小説『赤い渚に浮かぶ月』
作者:UMA.m(UMA.mのブログ)

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 第8話 波紋



「やっぱり女の子はこうでなくっちゃね!」
「あの、もうそれくらいでいいんじゃないかって・・・・・・」
「何言ってるのさ。ちゃんと手入れしたら、こーんなにツヤツヤで、こーんなにすべすべになるんだよ! 放っとくなんて、もったいなさすぎ!」
「そんなこと言われても・・・・・・」
「まだダメ、じっとする!」
 遺跡のホールのど真ん中。
 舞台の上に立ったアシェルは、往生際が悪くそわそわしているイリィの頭を両手で押さえてまっすぐにさせる。
 椅子かベッドほどの高さしかない舞台の下に足を投げ出して座らされたイリィは、お下げにしていた長い銀 色の髪を解かれて、アシェルにくしげずられている真っ最中。
「明日はお祭りだしねっ! 思いっきり綺麗にしなくっちゃ!」
「だって、私はお祭りには・・・・・・」
「出ないのはイリィの自由! だからって着飾りもしないなんて、間違ってるよ、絶対! 誰が何と言おうと、イリィは可愛いんだから!」
「・・・・・・」
 黙り込むイリィに、アシェルはコッソリと息をつく。
 今使っている櫛や鏡だって、”アシェルに必要かと思って持って来た”などとイリィは言うのだ。
 アシェルのことを完全に女の子だと思ってるのは、まあ、無理ないとして。
 女の子にはそういう道具が必要だと解っているのも、いいとして。
 それは正真正銘年頃な女の子であるイリィ自身にも必要で、自分の為に普段から持ち歩くべきものなのだ、というところに大きな問題がある。
 この分では、化粧なんてしたことないとか言いだしかねない。いや、それでも全然不思議じゃないという気がする。
(ったく、カリムといい、イリィといい、どーしてこー自分をもっと評価しないかなー)
 周りの環境が悪かったのは判るとしても、そんなものは自分自身が認めなければいいだけのことなのに。
(そこのところがまるで解ってないんだから。ボクみたいになってから開き直ったって、遅いのに・・・・・・)

 時々、自分に向けられるカリムの穏やかな眼差しが、ひどく辛く感じられる。
 そう。カリムはずっと、”彼女”を愛し続けてくれた。
(だけど、キミはそんな”彼女”の名前はおろか、本当の気持ちさえ知らない)
”彼女”は、”彼”の前ではいつも、気丈に振る舞い続けていた。
 そうしていないと、失ってしまう。だから”彼女”は”彼”の前で、誰よりも明るく鮮やかに笑えた。
(キミがボクの中に見ているのは、失われた”彼女”の幻でしかない。それはキミのせいじゃないけど、時々キミを責めてしまいたくなる。ボクって嫌なヤツだな、ホント。それでも未だに強がりばっかり言っちゃうんだから、進歩なさ過ぎ・・・・・・)

「ねえ、アシェル、ええと・・・どうかした?」
 ふと手を止めたアシェルに、イリィは出来るだけ頭を動かさないよう気をつけながら、目一杯視線を動かして振り返る。
「・・・あー、何でもない何でもない。うん。すごく綺麗にサラサラ! いいカンジ!」
 梳き終わった髪を手に取りながら、アシェルは満足そうに笑ってみせる。
「良かった。それじゃ、もう・・・・・・」
「うん。あとは結い上げるだけ! ねえ、やってみたい髪型とかあったら今のうちだよ?」
「・・・・・・」
 これは当分解放してもらえそうにないと、諦めるしかないイリィだった。



 こぽこぽと低い音を奏でながら湧き出し続ける泉の水面に、ゆらゆらと反射する、光と影。
 カリムの眼前で、揺らめく影は徐々に、よく見知った者の姿を取り始める。
(・・・で、それが何でよりにもよって”あのバカ”なんだよ。イヤガラセか)
 思わず額に手をやろうとして、カリムは身体が動かせなくなっていることに気が付いた。
 そうか。こー来たか。
 淡い陰影の乱舞は、小さな室内が発動した術で満たされたことを示している。
 水の湧き出すささやかな音は、次第に空間全体に響く旋律と化し、溢れ出す旋律は、聞き慣れた声を紡ぎ始める。
(君はただの”力”の器。強大な力と形の良い姿を与えられながら、君という器の中には、何も満ちることがない。心も時も留まらず、ただ風のように行き過ぎるだけ)
(そーゆーコトを笑顔で言うか)
(だから君を前にした人間は、君という器の中に自分の見たいものだけを見る。君はただ、人々が望むままに、望まれる役を演じてみせるだけ)
(・・・聞いてねーし)

 影が言いたいのは、カリムが昨日、村人と交わしたやり取りのことだろう。
 カリムを前にした瞬間、村人の顔色が語ったものは・・・事なかれの平穏主義。触らぬ神に祟りなし。
 彼らが欲したのは、あえて排斥せずとも黙認できる言い訳であり、素直に恭順できるような理由だった。
 来訪者がどんなに奇異に見えたとしても、村の掟から逸脱しないものであり、ほんの一時だけの客人だと納得出来さえすれば、それで良かった。
 だからこそ彼らは、カリムの発した最低限の言葉から、彼らの望ましい貴人と妖精の物語を想像した。
(イリィさんにしても、そうですよね)
 村人たちを前にして、あの娘の表情に浮かび上がったのは、拒絶を恐れる心。何かを失う恐怖。
(だから君は手を伸ばした。ただし、自分でも村人でもないもののせいにして)
 カリムが使った”大いなる御手”という言葉。それは一神教においては唯一神そのもののことであり、多くの神々を信じる者には主神あるいは一番信奉する神を指す。
 それを持ち出すことによって、カリムとアシェルの来訪も、あの娘との出会いをも、当人の意思以上の、人知を超えた存在の導きによるのだと示唆出来る。
(君が村長と交わした約束にしても、同じこと。村に仇なさないと言っておきながら、君は天軍の到来を疑ってもいない。それに魔物は? いくら天軍を抜けたと言っても、羽根という力を手放したと言っても、君が今までしてきたことは変えられない。魔物は君を放っておきはしないだろうね)
 そう。カリムが遺跡に留まれば、天軍は遠からずここを見つける。必然的に、カリムはこの地に争いを呼び込むことになる。
(そうなったとしても、君は”大いなる御手”とやらのせいにするつもりなの?)
 それでも天軍だけならまだマシだ。彼らは少なくとも、村に被害が及ぶような手段をあえて選択したりはしない。
 だが魔物はそうはいかない。
 カリムは今までに相当恨みを買っているのだから、こんな絶好の機会を魔物が見過ごすはずがない。
 そして彼らは、人間に遠慮するどころか、嬉々として手駒に使うことを考える。

(そもそも、敵を迎え撃つ算段をするなら、昨日の内にとっくに済ませておくべきだった。君、本当に、抵抗する気あるの?)
(・・・・・・)
(どうでもいいんでしょう? 君に関わることで、人々がどうなろうと。君はいつでも単なる虚像。虚像は、他人の心を映しても、その心を知ることはない。だったら、ねえ、君の価値は、一体どこにあるんだろうね。どれほどの価値があれば、この村を災厄に巻き込んで許されると言うんだい)
(・・・・・・)
(あれ、答えられないの? そんなんで、大切な人のためだなんて、よく言えたね)
 その瞬間、ざわりと空気が不穏に蠢き、生じた波紋が水面を大きく波立たせる。
(いい加減にしろよ。あいつに言われてると思うと、すっげムカつく)
 自分がどんな者なのかくらい、とっくに知っている。それを突きつけられるくらい、今更、怖くも何ともない。
 それよりもまずやるべきは、相手が何かを見極めることだ。”あいつ”の姿が単なる虚像でしかないことは最初から判っていたが、それを借りているはずの相手に意識を向けてみても、そこには何も見出せない。
 相手がカリムを探るつもりなのは間違いないのだから、泉に込められた術を通して相対するくらいには、近くに在ってよさそうなものなのだが・・・・・・。
(ってことは、つまり、”お前”はそういう現れ方しか出来ないわけか)
 術に取り込んだ者の不安や怒りや恐れなどの感情を煽って動揺を誘い、思考を誘導することで対象を見極める。
 だから、目の前にいて問い質している”あいつ”の中に、術主である”相手”が存在するわけではない。
(まったく、まどろっこしいマネをする。これでもダテに魔物の相手をしてきたわけじゃないんでね、今更この程度の揺さぶりで俺がどうにかされるものか。だが、不愉快には違いない)
(そりゃあ、魔物は相手の弱いところを衝くからね)
”あのバカ”がすかさず言い返してくる。
 確かに魔物とは、そういうものだ。相手の弱みを握ろうものなら、容赦なく襲い掛かる。物理的にも、精神的にも。
 完全な悪意を持ってなされる攻撃には一片の容赦も無く、隙あらば記憶を捏造するくらいのことは当たり前。
 そういう意味では、この期に及んでも相手にカリムを”攻撃”しようという意図は無いらしい。
(その点、君は防壁が薄いよ。信念や忠誠心といったものは、下手な術よりずっと強固な盾となりうるのにね)
(ふん。冗談じゃない)
 それは”塔”に帰属する者が、最初に求められることでもある。
 使命を遂行することに対する使命感、そして揺るぎない自信。”塔”に対する絶対の忠誠。
 幼い頃より専門の教育を受けてきた上級天使などは、まさにその典型だと言えるだろう。
(それが嫌で、羽根を放棄したわけですか。そもそも羽根使いじゃなければ”塔”などに、いいようにされることもなかったんだから)
(やかましい!)
 ビシっと、空気が震えた。
 見えない力に叩かれた水面は激しく乱れ、人の姿を模した影が墨絵のようにぐにゃりと歪む。
(人がおとなしくしてりゃ、頭に乗りやがって! 羽根なんざなくとも、この程度の術くらいワケなく破れる。そんなもの無くたって、負けやしない! 下らんことを並べてないで、言いたいことがあるならもっとハッキリ言え!)
(だったら、さっさと術を破って逃げ出せばいいんじゃないですか? それに、羽根が無くてもなんて言い切れるのは、この程度の術しか想定してないからでしょう。戦う者が、戦う力を手放して、それでこの先天軍や魔物とどう対峙するつもりですか? それとも、最初から勝つつもりなんて無いのかな?)
(!)
(君にとって、”負けない”とは何です? 敵に屈服しないってことですか? だったら、それは”勝ち”と同じではありませんね。羽根を持たない君に、戦う者としての価値はあるのかな? 戦う者ではない君には、さて、どんな価値があるんです?)
(そんなもの!)
 反発し言い返そうとしていた心が、ふと、冷静さを思い出す。
 そんなことは、決まっている。

(そんなもの、たった一人のためにだけ有れば、それでいい)
(だとしたら、君の大切な人は、見せ付けられるわけですね。君が天軍だか魔物だかの手で滅びる様を、目の前で)
(そうなる前に、譲り渡すくらいの時間はあるだろう。他の誰にも、やるつもりはないからな)
 カリムの力も命も、アシェルのために使おうと決めている。
 それしか出来ないというのも情けない話だが、せめてそれだけは貫き通してみせる。
(あれがそんなに大切なの? あんな小さな、消えかけの魔が・・・・・・)
 いつ吹き消されるとも知れない、儚いともし火。
 小さな姿になることで何とか安定しているものの、それがいつまで保つかなど、全くわからない。
 それでも。
(大切だ。何よりも)
 簡単に消してしまうなど、絶対にさせやしない。
 アシェルは、カリムがようやく見つけた、たった一つの大切なもの。
(自分の望みを叶えるために、容赦なく切り捨てておきながら?)
 かつて、カリムの手によって、カリムの腕の中に崩れ落ちたアシェル。
 その光景を思い起こす度、体の芯が冷たくなる。
 だがそれは、思い起こしたその瞬間に湧き上がる感情というだけのこと。
 あの時、あの瞬間、自分が何を思い考えたのか。それはとうにカリムの中から零れ落ちていて、もう二度と知る術はない。

(・・・・・・カリムとアシェルにとって、”死”とは”救い”そのもののこと。それは、今でも変わらない)
 だから、アシェルが望むなら、カリムは残された”力”の全てを与えて果てることが出来る。
 もしもアシェルが”救い”を望むなら、カリムはアシェルをこの手で解放してやることが出来る。きっと、出来る。
 だが、そうでないのなら・・・・・・。

(恨みますか? ”救い”とやらを邪魔した僕を)
 少なくとも、”あのバカ”が余計なことさえしなければ、こんな風に考える必要はなかった。
 あのまま、二人で終わってしまえたなら。
(全くだ。だが”お前”に文句を言ったところで意味が無い)
 遺跡に宿る”何か”は、カリムを測るために、心を揺らすよう干渉しているだけだ。
 答えているのは、自分。
 問うているのも、きっと、自分。
 目の前に在るように見えるものは、自分では自覚し切れない、カリム自身の潜在意識から構築された影。
(だいたい、”お前”が本当にあいつだったら、そんな風にずけずけと物を言ったりしないだろ)
 知ったようなことを言いながら、その実、あいつは何も解ってなどいなかった。
 あいつもまた、カリムの中に自分の見たい物だけを見て、それにそぐわない部分を否定していたのだから。
(だが”お前”はそういう存在ではないよな。俺を見極めたいのは、そうする理由があるからだ。素直に、邪魔だ出てけって言ってしまえばそれで済みそうなものだがな)
(何が敵で、何がそうでないのか。見極めることは大切でしょう。戦うものであっても、なくてもね)
 水音を聞く直前、カリムが考えていたのは、この場で戦闘になる可能性だった。
 術が発動する引き金になるものがあったとすれば、それこそが一番の要因だったはず。
 つまりその事実こそが、術主の特性を物語っている。
(仕方ないでしょう、この地に足を踏み入れ約定を交わした時点で、君たちもまた、この地に守られるべき者になったんだから)
(なっ!? そんなもの必要ない。俺は、”お前”なんかに守られなきゃならないような、か弱い存在じゃないぞ!)
 約束とは、一番原初から存在する、一番身近な呪的契約だ。
 そしてカリムが村人と交わした約束は、この地に根ざすものにとっても、同等、いやそれ以上の意味を持つ。
”存在”が物質レベルから高次シフトすればするほど、契約に逆らうことは難しくなるのだから。
 だが、カリムが意図したのは争わないことだけであって、それ以上は期待しないし、するつもりもない。
(確かに、出て行けと言う方が楽でしたよ。約定が交わされる前まではね。だけど、もう手遅れですよ。君のせいで一度広がってしまった波紋の影響は、時とともに小さくなりはしても、なかなか消せるものではないからね。波紋は、すぐに新たな波紋を呼ぶでしょう。だから、見極めなければならなかったんですよ。君が、この地に何をもたらそうとしているのかを)
(それは、俺の利用価値を含めて、か)
(ええ。そうとも言いますね)
 悪びれもせずうなづく影に、カリムの推測は確信に変わる。
 これは、間違いなくこの地の守護だ。

 この神殿は、その構造や分厚い石組みからして、かつては砦としても使われていたはずだ。
 遠い昔。交易という概念がまだ確立しておらず、欲しいものや領土は戦って奪い取ることが常識だった頃、それなりに豊かだったこの地方は、まさにそういう理由で度々戦乱に見舞われた。
 そして国としての体裁が整い、特定の貴族が治める領土となった後も、政変や災害など様々な理由で、平穏はいとも簡単に混乱へと変わる。
 そんな折、神殿は文字通り最後の砦として、難を逃れようと集った者たちを守ったことだろう。
 現在見られるような崩壊の仕方は、単に風化したというには不自然過ぎる。
 何らかの術か、兵器によるものか。
 とうの昔に力のほとんどを喪失し、カリムのような高い感応力を持つ者とすら、その意識を揺さぶるという方法でしか対話することもままならなくなった今でさえ。
 最期の最期、消滅するその瞬間まで、これはこの地の守護であり続けるのだろう。

”相手”は、カリムが知り得たことや推論出来たこと以上には、何かを語ることは出来ない。
 それでも、否定されなかったということは、少なくとも間違った解釈ではないということだ。
(まあ、君と同じことをしたまでですよ)
(イヤミかよ。俺が”何”なのか、”お前”にはとっくに解っているだろうが)

 ちりりと、何かがカリムの感覚に触れた。
 泉の術によるものではない。
 遺跡の外部からの、何か・・・・・・。

(君は一度決めたことに対して、無謀なくらい真っ直ぐで、思い切りがいい。でもね、忘れてないですか。君が辛いと思うことは、君の大切な人にとってもそうなんだってこと。そんな状態で無茶ばかりしていたら、本当に壊れてしまうよ・・・・・・)
(!?)
 その直後。
 さあっと波が引くように、泉の水が消滅した。
 湧き出す水の奏でる旋律も、波立つ水面に反射していた光も、光の中に浮かんでいた影も。
 何もかもが跡形も無く消え去り、四角く区切られた床で、乾いた砂がさらりと音を立てて崩れた。
 全てが、夢幻のように。

 いや。
 床に膝をついて水面に触れていた格好のカリムは、頭ごと顔を洗った時そのままのずぶ濡れ状態だった。
 眼前の前髪から冷たい雫がぱたりと落ちて、白い砂の上に濃淡を描き出す。
 気がついたら砂だらけというのも嫌な話だが、これはこれで、頭を冷やせと言われているようで面白くない。
 わざわざ相手の術に応じてやったというのに、失礼なことだ。
 もっとも、あからさまな誘いを無視しなかったのは、カリムの方にも思うところがあったからではある。
”相手”のことを知るには、少々荒業ではあるが、懐に飛び込んでみるのが一番だ。
 それに、カリムを取り巻く今の現状は、ハッキリ言って判らないことが多すぎる。
 ほんの些細なことであっても、確かな何かが得られるのであれば、利用出来るものは利用する。それが得体の知れない術であっても。
 もっとも当の術主自体がああも希薄な存在でありながら、すんなりとカリムの無意識領域にまで踏み込んで来ようとは、流石にちょっと予想外だったが。
 そしてこうも腹が立つということは、相手が”あのバカ”の姿を借りていたということ以上に、”解っていながら自覚していなかったもの”を強引に突きつけられたからだ。
 しかも、暴れたくなるのを我慢するだけのものが得られたかどうかは、かなり微妙なところだ。

 それはそうと、最後のあれは何だったのだろう。
 あの台詞は、自分の潜在意識から発したにしては少し、変だ。
”あのバカ”のイメージに、引っ張られでもしただろうか。
 あいつなら、いかにも言いそうなことだ。

 カリムの周りでビシビシビシッと破裂音が響き、壁の一部が弾け飛ぶ。
「やっぱ、あいつ、今度会ったら絶対一発殴ってやる!」
 他人の決めたことに土足で踏み込んだのだから、あいつにもそのくらいの覚悟はあって当然だし、自分にはその権利があるはずだ。
 あいつがカリムに与えたのは、僅かな猶予。そして、許容し難い選択肢。

(その前にまず、あれをどうするかだな)
 術が消える直前に感じたチリチリした気配。
 それは、村の方から遺跡に向かって、何者かが近付く気配だ。
 一つはすでに見知った者で特に気にする必要は無いが、問題はその後、不穏な感情を隠しもせずに丘を上がってくる者が存在すること。
 あれは、とっとと片付けなければならない。

 確かに、この地の守護が、カリムに念押ししに出て来たくなるのも解る。
(”お前”はもう、何があっても見守る以上の事は出来ないだろうから)
 カリムは、図らずも入った時より大きくなった壁の隙間から、外に向かって身を翻した。

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