小説『赤い渚に浮かぶ月』
作者:UMA.m(UMA.mのブログ)

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 第26話 嵐の中 



 一斉に牙を剥く羽根の刃、その全てを躱し切ることは不可能だった。
 刃に切り裂かれた四肢から、ぱっと赤い飛沫が飛び散る。
 肩口を貫いた鋭い痛みに、カリムはギクリとして目を見開く。 
 傷を押さえた手の平に、べっとりとした感触。
 腕を伝い落ちる、ぬるりとした感触。
 だが、カリムの視線は真っ直ぐ前に向けられたまま、微動だにしない。
 そこには先刻と寸分変わらない、心をどこかに置き忘れて来たかのように立ち尽くしている、イリィの姿。
(大丈夫・・・・・・)
 カリムは詰めていた息を吐き出す。その口元が、ハッキリと笑みを刻む。
(大丈夫だ。あの娘は無事でいる。傷ついたりなどしていない)
 ここにはもう、誰彼構わず襲い掛かるような凶悪な羽根は存在しない。

 通常の羽根は、羽根使いが敢えて命じない限り、人間を標的にすることはない。
 だが、完全に攻撃型に特化したカリムの羽根に、その常識は当てはまらない。
 常に大きな曲刀の形状に具現した状態にある羽根は、その外見に違わず、カリムが少しでも気を抜こうものなら簡単に手綱を振り切ってしまいかねない獰猛さを持っている。
 普段は抑えていられるが、ひとたび攻撃を受けようものなら、その猛り方は凄まじい。獲物を求める猛禽のように、喜々として躊躇なく、敵を定めて襲い掛かる。
 相手が魔物だろうが、人間だろうが、同じ羽根使いだろうが、そんなことには一切構わず。
 カリムのものでありながら、カリムの意志などまるで顧みもしない。
 道具と呼ぶには、あまりに凶悪な力。
(だが、あんなものはとっくに捨てた。もう何も心配ない。なのに・・・・・・)
 カリムの表情から安堵の笑みが消える。そして、感情の伺えない硬質なものへと。
(・・・・・・気分悪ぃ。未だに俺は、それを一番に案じるのか? それじゃまるで、羽根に何かを期待してるみたいだろ! 冗談じゃない、全く、冗談じゃないぞ!)

『・・・・・・ありがとう、わたしのはね・・・・・・いままでずっと、いっしょにいてくれて・・・・・・』
 カリムの脳裏に、守護者の声が甦る。
「全く、冗談じゃない。その羽根こそが、お前を・・・・・・!」
 吐き捨て、カリムは拳を握り込む。
 ここで激昂するわけにはいかない。
 暴走する羽根の支配する空間で、敵意を顕わにすることは自滅行為だ。
 だが。
「? どうした。何故二撃目を放って来ない」 
 主の支配を離れ、主を取られまいと攻撃に転じた羽根に対し、カリムは僅かにも退いてはいない。気が挫けたわけでもない。
 それなのに、威嚇から攻撃に出ておきながら、畳み掛けもせず遠巻きにするなど。
 まるで、カリムを傷つけてしまったことに、戸惑ってでもいるかのように。
「だったら、大人しく主を放せ。そうしたところで、別にお前から引き離そうってわけじゃない」
 と、言って通じるものでもないだろう。何か、別の角度から仕掛けてくるつもりか。
 警戒しつつも、カリムは再びイリィの方へ、圧し潰されそうなほどの呪圧の源へ向かって、その手を伸ばす。
 直後、あらぬ方向からの突風が、カリムとイリィとの間を駆け抜けた。
「!?」
 咄嗟に身構えたカリムだが、それ以上何かが起こる様子はない。少なくとも直接攻撃はなさそうだ。
 目の前のイリィの姿も、変わらない。
 いや。
 目に見えているものは同じだが、先刻までとは決定的に何かが違う。奇妙な、違和感。
「・・・・・・やってくれる」
 イリィの姿に、実体としての存在感が伴っていない。
 イリィの気配自体が消えたわけではなく、羽根の支配するこの空間の、遠く、近く、強く、弱く、灯っては消える蛍火のように、頼りなく曖昧だ。
 しかも、アシェルがイリィに持たせた目印の気配までもが、見事に消え去っている。
「隠れんぼのつもりかよ。ったく面倒なことを」
 ウンザリと、カリムはつぶやく。
 羽根がやっていること自体は単純だが、直接攻撃を受けるよりも、ある意味ずっと厄介だ。
「諦めて去れ、というわけか。まさかそれで通るとでも?」
 カリムの蒼い瞳が、挑戦的に細められる。
 腕の先から伝い落ちた赤い滴が、地に届く前に風に煽られて、何処かへと舞い散った。
 


 息を詰めてカリムとイリィの様子を見守っていたアシェルは、ふと、自分の周りを探るように見回した。
「風の吹き方が変わった?」
 強風の合間にほんの僅か、風が途切れる瞬間がある。
「羽根が起こしてる風だもんね。カリムに気を取られて、他まで気が回らなくなったかな? ・・・・・・今なら! イリィのお母さんの所まで行けるかも。あんな羽根の近くにいたんじゃ、いつまた危なくなるか判らないもんね!」
 一つ大きく頷くと、アシェルは風の止むタイミングを見計らいながら、ぐったりと倒れ伏している女性に向かって、そろりそろりと慎重に移動し始めた。
 アシェルの思った通り。カリムがイリィに近付くにつれて、風のうねりは更に不規則に、そして間断の差も大きくなっていく。
「でも、羽根が動揺なんかするのかな? 暴走ってのは、癇癪起こした子供みたいなモンでしょ? 気が治まるまでとにかく暴れるぞ、みたいなさ? それともイリィちゃんの意識が戻り始めてるとか? だったらいいんだけど・・・・・・」
 祈るような目で見守る中、カリムはゆっくりと、だが確実にイリィとの距離を詰めていく。カリムの髪が、荒れ狂う風を受けて激しく波打っている。
 普通の人間であれば立ってもいられないだろう空間で、真っ向勝負を挑みつつも、羽根から受ける呪圧を可能な限り受け流している。それは羽根の特性を熟知した者にしか出来ない芸当だ。
「がんばれ! あとちょっと!」
 思わず呟いた、次の瞬間。
 アシェルとカリム達の間を分断するように、逆方向からの突風が駆け抜けた。
 たまらず両手を顔を庇い、固く目を閉ざしてやり過ごしたアシェルが、次に顔を上げた時。
「カリム! イリィ!?」
 二人の姿が無い。見えない。
 嵐の中心に濃い霧の柱のようなものが出現し、二人の姿はその奥に飲み込まれてしまっている。
「羽根の状態が変化した!? やっぱり、ただの暴走じゃないってこと? カリム!」
 最強の退魔法具の直接攻撃にあえば、羽根を持たないカリムになすすべはない。羽根は、炎の結晶を破壊出来る。
「待っててカリム、今・・・・・・」
 咄嗟に両手を伸ばして空間に干渉しようとしたアシェルは、すんでのところでそれを思い留まった。
「ううん、カリムはそう簡単にどうにかされたりしない。羽根だって全力で攻撃するつもりなら、こんなまどろこしいことはしないはず。それに、イリィはカリムのことが・・・・・・だから、イリィの羽根が簡単にカリムを殺そうとなんて、するはずがない・・・・・・」
 アシェルは両手を胸の前で強く強く握り込んだ。 
「カリムは任せろって言った。なのにボクが、今、闇雲に手を出したりしたら・・・・・・カリムを邪魔しちゃうことになる」
 イリィにはもう時間が無い。一刻も早く羽根を抑えなければ、その命に深刻なダメージを残してしまう。魔物の力を持つアシェルが不用意なことをすれば、それだけイリィの羽根を刺激してしまう。
「カリムはきっと、全力でイリィを助けようとしてる。諦めて引き下がろうなんて、考えようともしないんだ。だから、ボクが足を引っ張るわけにはいかない・・・・・・いかないけど!」
 アシェルはキッと顔を上げた。
「そう長くは待たないよ! 言ったよね? ボクはもう絶対に、キミをただ見送るなんてしないんだから! 邪魔になろうが知るもんか! ボクがカリムとイリィを探してやるんだ!」
 決意も新たに、アシェルは前を見据える。
「まず、イリィのお母さんを助ける、それからだ!」 
 逆巻く風は、まだ治まる気配を見せない。



(っざけんあよ、あン野郎ぉぉぉーっ!)
 そんな内心の怒声をおくびにも出さず、フェグダは精一杯の愛想笑いを顔に貼り付かせて立っていた。
 ざわめく村人達を前にして。
「あのぉ、俺はアヤシイ者じゃありませんから。本当に、決して、」
 だが、数歩分離れてフェグダを取り囲んでいる村人達の目は、あからさまな不信感にあふれている。
 それも無理はない。
 何の前触れも無しに村を襲った激しい嵐に、広場で祭りの準備の最中だった村人らは、村で一番大きな建物である聖堂兼寄合所に緊急避難してきたところだった。
 窓という窓を閉めて戸締りして、やれやれと一息ついたそこに、見も知らない他所者が混じっていたとなれば、警戒して当たり前。
 この状況を考えれば、村に災厄を呼び込んだ張本人として吊し上げられたって文句は言えない。むしろ暴風の中に無情に放り出される程度で済めば御の字。そんな一触即発の、緊迫感に満ち満ちた場面である。
(それもこれもあれもどれも! 全部あの野郎のせいだってーのに、ヒトのこと放っぽり出して一体どこ行きやがった! てか、俺に何しやがったんだよ?)

 そう。ほんの一瞬前まで、フェグダは村を見下ろす丘の上にいた。
 何だかんだあったものの、厄介な瘴気もサッパリ晴れて、呑気なほどに穏やかな昼下がりの日の下。
 ところがだ。
 あの野郎がバラ撒いた護符の回収も終わってやれやれと思った時、妙な緊迫感を伴う風が吹き抜けた。
 その直後にあの野郎がいきなりフラッと前のめりに倒れかけて、思わず手を差し伸べちまいそうになって、待てよそんな義理ねーだろと思い直したところに、引っ込め損ねた腕をあの野郎に掴まれて、思いっきり強く引っ張られて、逆にこっちが転びそうになってたたらを踏んで、何とか踏み止まって、盛大に文句言ってやろうと目を上げたら、そこは何と村のド真ん中の広場で、あの野郎はきれいサッパリ掻き消えていて、しかもいきなりドバーッと強風が襲って来て、考える間もなく駆け出した村人達の後について飛び込んだのがここだった。
 閉まりかけた扉越しに、広場に組んであった櫓がバラバラになって吹き飛ばされるのが見えたから、本当にギリギリセーフだ。
 胸を撫で下ろしたところで、近くにいたチビが『誰だコイツ!』とフェグダを指さして大声を上げた。
 そして、現在に至る。
 村人達の視線の集中砲火を浴びながら。
(やめてくれねーかな、もう! 状況聞きてーのはこっちだっての! いや、待てよ? この妙に羽根が絡んでるっぽい怪しさ満点の嵐は、もしかして村に着いた時に一瞬感じた、あの羽根のもんじゃねーのか? 先刻消し飛ばした瘴気にしたって、本体倒したワケじゃねーし。ってことは、やっぱりあの野郎が絡んでやがるんじゃねーか! つまり、俺を足止めするためにワザとこんなトコに放り出しやがったんだな! 今度会ったら覚えてろよ!)
「おいテメー! どこの何者で何しに来やがった!? ヘラヘラしてねーでとっとと喋りやがれ!」
 微妙な膠着状態を破ったのは、村人の輪から飛び出して来た少年の、威勢のいい啖呵だった。
「こ、これ止めなさいコリオ!」
 無鉄砲な少年を慌てて制したのは、目が細くて恰幅のいい中年オヤジだ。
「何だよ村長! 居るんならノンビリ見てないでちゃんと仕事しろってんだ!」
 少年を睨みつけてから、その男はオホンと一つ咳払い。
 それを合図に、コリオと呼ばれた少年は、いかにも農作業で鍛えましたといった風体の男らによって、ぽいっと後ろにつまみ出される。
「何しやがんだクソオヤジ!」という少年の抗議は、あっさりと無視される。
 少年に代わって村人の輪の前に出た肉体派の男らは、村長の号令一下、不審者をつまみ出す気満々だ。
 応援を得た中年オヤジは、満足そうな笑みとともに、フェグダの方に向き直る。居丈高に。 
「失礼した。私は村長のオーリーという者だが、」
「おお、あなたが村長殿か! これは丁度良い!」
 演説をぶとうとする村長を遠慮なく遮って、フェグダは芝居がかった声を上げた。
(こーなりゃヤケクソだ!)
 腹を括ったフェグダは、大仰な仕草で一同を見回す。
「いきなりの来訪により、皆を騒がせたことを詫びる。私はフェグダ・ノル。白亜の塔より遣わされし者だ!」
 権威とは、利用したい時に利用するために存在する。
 ついでに、証拠にと掲げてみせた身分証のメダルは、正真正銘本物だ。
「こ、これは! では貴方は白亜の塔から降臨なされた天使様であらせますか!?」
 思わぬ急展開に、シンと呆けた空気の中で、それでも一番に立ち直ったのは、細い目をピクピクさせた恰幅のいい男だった。
 村長の名は伊達ではないらしい。権威に敏感だという意味で。
「天使様だって!?」
 村人らのヒソヒソとしたざわめきは、やがておおーというどよめきに変わる。
「う、うむ。偶然この地に立ち寄ったところ、この嵐に遭遇した。これは自然に発生したものではない、何らかの呪術によって起こされたものだ。もしや原因に心当たりのある者はおらぬか?」
「おお! 何と!」
「では貴方様は、この地の災いを除きにおいで下さったのですね!」
「ありがとうございます天使様!」
「え? いや、誰もそこまで言ってねーし」
 一足飛びに進んだ話に、訂正を試みようとするフェグダだが、どうやらもう手遅れのようだ。
「聞いたかみんな! 白亜の塔の天使様が、我々を救いに来て下されたぞーっ!」
 たちまちわああっという歓声が上がり、遠巻きの警戒モードから一転、フェグダは押し寄せる村人たちに完全に取り囲まれた。
 彼らの目はキラキラと眩しいほどの期待に輝いている。
「あー、いや、もー、取りあえず何が起こってるのか、説明出来るヤツ誰かいないか?」
 こうなればヤケクソついでだ。
 フェグダは村人達を落ち着かせるように両手を上げると、改めて全員をぐるりと見回す。
「はい、天使様! 実は・・・・・・」
 と、誰かが口を開いた、その時だ。
「あー!」
 村人たちの後方で大声を上げたのは、先刻一番にフェグダに詰め寄ってきた、コリオという名の少年だ。
「どこだジーロ返事しろ! おい誰か! ジーロ見てないか!?」
 一同ざわりと辺りを見回し、
「いないぞ!」
「まさか、逃げ遅れたのかい?」
「この嵐の中で・・・・・・」
 ざわめきの中、閉ざした扉や窓のみならず、建物全体がぎしぎし揺れる。いかにも不吉といった様子で。
 示し合わせたように、人々の目が一斉にフェグダに注がれる。
「・・・・・・だから、何がどうしたって?」
 諦めたように両手を上て、フェグダは少年の方を見やった。



「で、そのジーロって子供が、この嵐の中に出てったって?」
「きっとイリィんとこに行ったんだ! あいつ、イリィのことになると見境ないから、いつもみたいに軽い気持ちで・・・・・・おいお前ら放せよっ! 早く探しに行ってやらなきゃならねんだから!」
「無茶だよコリオ! 嵐相手にスゴんだって通じねーよ!」
 威勢の良いコリオだが、仲間と思しき少年二人と、加勢に入った筋肉オヤジに力いっぱい押さえつけられては、さすがに逃れようがない。
「いいから放せよクソオヤジ!」
「いやダメだ! ジーロは俺が探しに行く!」
「だったら俺も行く!」
「そんなワケにいくか! お前にもしものことがあったら母ちゃんに言い訳が立たねえ!」
「何ハズカシイこと言ってやがんだコラ!」
(ったく、何なんだ、この三文芝居は。美しき家族愛ってか?)
 イラつく気分を顔に出さないよう努力しつつ、フェグダは思考を切り替える。
 そうだ、そんなことよりも。
「おいお前、イリィって言ったか?」
「あ? ああ・・・・・・」
 それはつい先刻、遺跡まで(結果的に)案内してくれた少女の名だったはず。
 しかも、少年がその名を出した途端、村人たちの雰囲気がぎこちないものに変わった気がする。
「そのイリィって娘に何かあるのか?」
 それに対して、村人たちは一様にシンと黙り込み、村長へと視線を向ける。
「・・・・・・それは、あの、村はずれの小屋に住まう、憐れな境遇の娘でして、その・・・・・・」
 仕方なさそうに口を開いた村長も、すぐに言葉を濁してしまう。
 フェグダが村人達を見回せば、今度は誰もがきまり悪そうに目を逸らす。
 彼らの態度に見え隠れするのは、怒りと、恐れと、何よりも強い罪悪感・・・・・・。
 それは、フェグダの知らぬものではなかった。
「つまり、この嵐の原因はその子かも知れない、と言いたいわけだな」
「・・・・・・」
 フェグダの問いに対し、言葉を発する者は一人もいない。が、それ自体が何より明白な答えだ。
(通りで。村の案内を拒否るワケだ)
 あの時の少女の何とも言えない困惑顔が、フェグダの脳裏に蘇る。
 村という集団の中で、一人。
 それは誰もいないところで一人でいるよりも、はるかに孤独だ。そう言ったところで、経験したことのない者には、決して解らないだろう。
(それより! これにあの野郎が関わってるとなると、イリィちゃんが羽根使いってことでガチだよな。なのにどうして塔の天使だって判ってる俺が邪魔にされるんだよ? あの野郎、ホントに塔を裏切ったってのか? じゃあ、一体何やろーとしてやがるんだ? それってもしかして・・・・・・! おいおいおい! こんなトコでノンビリ静観してる場合じゃねーぞ!?)
 ぐるぐる思考を巡らせたフェグダは、一つの結論に達してキッと顔を上げる。
 ちょうどいい口実もある。
「わかった! そのジーロって子供は、俺が探して来てやるよ!」
 その途端、シンとしたままフェグダを見ていた村人達は、待ってましたとばかりにおおーっとどよめいた。
 虫がいいと言うか、何と言うか。
(・・・・・・ま、いいけど、こー、何だかなー)
 村人らの為に行くわけではないとはいえ、軽く脱力気分に陥ってしまいそうなフェグダである。
「待ってくれ! 俺も行く!」
 村人のどよめきに負けない大声で主張したのは、少年らを蹴倒し、オヤジに一発食らわして羽交い絞めを振り切ったコリオだった。
「ジーロもだけど、イリィのことも放って置けない! 他の奴らはイリィのことなんか気にも止めやしねーんだ。だから俺が行かないと! それにあんた、道案内がいねーとイリィの家がどこだかも判らねーだろ!」
(意外とモノ考えてるんだな、コイツ・・・・・・)
 騒がしいだけかと思いきや。真剣そのもののコリオを、フェグダはちょっと見直した。
 が、それとこれとは別の話。
「では、こっちに来い。お前にはやってもらいたいことがある」
「おう!」
 勇んでフェグダの前へとやって来たコリオは、大暴れしたせいであちこちボロボロになっていた。
「これを部屋の四隅に置いて来い」
 と、フェエグダが手渡したのは、先刻の瘴気騒ぎで破損を免れた分の護符だ。
「・・・・・・あ?」
「この建物全体に結界を張る。俺が外に出ても、建物が壊れないようにする為だ」
「よし解った!・・・・・・これでいいか?」
 フェグダはコリオが教会堂の四隅を回っている間に、手近な村人に燭台を持って来させた。
「さて、お前に重大な任務を与える。結界が崩れないよう、この蝋燭の火を見張れ」
「な!? 話が違うぞ! 連れてってくれるんじゃねーのかよ!」
 当たり前だ。
 酔狂にも羽根絡みだと予想出来る嵐の中に突っ込もうと言うのだ。自分一人でも十分危ないというのに、他人を守りながらなどキッパリごめんである。
「あー、言っておくが、俺が出てってからドアだろうが窓だろうが、ちょっとでも開ければ即、結界は崩れる。それで建物が壊れてみろ、こにいる全員、どうなっても知らないからそのつもりでな!」
 フェグダはバシッと宣言して、不満そうなコリオを黙らせる。
 村人全員の安全がかかっているとなれば、いくらコリオが無鉄砲でも、そうそう下手なマネは出来ないだろうし、馬鹿をしでかそうにも村人達が全力で阻止するだろう。
「ありがとうございます天使様。ジーロのことをどうかよろしくお願いいたします! そしてきっと、この村をお救い下さい!」
 ハッキリ言って、こんな村などどうということはなかったのだが。
「・・・・・・もちろん! 任せておくが良い!」
 ムサい連中のかわりにすすすっと進み出て来たカワイイ女の子たちに期待のうるうる目で見つめられるのは、まんざらでもなかった。


 
「チクショ。頭がガンッガンする・・・・・・」
 いつの間にか風は凪ぎ、辺りには濃い霧が立ち込めていた。さら雪を細かくしたような、濃密な白い霧。その微細な一片一片が羽根の具現であり、敵意も顕わなその中に身を置くことは、肉体を苛まれる以上に精神をギリギリと圧迫される。
 嫌なものを全て振り払いたい気分で悪態をついたカリムだが、もちろんそんなことが出来るはずもない。
(どこだ、どこにいる?)
 地面を踏んでいる感覚はあるのだから、異空間に放り込まれるまでには至っていないはず。
 だが、他者の羽根の支配が優勢なこの状況で感覚を解放することは、神経を炙られるような苦痛を強いられる。
 それにも増して、感覚の先に触れるイリィの気配は、捉えたと思った瞬間には忽然と消失し、全く別の所に再び出現する。それが囮であることは判っていても、集中をかき乱す効果は十分だった。
 らちの開かぬ状況に、じりじりとした焦燥感だけが募る。
(これだけ探して目印すら見えないってのは・・・・・・)
 あの髪留めの赤い石はカリムにとっては目印だが、それ自体に何らかの呪力が込められているわけでもなければ、他者にとって呪的な利用価値があるわけでもない。
 そんなものに、羽根が警戒を払ったとも思えない。
(あの娘を別次元に切り離して封じでもしたか? まさか、主を得たばかりでマトモな発現も覚束ない羽根に、そんな器用なマネが出来るものか? だが、このままではこっちが消耗するだけだ。何か他に、道を探る目当てになるものは・・・・・・)
 と言っても、昨日会ったばかりで良く知りもしない少女のこと。早々いい手が浮かぶわけもない。
(まだ、試していない方法・・・・・・)
 一つ、ある。
 今となっては、それも多分に不可能に近いことだが。
 試してみることだけは、可能な方法が。
 羽根があれば・・・・・・こんな空間など一撃で粉砕出来る。その上で、イリィを見つけて、正気付かせて。それでも暴走が治まらないなら、強引にでも干渉してねじ伏せる。
 たったそれだけの、簡単なことだ。
 イリィの身に多少のダメージはあるだろうが、命を丸々削られるのに比べればずっとマシ。
 羽根を、呼び戻しさえすれば。

『・・・・・・ありがとう、わたしのはね・・・・・・いままでずっと、いっしょにいてくれて・・・・・・』 
 繰り返し脳裏に甦える、守護者の最期の心の声。

 不意に、ズキリと胸中に走った痛みに、カリムは溜まらず膝を折った。
 鼓動が早鐘を打ち、耐え難い息苦しさが襲い掛かる。
(・・・・・・これは怒り、憤りの感情なのか? 何故そんなものを、この期に及んで・・・・・・)

 羽根とは何か?
 何のために、存在するのか?



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