小説『赤い渚に浮かぶ月』
作者:UMA.m(UMA.mのブログ)

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 第21話 つながり 



(あーせーせーした。ったく、手間かけさせやがって)
 感覚のノイズとなるものをまとめて綺麗さっぱり粉砕して、カリムは改めて眼下の村へと意識を向ける。
 一番に見つけたのは、遠く木立の間、村の外周に沿った小道を辿るアシェルとイリィの姿。
 守護者の術中でも外の様子は感じ取れたし、二人が無事である事も判ってはいたが、やはり直に確認するとホッとする。
 村の広場の辺りでは、祭りの準備に余念の無い村人たちが集まって賑やかに立ち動く気配がある。だが、その内の誰かがこちらに向かって来るどころか、視線を向ける様子もない。遺跡付近での騒ぎに気付いた村人は、一人としていないようだ。
(鈍いなんてものじゃない。この程度の瘴気の澱みなど、もう当たり前すぎて気にもならないか)
 守護者の術に同調したせいでだろう。こと村の周囲に関しては、先刻までよりも鮮明に視えるようになった気がする。
 人間が住む場所はどこでも大抵は、聖邪が入り混じって混沌としているものだが、ここの空気はそれにも増して、大きなボウルに清濁流し込んでかき回したような渦がそこここに視てとれる。
 そこからはみ出した微かな魔気の澱みは、守護者も言った通り、今はまだバランスの範囲内ではある。だが、内包される力の密度がこうも高ければ、いずれ触発されるものも出始めるだろう。
 何かが起こる。漠然とした不安にも似た、予感。
(だが、どうする?)
 カリム自身がバランスする力の一角にされているのなら、不用意にアシェルやイリィのに合流するのは、あまり得策でないかも知れない。
 それよりも今は、どこで何が起こっても対処できるよう注意を怠らぬこと、だろうか。
 しかし仮に最悪の予感が的中するとしても、それは数分後のことなのか、数日先のことなのか。そもそもどの程度の介入が可能なのか・・・・・・。
(つくづく厄介だな・・・・・・)
 カリムは内心ため息をつく。
 と、その時。
「おい、お前! 無視すんなよな!」
 大声で怒鳴ったのは、先刻から背後で商売道具がどうの要らん手助けがどうのと、ぶつくさ言い続けていた青年だ。こいつも、予定外な力の一角には違いない。



「ったく、どうしてくれるんだよ!」
 ぶちまけられた荷物を見るなり、フェグダは立ち回りの疲労感もどこへやら。砂まみれになった所持品を急いで荷袋に放り込み終えるなり、広範囲にばら撒かれたコイン型のペンダントトップを一つ一つ拾いにかかっていた。
「これだってな! 俺にとっちゃ、大事な売り物だったんだ!」
 と、過去形で言わなければならないところが何とも悲しい。
 ほんの少し前まで天使のお守りだったそれは、内包していたささやかな魔力を瞬時に強制放出するという想定外の使い方をされたせいで、どす黒く焼けただれたガラクタと化してしまっていた。
 だが、売り物的にはガラクタほどの価値すら無いとしても、魔道に使われたものである以上、拾い残したまま放置する訳にもいかない。
 あの切羽詰まった状況で、術の足しに使えそうなものを手っ取り早く調達した結果だというのは解るのだが、それにしてもだ。
「っとに、手ぇ貸すにしても、もう少しやりようってモンがあるだろーが・・・・・・」
 ぶつぶつと不平を口にし続けるフェグダを、当のカリムは横目で鬱陶しそうに見やる。
「誰が手を貸したって? ああ。お前がモタモタしてる間に、あの目障りなのを潰したことか」
「おい、どーゆーイミだそりゃ!」
 いや、聞くまでもない。瘴気を消したのは単に自分の都合であって、フェグダを手助けをしたつもりは微塵もない、ということだ。
「じゃあ何か、俺の魔法は単なる便利アイテムかよ!?」
「邪魔だな。どっちかと言えば」
「・・・・・・・なっ!!!」
 その瞬間、フェグダの目尻がキッと吊り上る。
 利用したと言われる方がまだマシだ。それを、全くのムダ扱いされるとは。
「何か言いたいことでもあるのか? 走って逃げろという勧めを無視したのはお前だろうに」
 とっさに反論の言葉も吐けないでいるフェグダに対して、カリムの態度はにべもない。
 それは「お前が瘴気を振り切ろうと、振り切れずに餌食になろうとどっちでもいい。双方とも自分の目の前からいなくなりさえすれば万事良し」という意味である。絶対、そうに違いない。
 助けられた礼を言うべきかどうかというフェグダの葛藤は、完全に一人相撲だったというわけだ。
 フェグダは両拳をきつく握り締め、ぶるぶると肩を震わせる。
「結果助かったのなら、問題無いと思うが」
「無いワケないだろ! 見ろ! お前のせいだぞこれは!」
 言いながらフェグダは、片手に山盛りになった元護符を、カリムに向かって突きつける。
「お前が使った分! 今すぐキッチリ払いやがれ!」
 こんな低レベルな反論しか思いつかない自分自身も腹立たしいが、それでも蔑ろにされたと責めるようなプライドの無いマネだけは、絶対にしたくなかった。
 もちろん、それをしおらしく聞く相手ではないと解ってはいたが。
「なら、そっちの水晶玉を投げつければ良かったか?」
「冗談じゃねー!」
 フェグダはほとんど反射的に、ぶんぶんぶんと首を振る。
 ぶちまけられた所持品の中でも一番に回収した手の平サイズの水晶玉は、当然のことながら、そんじょそこらの巷に転がっているシロモノではない。
 フェグダが聖都を立った五年前のあの日に、幼馴染みのクミルから、餞別として直々に手渡された通信珠だ。
 確かに、オモチャのような護符とはケタ違いの魔力を保有しているだけに、魔法の媒体としては申し分ないが、それで壊れでもしたらどれほどの怒りを買うか知れたものではない。
 想像するだけで、背筋に冷たいものが滲む。
「一々煩いヤツだな。そもそもお前は人に文句を言える立場か? 風刃の一つも使えないくせに」
「まさか! 使えないワケねーだろ!」
 風刃とは、塔に入った羽根使いが最初に習得する基本技の一つで、応用次第ではああいう不定形の相手に対する有効な手段にもなる。当然フェグダも、正式配属前にそれくらいはマスターしている。ただし、
「その、何だ・・・・・・ほんのちょっと条件がだな・・・・・・」
 簡単なことだ。
 フェグダの強力な障壁は羽根の力をごっそり必要とする。つまり、他の技を使おうと思えば、障壁を解除しなければならないという、ただそれだけのこと。
「実戦で役に立たないなら、使えるとは言わないだろ」
 事実であるだけに、その一言はかなり辛辣に聞こえる。
「るせっ! ・・・・・・俺にだって深ーい事情ってのがあるんだよっ!」
「ったく、コレだから上層部にコネのある奴は・・・・・・」
「なっ! あるワケねーだろ、そんなモン!」
 そんな指摘を受けるとは思ってもみなかったフェグダは、つい過剰反応してしまい、直後に「しまった」という顔をする。
「な、何言ってやがる、そんなんで誰が誤魔化されるか!」
 慌てて何とか取り繕い、少年の様子を伺うが、遠く眼下に目を向けたままの端正な横顔は、相変わらず何も語りはしない。

(分かり易っ! つか、図星かよ)
 どんなニブいヤツが見たって一目瞭然な青年の狼狽えぶりに、カリムは内心やれやれと嘆息する。
いや、それらしいフシはあったのだ。
 その気も無いのに降参したフリをしてスキを伺ってみたり、瘴気という明確な敵を前に迷わず逃走することを選択したり、意地だけで独りよがりな戦い方をしてみたり。
 それらの行動は、軍団に属している者の行動原理とは相容れないものだ。
 しかも青年の所属先とされている現地駐留部隊、第四軍と言えば、隊内の規律と結束力は実質上の主力部隊である第三軍と同等かそれ以だ。
 隊の中ではきっと、一人浮いているタイプ。それ以上に、第四軍の一員として行動したことがあるかどうかすら怪しい。
 それに、これはカリムの主観に過ぎないことだが、もし自分が部隊長の立場だったら、羽根もろくに扱えない半人前を長期に放り出すという、色んなイミで危なっかしいマネが出来るだろうか?
 たとえそれが青年と隊の為に最良であり、以下全員の同意を得られたとしても。
 いっそ、何らかの介入でもない限り・・・・・・。
 それは事実を元に推論を重ねた結果辿り着いた答えというよりも、むしろ希望的予想(あてずっぽう)に近いものであって、ふと一言を漏らしたカリム自身、本当に当たるとは全く期待していなかったのだ。
(だが、それが事実となると、)
 青年の知人か身内が塔の上層部に在籍しているというのなら、それはそれで新たな疑問が湧き上がる。
(コネで入るとしたら、普通は騎士団(第一軍)か貴族部隊(第二軍)だろ。どうしても単独任務がしたいのなら何でも屋(第五軍)ってテも無くはない。なのに何故よりにもよって第四軍なんだ? あそこは聖都が本拠地じゃないってだけで、任務のハードさで言うなら実戦部隊(第三軍)と大差無いはずだが・・・・・・)
 聖都の花形の第一軍、外交任務が主で直接戦闘の少ない第二軍は、天使本人にも望ましいが、塔の上層部に属する者にとっても何かとメリットがある。
 通信や兵站など管理部門を担う第五軍も、利用価値はそこそこ高い。
 それに対して第三軍第四軍は、あからさまに語られこそしないものの、身体が資本の実働部隊。天軍としてメインの活動を担っているにも関わらず、上層部からは労働階級としか見られていないのが実情だ。そういう上から目線な連中が、大事なコマになり得る者をみすみす配属させるわけがない。
 カリムが青年の身元について即座に言及しなかったのも、それがネックになったからだ。
(だがそうなると、一軍二軍に入れられなくて仕方なく、なんて理由はあり得ない)
 それは青年の所持する宝珠を見ただけでも解る。
 一見普通の通信珠っぽく装ってはいるが、そこに内包される魔力のケタが違い過ぎる。
 それくらいのパワーがあれば、転移門のシステムと独立して通信を繋げることも可能だろうし、使い方によっては相当大きな魔法の媒体にもなるだろう。
 今のうちに壊しておこうかという思い付きを実行に移さなかったのは、下手に触ることで厄介な魔法を発動しかねないという危惧があったからだ。
(あんなものを仕込める立場となると・・・・・・)
 宝珠にしてもだが、青年が古代帝国版図のみならず中原の呪術にも精通しているのなら、その人物もまた、魔道技術に精通していると見るのが自然だろう。
 加えて軍団長クラスに指示が可能で、通信その他諸々の面で第五軍にかなりの融通を利かせられる人物。
 もしかすると、羽根使いを地位固めに利用する必要がなく、むしろ天軍から遠ざけて置きたいと思うような・・・・・・まやかしではない天使の実情を冷静に把握している人物・・・・・・。
(治世の輪、探求の徒、それに真理の番人・・・・・・)
 塔の技術部門の中でも先進的な魔道体系に属する主要な派閥を連ねたところで、カリムは内心苦笑する。
(まあ、そんなのはどうでもいいことか)
 青年の身内が何者であろうと、もうカリムには関係のない世界の話だ。

『どうしてそんな簡単に何もかも放り出せるんだよ! 名誉も地位も力も、人がうらやむ物は全て与えられておきながら、それの何が不満だってんだよ!』

 それは先刻、激昂した青年がカリムにぶつけた、偽ることのない本音。
 この青年にしてみれば、彼が置かれた現状は、どこにも属さず誰からも認められていないように思えるのだろう。おそらく、彼自身理由を知らされていないせいで。
 そんなヤツから見れば、上級天使は塔のみならず世界の誰もに認められる存在であり、青年が望むものを全て手にしている存在なのだろう。それをあっさり捨て去る者に、無意味であると知りつつも、怒りをぶつけずにはいられないほどに。
(一体何の皮肉だろうな・・・・・・)
 青年自身が言った通り、カリムは青年の抱える事情など何も知らない。
 だからこそ、青年の立場は眩しくすら見える。
 羽根使いでありながら、戦場に狩り出されることもなく、天使という身分を持って自由に旅をしていられること。それはただの羽根使いには、願う事さえ許されぬ夢。塔に入城した時に、手放さざるを得なかったもの。
 カリム自身、その立場を羨ましくないと言ってしまえば、それは嘘になるだろう。
 だが青年にそう言ってみたところで、納得することはないだろうが。

『かと言って、みすみす彼にかっさらわれるのもシャクに障りますけどね』

 ふと、守護者が漏らした言葉がカリムの脳裏を過る。
 大した意味はなかったのかも知れない。単にカリムの注意を引くために言ったとも考えられる。
 だが、額面通りに受け取るなら、それはカリムの脅威になり得る者の存在を示唆する言葉に他ならない。
(だからって、コイツってことは無いな。絶対)
 単純に術者としての能力を言うなら、青年がカリムを圧倒すること自体は可能だろう。
 半人前だろうが何だろうが青年が最強の法具と呼ばれる羽根の所有者であることには違いなく、しかも系統の異なる魔法を組み合わせて独自の術とするだけの術者であることも事実だ。
 それでも。この青年が脅威であるとは、どうしてもピンと来ない。

 その時。
 草の中で、何かが鈍い光を弾いた。
 それはカリムが、青年の袋の中から一掴みしてバラ撒いた護符の一つ。呪術結界の発動範囲よりも少し外れて転がったせいで、ガラクタ化を免れた銀色の護符。
「・・・・・・!」
 何気なく拾い上げたカリムは、そこに刻まれた簡略な紋章にハッとする。
 広げた翼の中央に、空を駆ける矢羽根。
「蒼空の・・・・・・?」
 それは、今はもうどこにも存在しない天使の紋章だった。



「ありがとう、アシェル。こんなところまでわざわざ送りに来てくれて」
 村のかなり外れの方、申し訳程度の石積みの塀に囲まれた、小屋と呼んでもいいような小さな家が見てきた頃。
 立ち止まったイリィは、その気配を察して振り返ったアシェルに向けて、静かに穏やかに笑ってみせた。
「それと、ごめんなさい。本当は、家にお招きしなきゃだけど、お母さんを驚かしちゃったら困るから。あの、アシェルが悪いとかそんなんじゃなくて、初めての人はみんなそうだから・・・・・・」
「うん。ボクのことは構わなくていいよ。イリィってば、気を遣いすぎだよ・・・」
「あと、これを、」
 続けて何か言おうとしたアシェルを制して、両手で頭上を探ったイリィは、そこに飾られていた髪留めを外し、髪を結い上げるのに使っていた小さな紐全てを取り去った。
 ウェーブの余韻を残して、銀色の髪が流れる。
「返しますね。大事なものなのに、貸しててくれてありがとう」
 イリィは、外したばかりの髪留めを大切そうに両手に載せて、アシェルの前に差し出した。
「あの・・・・・・今までとても楽しかったです。夢みたいに。だから、カリムにもありがとうって、伝えておいてもらえますか」
 イリィは明るく笑っている。
 その、どこか一生懸命な笑顔を、アシェルはじっと見つめる。
 イリィの手の中で、広げた翼を模した台座に嵌め込まれた宝玉が、赤い光を弾いて光る。
「・・・・・・それでいいの? イリィ」
 黙ってその様子を見守っていたアシェルは、イリィの顔を真っ直ぐに見ながら、静かに問う。
 アシェルには、解った。
 イリィは、別れを告げているのだと。アシェルとカリムが、イリィの知らない間に立ち去ってしまう前に。自分の方から。
(さっきから静かだと思ったら、そんなこと考えてたんだ。それ、ボクに返したら、さっさと走って行っちゃうつもりなんだね)
 遠慮なく見つめるアシェルに、イリィは紫色の瞳を伏せる。
「・・・・・・カリムさんに、言われました。村を一歩出れば、色んな街や国があるんだって。そこには私と同じような人も、もっと変わった姿の人でも、珍しがられないでいるんだって。あの変な力を認めて、外に出さえすれば、それは叶うことだって・・・・・・その時私は、そんなの全然望まないって怒鳴って逃げ出しちゃって・・・・・・カリムさんは、私に良かれと思って言ってくれたんだから、あんな風に怒鳴ることなかったって、後で反省して・・・・・・いえ、少し、違うかも知れません。だって、あの時、あれ以上聞いていたら、私、つい言っちゃったかも。私を、外の世界へ連れて行ってくれませんかって。そう言いたい気持ちが、確かに私の中にあるんだって、分かっちゃったから。色んな所へ行って、色んな物を見て、思うままに歌って・・・・・・もちろん楽しいことばかりじゃないでしょうけど、それでも・・・・・・って」
 小さく、イリィは笑う。楽しげな夢の話を語り終えた直後の顔で。
「私は、生んでくれた人にすら、要らないと言われた子供です。そんな私を大切だと言ってくれたのは、この世界でたった一人だけ。そんなお母さんを置いて、裏切って。私一人だけがどこかに行って楽しく暮らせたとして、でもそれって、本当に幸せなことなのかなって考えたら・・・・・・。ダメですよね。やっぱりそれは、望んではいけないことなんです。私は、私のことを大切に想ってくれる人のために、ここにいるべきだと思うんです。もしもそれで、この先ずっと歌うことを諦めなければならなくても。いつか本当に一人ぼっちになってしまうとしても、やっぱり、私はそうするべきだと思うんです」
「・・・・・・そう」

『やりたいと望むことを我慢して圧し込め続けていれば、いずれ、何かが壊れる。今度こそ、最も不幸な形で』
(ねえ、カリム。キミはこれまで、大勢の人間と魔物を見てきたから。悲しいことだっていっぱい見てきたはずだから、そんな風に言いたくなるんだよね。でも、それじゃあ、大切な人のためなら何だって出来る、好きなことを諦めて構わないって覚悟を、キミは間違いだと言ってしまうの? ボクが決心したことも? ううん、それよりもキミ自身の生き方を、キミは否定してしまうつもりなの? 見ててよ。イリィをそんな結末には、ボクがさせないから! だから・・・・・・)

「イリィ」
 アシェルは自分の小さな両手で、髪留めを載せたままのイリィの両手を、外側から包み込むようにしっかりと握りしめた。
「返してくれてありがとう」
 いつもの能天気なまでに明るい顔で、ニコーッと笑ってイリィを見上げる。
「で、改めて。これはイリィが持ってて!」
「だ、ダメよ、そんなの!」
「ねえ、聞いて!」
 驚き困惑して声を尖らせるイリィを、アシェルは持ち前の強引さで制すると、一転、小さな子供を諭す優しい顔になる。
「あのねイリィ、このままサヨナラしちゃっても、もう二度と会えなかったとしても、傍で力になってあげられなくても、それでもボクはイリィの味方でいるから。それだけは忘れないで欲しいから。その印に持っててよ。ホントにただ持ってるだけでいいから、ね!」
「でも・・・・・・」
「どうしても困るって言うなら、それはボクじゃなくて、カリムに返してあげて。明日でも、何日後でも、何年後でも、何十年後でもいいからさ!」
「だって・・・・・・」
「ボクがそうして欲しいんだ。ね、お願い!」
 真剣なアシェルに、イリィは心底困った顔をする。
「ねえ、どうして? 私、色々してもらうばっかりで、アシェルに何もしてないのに・・・・・・」
「そんなことないよ。イリィは会ったばっかのボクたちのために、一生懸命になってくれたじゃない。アシェルのためにそんなにしてくれた人なんて、他にいないよ。それじゃダメ?」
「・・・・・・」
「ボクの気持ち、イリィなら解ってくれるよね?」
「・・・・・・でも、私なんかじゃなくっても、アシェルにはカリムさんがいるし、」
「うん。もちろんカリムはボクの一番だよ。だからって、他はどうでもいい、なんてことにはならないでしょ? イリィにはお母さんが一番。でも、心のトモダチがいたって、それは全然悪いことじゃないんだよ!」
「だって、そんな風に言われたら、期待しちゃうじゃないですか・・・・・・せっかく、諦めようって決めたのに、私・・・・・・」
「うん。いいじゃない」
「いいの? 本当に?」
「うん、本当に!」
「じゃあ、もう少しだけ。次に会う時まで」
「ありがとう!」
 途端にアシェルはパッと明るい笑顔になる。
「じゃ、早く行ってあげて。お母さんが待ってるよ。それまでここで見ててあげるから」
 イリィは小さく微笑んで、コクリと頷く。
「元気でイリィ!」
「ええ。アシェルも」
 その言葉と同時に。名残を振り切ってパッと駆け出したイリィは、途中一度だけ振り返ってアシェルに手を振ってから、「ただいま」の声とともに小さな家の中へと駆け込んで行った。



 イリィの姿が家の中に消え、バタンとドアが閉じる音が聞こえるまで、その場で手を振り続けていたアシェルは。
「さて、と?」
 人差し指を頬に当てながら、可愛らしく小首を傾げる。
「もしかして、ボクってヤなヤツ、かな?」
 あまりにも堂々と、いい加減なことを言った。
 アシェルにしろカリムにしろ、何十年後どころか明日さえ、確かにこの世界に存在していると断言出来はしないのに。
「でもイリィのためにも、これでいいんだよね。ああでも言わないと、髪留めを持っててくれそうにないし、あげるなんて言ったらそれこそ完全拒否されそうだったし。それに、ボクが存在する限り味方でいるってのは、少なくとも嘘じゃないし・・・・・・」
 一つ大きく頷いてからアシェルは、イリィの入って行った小さな家をまじまじと見る。
「うーん、どーしよっかなー?」

『言っておくが、変な天使の相手をするよりむしろ、あの娘に近づく方が危険かも知れないんだぞ』
『大丈夫、判ってます!』
『村には、』
『絶対近付きません!』
『くれぐれも、』
『気をつけます!』
『何か、』
『あったら即、キミを呼びつけます! 遠慮なく!』
 とは、少し前に遺跡の屋根の上でカリムと交わした会話だったが。
「でも、このまま戻ったんじゃあ、何も解らず仕舞いなんだよねー。それに、イリィのお母さんがどんな人なのかも興味あるし・・・・・・」
 都合のいいことに、村の周囲に巡らされた結界のトラップは、あの変な天使の青年が引き付けてくれている。
「まあ、魔物の結界なんて、このボクにとっちゃ全然大したコトないんだけど、ね・・・・・・」
 アシェルの緑色の目が、一瞬、キラリと光った。



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