小説『赤い渚に浮かぶ月』
作者:UMA.m(UMA.mのブログ)

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 第30話 夜明けの歌 



「おはようございます、フェグダさん!」
「おわあ! っとっとっと・・・・・・!」
 完全に周りがお留守だったフェグダは、声をかけられたはずみに、持ったままでいた通信珠をお手玉してしまう。
「あ、危なかった・・・・・・」
 地面に落ちる寸前でどうにかキャッチに成功したフェグダは、ホッとすると同時にがっくりとその場に脱力する。
「ご、ごめんなさい。そんなにビックリさせちゃうなんて思わなくて・・・・・・」
「い、いや、ちょっと考え事してたもんで・・・・・・・てーかイリィちゃん、その格好・・・・・・・?」
「ええと、やっぱり変ですか?」
「や、そーゆうことじゃなくってさ、それ、ひょっとして旅支度?」
「ええ、そのつもりですけど」
「何でまた急に・・・・・・」
「そう言うフェグダさんだって、こんな朝早くに荷物まで持って。みんなに捕まらない内に、コッソリ出発するつもりじゃないですか?」
「まあ、実はそのつもりだったんだけどさ・・・・・・色々事情を押し付けてくるヤツがいて、予定を変えたってーか」
「・・・・・・ちょっと意外です」
「あ?」
「あなたは人当たりは良いけれど、実はもっと自分の事情を優先させる人じゃないかって思ってましたから」
 大人しげな娘だとばかり思っていたイリィが、そんな風に他人を評すとは、何だか意外だ。
「・・・・・・イリィちゃんこそ。確かに俺は羽根使いは塔に行かなきゃなんないって言ったけどさ、何もそこまで急ぐ必要は無いんだぜ? おふくろさんはもう気が付いたんだっけか? にしたって、まだあんま話せてないんじゃね?」

 あの大嵐の日から、イリィは母親と一緒に村長の家の離れに間借りしていた。
 あちこち壊れてしまった小屋は、村のみんなが、もっといい家に建て直すと約束してくれた。
 それだけでなく、親身に世話を焼いてくれたり、妙に同情されてしまったり、頼むまでもなく先回りしてお母さんの介抱をしてくれたり、踊りの輪の真ん中に連れて行かれて歌をせがまれたり・・・・・・。
 それもこれも、イリィは村に舞い降りた天使で、母のイサラは魔物の災厄を身を持って押しとどめた功労者。何がとう転んだのか、いきなりそういうことにされていて、今まで疎んじていた負い目もあってだろう、村人たちは完全に貴人を遇する姿勢でイリィに接してくるのだった。
 手の平を返したような村人たちの態度に困惑するしかなかったイリィが事情を知ったのは春祭り当日、同じく主役に据えられたフェグダから、話を聞くことが出来てである。
 その夜だ、お母さんが目を覚ましたのは。
『ごめんね、イリィ。お前のことを、ちゃんと守ってあげられなくて』
 お母さんはイリィの手を握るや、開口一番にか細い声でそう言った。
『そんな、お母さん。私こそ・・・・・・』
 だが、お母さんは緩く首を振って、言い募ろうとするイリィを遮った。
『お前には言っておかないといけないね。・・・・・・本当は、お前がもっと大きくなって、お前を大事に守ってくれる人が現れた時に言うつもりだったけど・・・・・・』
 そうして、お母さんは語り始めた。

 縁あって村を遠く離れた街に嫁いだこと。
 ある夜、その街が大火に見舞われて、夫と、まだ小さかった坊やを亡くしてしまったこと。
 何日も焼け跡を彷徨い、自分一人が生き残ってしまった罪悪感に責め苛まれる彼女の前に、突然、女神さまのような人が現れたこと。
 傷ついていた女神さまは、腕の中の小さな赤ちゃんを託して、どこかに去ってしまったこと。
 そのすぐ後で、悪魔のような黒服の一団が、女神さまを追って行ったこと。
 小さな赤ちゃんを守る為に、身内は誰もいないと知りつつも、生まれ故郷の村へ帰って来たこと。
 それからもう二度と、女神さまにも悪魔の群れにも出会ってはいないこと。
『そんな・・・・・・通りすがりの人のために、お母さんは私を育ててくれたの? どうして・・・・・・』
『違うんだよ、イリィ。あの方は、私に希望を与えて下さった。あのお方の言葉はよく解らなかったけれど、お前を頼むと何度もおっしゃっていたことだけはよく解った。だから私は、命に代えても守ると誓ったんだ。何も迷うことは無かったよ。あの時、本当に心から、私はそう願ったんだから・・・・・・』
 その光景を思い浮かべているのだろう。お母さんは目を閉じて、うっとりと優しい表情を浮かべた。
『あの方を追って行ったあの悪魔どもと、その先頭に立っていたあの女。あいつらのことは、片時も忘れたことが無い。あいつらからお前を守れるのなら、どんなことをしたっていい・・・・・・でも、もう、そういうわけにはいかなくなってしまったようだね』
『そんなことない! 今度は私がお母さんを守るよ、今までの分も、ずっと!』
『それはいけないよ。お前は私なんかのために、縛られたりしちゃいけない』
『縛られるだなんて、思ってない!』
『ああ、分かっているよ。お前は優しい子だから。でもね、聞いておくれ、私のイリィ。私の大切な天使さま。お前はもう、私がいなくても大丈夫、どこまでだって飛んで行けるよ』
『行かない! 出て行ったりしない! 私はお母さんと一緒に居るんだから! この村で、ずっとずっと・・・・・・』
『だめだよ、イリィ。お前はこんな村で終わっちゃいけない。もっともっと広い世界で、幸せにならなきゃね。広い世界で、お前の大好きな歌を歌って、みんなを幸せにしてあげなくちゃ。そしてもしも、あの方に会うことが出来たら・・・・・・お前と暮らせて幸せだったって、伝えてくれるかい? 私のことは心配要らない。何しろ天使さまの育ての親だ。村の者だって無下になんかするものかね』
 そう言って、お母さんは笑った。
 娘に心配させまいとする、強かで優しい笑顔だった。
『大好きよ、お母さん! 私も、お母さんみたいに強くなりたい・・・・・・』
『何を言っているの。こんな優しいお前だもの。私なんかよりもっと強くなれるよ。私はね、お前の幸せを願ってここで暮らすよ。だからもう泣かないで。今だけは私のために歌ってくれるかい? そう言えば、ずいぶん長い間、お前の歌を聞いていなかった気がするよ・・・・・・』
 イリィは頷いた。涙でうまく声が出なかったから、代わりに何度も頷いた。
 涙が治まって、泣き声でない声が出せるようになるまで。明るく元気な声だけを、ずっとずっと、お母さんに覚えていてもらえるように。



「・・・・・・不思議ですね。物心つく前からずっと一緒に暮らしていたのに、昨夜の数時間の方が、今まで一緒にいた時間よりずっとずっとたくさん話が出来た気がします」
「そりゃあ良かった。けど、塔に入っちまったら、そう簡単には帰って来れなくなるんだぜ? 今の内に精々孝行しといた方がいいんじゃねーの?」
「そうしたいけど・・・・・・それはお母さんが許してくれないと思います。私に出来るのは、お母さんとの約束を精一杯守って、どこに行ってもがんばることですから!」
 気合十分の握り拳で、イリイは明るくなり始めた空を仰ぐ。
「ま、まあ、それは分かったけど。ほら、村の連中とのわだかまりも解けたことだし、トモダチとだってもっと話すことがあるんじゃないのか? 祭りの間はそんな暇無かっただろうしさ。送別会とか、見送りとかも、色々と」
 何で俺がそんな心配しなきゃならないんだと思いつつ、フェグダは更に言葉を重ねる。
 別にイリィが村を出るのを反対しているわけではないし、むしろ自分からその気になってくれるのは説得する手間も省けて好都合なのだが、苦労した末にようやく村の一員として受け入れられながら、それをどうしてあっさり手放してしまえるのか。正直フェグダは、理解に苦しむ。
「・・・・・・私が天使だって知って、みんなは私のことを大事に、本当に大事にしてくれるようになりました。でも私が望んだのは、村のみんなともう一度仲良くなることだったんです。村の一員として」
 少し寂しそうに、イリィは微笑む。
「だけどその望みはもう、かなわなくなってしまいました。私が、特別な存在になってしまったから」
 祭りの間中、ジーロやコリオを含め同年代以下の子供らは、無礼があってはいけないからとイリィから遠ざけられてしまっていた。
 もっともジーロに限っては、隙を見て窓からこっそり会いに来ては大人たちに見つかって追い払われたりしていたが、さすがにコリオの方はそこまで大胆にはなれなかったようだった。
「村のみんなには申し訳ないけれど、同じ旅立つのなら、私はお母さんの娘の、ただのイリィとして旅立ちたいんです。それが私の、最初で最後のわがままです。ダメですか?」
「い、いや、ダメじゃねーけど。そりゃ、全然!」
 たとえそれが超の付く無理難題だったとしても、綺麗な紫色の瞳でじーっと見つめられた日には、ダメと言える男などいるはずがない。少なくともフェグダの知る限りは。
「・・・・・・ったく、意外はこっちだぜ。まさかイリィちゃんがそんな確りしてる子だとはね。最初はもっとこー、流されタイプなよーに見えたってーかさ」
「いえ。きっとその通りでしたよ。でも・・・・・・お母さんだけでなく、私のことを信じてくれた人がいましたから」
 真昼の青空のように晴れ晴れとした顔で、イリィは笑った。
「それってもしかして・・・・・・」
 あの少年と赤毛のチビ、という言葉を、フェグダは飲み込む。
「私、お礼さえまだ言ってないんですよ。なのに知らない間にいなくなってるなんて、ヒドいと思いませんか? カリムさんもアシェルも」
「・・・・・・まさか、あいつらを追っかけるつもりか?」
「はい!」
 無邪気なほどあっけらかんと応えられて、フェグダは思わずたじろいでしまう。
「そんな簡単に・・・・・・あいつらが村を出てったのって、例の事件の直後だぜ? 今から追っかけて間に合うなんて保証は、」
「だからノンビリしてる場合じゃないんです。早く出発しなきゃ!」
「や、そーゆーことじゃなくてだな。てか、俺もか?」
「だって、フェグダさんもそのつもりだったんでしょう? それが二人一緒なら、幸運だって二倍になるかもって思いませんか?」
「・・・・・・」
「ダメですよ。いつまでも迷ってたら、チャンスの女神さまに愛想尽かされちゃいますよ」
「それ、妙に説得力あるなー。正論かどうかはともかくとして・・・・・・」
「本当はね、絶対に追いつけるなんて思ってるわけじゃないです。ただ、白亜の塔に行って天使になるなんて言われても、全然ピンと来ないんですよね。それよりも、お世話になった人にお礼を言うための方が、私が一歩を踏み出す理由としてはいいかなって、それだけのことなんです」
(すげーな、この子は・・・・・・)
 ずっと以前に聞いた昔語りに、子供が一晩で成長する話があったような気がする。その時は下らない夢物語だと嗤って、すっかり忘れてしまっていたが、それはもしかしたらこういうことを言うのかも知れない。
「そうだな、ここでノンビリしてたところで仕方ねーし、このまま出発しちまうか!」
「はい! それじゃ南と北と、どちらに行きます?」
「あ?」
「フェグダさんはあっちから来られましたけど、向こうに行っても街道に出ますから・・・・・・」
「まあ、街道まで出られさえすりゃ、乗合馬車も通るだろうし、どっちでも大差ないっつーか・・・・・・気分の問題? イリィちゃんはどっち行きたい?」
 今のイリィには最高に強運の女神さまがついているんじゃないかと、かなり本気でフェグダは思う。
「それじゃあ、こっちの方!」
「即決? 何か理由でもあんの?」
「はい。景色が綺麗な所を通るんです。今日はお天気が良さそうだから、きっと気持ちいいですよ」
「ああ、なるほどね。俺も崖っぷち歩くのは正直ウンザリだしな」
「すみません、こっちに行っても崖道にはなっちゃいますけど」
「そ、そっか・・・・・」



 山側に上る朝日は顔を出すのが遅い。
 空が明るく染まって、雪を頂いた山が紅色に縁どられる頃、はじめて最初の一条が地に届く。
 朝の新しい光に照らされた草原に、カリムが立っている。
 半眼を閉ざし、片手を胸の前に軽く翳して。
 一つに束ねられた長い髪が、吹き上がる風に煽られるかのように揺らめいている。
 やがて、翳した手を中心にして、カリムの周りに青白い光の粒子が舞い始める。
 不規則な乱舞は、やがて二重三重の渦を巻く螺旋の流れへと変化し、粒子はさらに数と密度を増して輝き、ある形状へと収束していく。
 カリムの背丈ほどもある、大振りの曲刀。羽根の力が具現した形へと。
 輝きを放つ曲刀は、その柄を握られるのを待ち構えるように、カリムの目前に静止する。

 カリムが羽根を取り戻すと言い出した時、アシェルは別段驚いたりしなかった。
 塔の天使狩りに、魔物に、黒翼。それだけの相手と渡り合う以上、戦う力は必要だ。アシェルと一緒に生きると決めた時、カリムは既に羽根と向き合う決心をも固めていたはずだ。
 俺から離れていろ、ではなく、そこで見ていて欲しいとカリムは言った。迷いない笑顔を向けて。
 それは、必ず羽根を制御し従えるという、決意の言葉だ。
 羽根の力と魔物の力は相反するものであり、少しでも制御を誤れば双方が共鳴し暴走するかも知れない。だが、危険は充分に承知の上。二人で一緒にいるためには、決して避けては通れない道だ。 
 やるなら早い方がいい。薬酒の効果が充分である内に。

 今や完全に具現した曲刀を前に、だがカリムはその柄を握ることなく、正対したままでいる。カリムを取り巻くオーラが、燃え盛る炎のように煌々と輝く。
 両者の間で交わされているのは、対話なのか、主導権を巡る攻防なのか。羽根と羽根使いとの間に流れるものを、他者が伺い知ることは決して出来ない。
 そうしてどれくらい経ったのか。曲刀の形状が、一瞬にして解ける。
 再び粒子と化したそれは、さらに収縮へと向かい、痛いほどに高圧の輝きを放ってから、ふわりとカリムの手の上へと舞い降りた。
 辺りを青白く圧していた光は、柔らかい蛍火となって、溶けるように見えなくなった。
(やった! 成功したんだね!)
 そう思った瞬間。
 アシェルの背後から、ざざざーっと強風が吹き抜けた。
(何これ、力の反動?)
 不自然な大気の流れに咄嗟に顔を伏せたアシェルだが、それ以上の変化が起こる様子は無い。
「何だったの、今のは? ・・・・・・カリム!?」
 険しい顔をしたカリムが立っていた。
 若緑の草原を席巻してしまった、黄色い花畑の真ん中に。
「え? ちょっと何で花畑? あ、あっち蝶が飛んでるし! これ、ひょっとしてカリムが・・・・・・!?」
「・・・・・・っの馬鹿が!」
 仏頂面で吐き捨てるや、カリムは勢いよく花畑の中に倒れ込んだ。
「カリム、おーい?」
 アシェルはひと飛びで、仰向けになったカリムの頭の方から覗き込む。
「羽根は戻って来たんでしょ? なのに何ぶーたれてんの?」
 アシェルの目の前を、数匹の蝶が戯れながら横切っていく。
 その中に変な物が見えた気がして、アシェルは目で蝶の群れを追う。
 ほんのりと青みがかった白い卵に、のっぺりとした羽根が生えた、奇妙な物体。蝶の追ってふわふわ漂っていたそれは、向けられる視線に気付いてか、アシェルの傍に寄って来て窺うように周りを回る。
 一瞬身を固くしたアシェルだが、そいつは動くもの興味を引かれるままに眺めているだけのようだ。
 何とはなしに腕を伸ばしてみれば、それは蝶が羽根を休めるように手の甲へと止った。ぽってりした見てくれに反して、蝶ほどの重さすら感じられない。
「・・・・・・あの馬鹿が持ってやがったんだ」
 不意にポツリと言われて、そいつをつつこうとしていたアシェルは、寝転ぶカリムに目を戻す。
「それは・・・・・・塔に封印されてるはずのカリムの羽根を、実は、あの馬鹿くんが持ってたってこと? ちょっと待ってよ、羽根を御せるのはその羽根に選ばれた一人だけなんだよ? どうやったらそんなことが・・・・・・」
 出来るのかと言いかけて、アシェルは言葉を飲み込んだ。
 転移門の間でカリムと死闘を演じていた間中、必死になって割り込み続けた少年のおぼろげな姿が脳裏に浮かぶ。
(もっとちゃんと、顔を見ておけば良かったな)
 彼が只者でないのは確かだ。普通の羽根使いには不可能な行為すら、彼ならやってのけるかも知れない。理屈はどうであれ、カリムが羽根を呼び戻すのに、白亜宮の封印術を突破せずに済んだことは大いに助けになったはずだ。
「しかも、ようやく迎えが来て良かったねだの、寂しがって泣いてましたよだの、言うに事欠いて好き放題!」
「彼らしいっちゃ、すごーくらしい気がするよ」
「あいつが居た場所、あれはどう見たって聖都じゃなかったぞ。・・・・・・あの馬鹿、どこで何してやがるんだ。また変に首突っ込んでマズいことになってやしないだろうな・・・・・・」
「それで不機嫌なんだ。大っきな借りが出来ちゃったもんね」
「構うか。今まで俺が面倒見てやってたんだからこれでチャラ、いや、まだ貸しのが多いくらいだ!」
 カリムは頭の下で腕を組んで、穏やかに明るい空を睨むように仰ぐ。
「でも、気になってるんだよね」
「・・・・・・」
「それから? 他にも言うことがあるんじゃない?」
 アシェルはわざとゆっくり、カリムを中心に丸い花畑と化した草原を見回した。
「・・・・・・」
 カリムが空へ向けて伸ばした手の先に、アシェルの手を離れた羽根付き卵がふわりと飛んで移動する。
「・・・・・・この世界に在るものは、存在するためのエネルギーを内包している。大地には命を育む力が、種には芽吹く力が、卵には孵化する力が」
「蕾には咲くための、幼虫には蝶になるための?」
「生き物は食べることで、その力を取り込んでいる。力を奪ったり与えたりして、エネルギーを循環させる輪の中に在る、それがこの世界に生きるってことだ」
「ええと、これ何の前振り? ややこしいハナシになるの?」
 アシェルは思わず、小声で呟く。
「だが、炎の結晶と同化した命は、この世界の流れから逸脱している。だからこそ、力を補うのに薬酒なんてものが必要になる」
「うん。それがボク達の常識だ」
 上級天使だろうが、黒翼の天使だろうが、その流れの中に無いという意味では同じだ。
 アシェルやカリムには、食事は嗜好品程度の意味合いでしかない。
「だがもしも、エネルギーを変換して取り込む方法があるとしたら?」
「・・・・・・そりゃあ便利だと思うけど。それが出来ないから、ボク達は苦労してるんじゃないの? って、余計なツッコミは置いといて。あるんだね、そーゆう都合のいい方法が」
「羽根を振るうほどのパワーまでは覚束ないが、普通に動くのに支障ない程度には、多分、可能だ」
「それ、もしかして、あの遺跡の守護者と関係が?」
 不自然なほどに、そこだけ砂に埋もれた神殿。
 あれが、結晶に封じられていた守護者によって、長年に渡って生き物や地脈の力が吸い上げられていた結果なのだとしたら。
「守護者が最期に俺に伝えたのは、いくつかの術に関するノウハウだ。実際試してみるまでは半信半疑だったんだが・・・・・・」
「それってすごいことじゃない!」
 声を弾ませたアシェルに、しかしカリムはニコリともせずかぶりを振る。
「変だろ?」
「えーと、変ってどの辺りが?」
「だから、ちょっとコツを聞いただけの俺が、ぶっつけで試して手応えがあるなんて、どう考えても変じゃないか」
「それは、ええと、いつまで経っても羽根のパワー制御に難ありな壊し屋のカリムでも、頑張ればモノに出来そうだと思うくらい簡単な技だってことかな?」
 確かに変な所で冷静に自己評価してるよなあと、アシェルは内心で呟く。
「つまり、それは基本技の部類で、守護者が羽根使いだった頃は出来て当たり前だったんだと思う。なのにどうして、今じゃキレイさっぱり失われてしまってるんだ? 似たような方法を試してみようとすら、誰も考えなかっのか? 俺なんかよりずっと年季が入ってて、マスターしてる術の数も半端ないような連中にしても?」
「もしかして、故意に消された術だとか?」
「さあ、どうだろうな。薬酒の効果が桁違いなのも事実だし、だから単に廃れただけかも知れないが・・・・・」
「ったくさー、新技ゲットだヤッターって素直に喜べばいいものを、どーしてそー面倒くさいコト考えちゃうかなー」
 やれやれと、アシェルは盛大にため息をつく。
「で、それ、今のボクたちに何か関係あるの?」
「いや、全然」
「あっそ」
 何を聞いても驚くもんかと身構えていたアシェルは、拍子抜けして斜めに傾ぐ。
「ただ、俺は今まで、色んなことから目を背け続けてたんだな、と思っただけだ。目の前にあるものすら見ようともせず、何も考えずに切り捨てて・・・・・・・もっと早く周りを見回していたら、もっと色んなことに気付けたかも知れないのにな」
「気付くって、何に?」
「俺たちが、誰のために何を望まれて造り出され、今もこうして存在させられてるのかってことに」
「・・・・・・!」
 思わずアシェルは息を飲む。
「それって、上級天使が必要だって以外に、何か理由があるってこと?」
「だと思っている」
「キミがじゃなくて、上級天使はみんな?」
「もちろん、お前も含めて」
「ボクの・・・・・・黒い炎に染まった結晶・・・・・・」
「なあ、お前が転移の間にいた俺を強襲した時。あの結界の厳重な塔の中心部に、どこからどうやって侵入出来た?」
「それは・・・・・・」
「確かに、黒翼の術があれば不可能じゃないだろうな。塔の連中が思っているほど、それは難しくないかも知れない。それでも。お前はそもそもどこにいた? あの燃える離宮から結晶の欠片を集めて保管し、再生を試みたのは、一体誰だ?」
「・・・・・・」
「あいつじゃないのか。俺付きの番人の一人だった、あの男。あの日離宮にいた番人の中で、たった一人の生き残り」
「・・・・・・それは、ボクには判らないよ。さすがに眠っている間の記憶は無いから。でも、そうだよ。ボクは塔に侵入したわけじゃない。元から、あの結界内にいた」
「そうか・・・・・・」
「それで、キミはどうしたい? 犯人を捜して仕返しする? 今更そんなことに拘って何になるの?」
「・・・・・・とりあえず」
「うん?」
「技のコントロールを何とかしないと。今のままじゃ、奇術のネタにしかならない」
「ああ、うん。そーね。あと、このディティールはもうちょっと何とかしようよ」
 アシェルは自分の周りをふよふよと飛んでいる物体に目を向けた。
「そのままじゃダメか?」
「ダメだね。羽根を仕舞うのが苦手な珍しーい羽根使いさん」
 羽根使いは、普段は羽根を自分の身の内に収めていて、術にしろ武器化するにしろ、使う時にだけ発現させる。その方が安定するし消耗も抑えられる、と言うより断然楽なのだ、普通は。
「苦手っつーか、それくらいのスタンスが合ってんだよ、多分」
「だったら手抜きしないで、もう少し可愛くするくらいの程度の努力はすべきだよ!」
 

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