していく。闇の色が入り込んだ結晶が、清浄であるなど、有り得ない。しかも普段は全くわからないほどなりを潜めてしまうなど。
 あれがどんな経歴を持ち、どういった経緯でそうなったのかは知らない。知ろうとしたこともない。
 上層部連中は、それを承知していたはずだ。承知の上で、上級天使に任じたはずだ。
(あれの特性を見極める気だったのか。それとも使えるだけ使って、都合が悪くなれば、即処分するつもりだったのか)
(それなのに彼ときたら、てんでマイペースに誰彼構わず同情しまくって、勝手な正義感を振りかざして命令無視で突っ走るし、考えなしに君にたてつくし、”塔”に睨まれるようなことばっかりやるんですからね)
(だから甘ちゃんの馬鹿だって言うんだよ)

”不測の事態が起こった場合、どんなことをしても、結晶だけは持ち帰れ”
 それは、上級天使に同行する者全てに課される使命だ。
 羽根使いに限らない。同行を任じられる者は必ず、結晶を扱う術を習得している。

 上級天使同士が、一度や二度ではなく常に組んで行動するということは、通常ではありえない。
 それは、もしもの場合、”あの馬鹿”の処断はカリムに任せられていたということだ。
”あの馬鹿”にしても同じこと。
 カリムが任務続行不可能な状況に陥った場合、あいつもまた、決断しなければならなかったのだ。単なる心構えの話ではなく。

”あの馬鹿”に会う少し前から、兆候は現れ始めていた。
 ふとした拍子に、僅かに感じる軋みのようなもの。
 とは言え、それはごく些細なものに過ぎず、カリム付きの番人でさえ気付くのは難しかったのではないだろうか。
 だが。
『・・・・・・ついにガタが来ましたか・・・・・・』
 それは、すれ違いざまの一瞬のことだったが。
 独り言のような小さな呟き。しかし、カリムの耳に入ることを十分承知の上で、番人の長たるあの男は、確かにそう言ったのだ。
 あの男が、任務の委細に関わっていなかったはずがない。

 他の誰が気付かなくとも、いくらお気楽能天気でも、”あの馬鹿”には解ったはずだ。カリムがどんな状態であったかを。
 どんなに無関心を決め込んでいても、カリムにあいつのことが解ってしまったように。
 行動を共にするとは、つまりそういうことなのだ。
”塔”が期待したのは、仲良くタッグを組むことなどではない。互いに監視し”適切に対処”することだ。
 敵の殲滅よりも何よりも、それは優先されることだった。
『任務の間はイヤでも一緒にいるんだし、だったらいがみ合う必要なんてないじゃないですか。仲良くしましょうよ。僕も努力しますから。イヤだけど。ねっ』
 ったく、冗談じゃない。
『どうしてですか! そんなヘンな命令、クソっ食らえですよ! 自分で決めて行動する事の、一体何が悪いってんですか! 心ってのは何の為にあると思ってんだ!?』
 お前のような者が、そうと公言することが、どれほど危険視されるのか、まるで考えもしないで。
『この、ガンコ者の分からず屋! 君なんか大っキライですよ! とっとと転んでくたばっちまえ、だ!』
 それでいい。お前に何かを期待したりはしない。俺はただ、与えられた任務をこなすだけ。最期の最期まで。

 動けなくなるのは、とても簡単。
 薬酒を断つだけで、たったそれだけのことで、この身は簡単に力を失い朽ち果てる。
 だが、本当に死ぬとなると、それはとても難しい。
 身体が滅びても”炎の結晶”を残す限り、新たな器が与えられるだけ。
 そうでなければ、魔道の道具に利用されるだけ。

『壊してほしい・・・・・・』
 そう、望んだ奴がいた。
 あれは、”炎の結晶”の適合資格を持ち、上級天使となるべくしてなった者。カリムよもずっと長く戦い続けた者。
 確か、カリムの初任務に同行したのがそいつだったが、関わりがあったとすればそれだけだ。
 カリムにとっては、そいつはどうでもいいものの一つでしかなく、どんな奴かなど気にもとめたことがない。
 何故、そんなカリムに願ったのか。そんなカリムだったから、願うことが出来たのか・・・・・・。
『いつか、君にも解る時が来るかもしれないな・・・・・・。だが、願っているよ。そんな日が永劫に来なければ良いとね・・・・・・』
 安心しろ”蒼空”。そんな事にはなってねぇから。
”あの馬鹿”にそれを望むくらいなら、俺は迷わず、惨めに負ける方を選ぶから。

(それで君は、願いを叶えてあげたんですね)
(さあ、どうだったか・・・よく覚えていない。だが、そうだ、理由がない。あれはどうでもいい奴で、そんな奴のために命令違反を犯すなど・・・・・・)
 命令もまた、それを承諾した時点で、契約である。
”炎の結晶”を得て、普通の人間だった時よりも少し高次に近付いたカリムは、簡単に契約を破棄することなどできはしない。
 普通の羽根使いが命令違反で罰を受けるのとは訳が違う。
 約束を違えるということは、小さい魔物であれば存在力を根こそぎ消し飛ばされてしまうほどのダメージを覚悟しなければならない。
(馬鹿らしい。そんなことをする奴がいるものか。まあ、”あの馬鹿”ならやりかねないが)
(だったら最初から、そんな任務なんか受けなければよかったんじゃないですか? 少なくとも、二つ返事で引き受けることはなかったはずですよ)
(何故?)
(はい?)
(何故、そんなことを聞く?)
(だって、イヤな任務とか、向いてない任務とか、どう考えたって理不尽な任務とか、あるじゃないですか)
(任務なんて、どれも同じ。どうでもいいことだ)
(同じ、ですか? 今でもそう思うんですか? もし仮に、今の君が同じことを命じられたとしても、同じことが言えるんですか?)
(ああ。俺が拒否したところで、その任務は無くならない。他の誰かがやることになるだけだ。それなら俺がやっても同じことだ)
(それは、違うんじゃないですか?)
(だったらこう言えば満足か? 大切な者ですら手にかけられる奴が、何を躊躇うことがある。その他大勢の命など、俺には何の価値もない。だったらどんな任務だろうと同じことだ。出来ないことなどあるものか)
 声を荒げるのでも、激昂して吐き出されたのでもなく、まるで用意された台詞のようによどみなく。
(その理屈はおかしいですよ。だって今は、君の大切な人は、君のすぐ近くにいるんだから)
(何も違わない。あいつを殺すつもりで結晶を砕いた。俺が、この手で。その事実は変わらない。絶対に)
(でも、君は大切な人を解放したかっただけでしょう? 大切だったからこそ、その決心をしたんでしょう? だったら全然意味が違う・・・)
(黙れ。あいつを殺せていなかったのなら、なおさらだ。あいつを苦しませるだけ苦しませておいて、自分だけはのうのうと助かろうなどど。そんな、見下げ果てたものに、成り下がれと?)
(それで、君の気はすんでも、アシェルさんのためにはならない。でしょう?)
(・・・・・・!)
(ねえ、君のその力、僕に譲りませんか?)


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