小説『ようこそ、社会の底辺へ[完結]』
作者:回収屋()

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[知らない人について行くよう]

 小学生の頃、担任の先生に何度も言われた言葉を思い出した……。
「いいですか、皆さん。世の中には悪い事ばかり考え、道端をウロウロしているような人達が沢山います。そんな人達は、アナタ方のような良い子を狙って誘拐したり、自動車に押し込んで連れまわしたりします。つまり、少々頭がオカシイんです。働く気力の無いオジサンや、いつも自分の部屋に閉じこもっている、『ニート』という連中には十分気をつけてください。防犯ベルや、ケータイのGPS機能をフル活用し、不審者から身を守りましょう。帰ったらさっき配ったプリントを、お父さんやお母さんに必ず見せてください。それでは皆さん、さようならッ☆」

 …………先生、スンマセン。俺、もらったプリントを帰り道で捨てちゃいました。飛行機にして飛ばしちゃいました。とってもよく飛びました。そのせいでしょうか、25才の俺は、先生が頭が変だと罵っていた『ニート』に成り下がり、しかも――
「弥富更紗くん、我々は味方だ。君を歓迎しようッ!」
 知らない人達に囲まれてます。トイレの個室から一歩も動けません。多分、この後は地下駐車場に連行され、4WDに押し込められると思います。行き先は国外でしょうか……できれば国内で勘弁して欲しいな……(泣)。
 追伸――理科室で飼育していたメダカを全滅させたのは、俺です。言い出せなくてスミマセンでした。
「………………は・は・は」
 弥富は軽く壊れていた。視界が白くなって、見えたら死ぬ系の幻覚がチラつきだす。
「弥富くん? もしも〜〜し、聞いてるかな?」
 PDAを手にした男が、弥富の肩をポンポンッと叩きながら呼びかけるが、反応はとても鈍い。彼の視界に展開されている、愉快な幻覚は下記のようなカンジ。
                 /*天使*/
           /*天使*/
                       /*天使*/
              【何かよく分かんない絵】
          (死)大型犬(死)      (死)少年(死)

天使・A「まいったなあ……こんなトコで気持ち良く死んじゃってるよ」
天使・B「これって残業代出るンすかねえ、先輩?」
天使・C「最近は組合からの指示が厳しいしなあ」
天使・B「見なかった事にしましょうか?」
天使・A「いやいや、そりゃマズイだろ。仮にも我々は神の使いだしさあ、ビジュアル的に美しくくたばったのを放置したら、減給ものだよ」
天使・C「それもそうだな。よし、オレが少年を担ぐから、オマエ等は犬の方宜しく」
天使・A「ちょ、待てよッ……オレ、実は犬アレルギーなんだよ。だから、代わってくれ」
天使・C「やだよ。座敷犬ならともかく、こんなデカくて体臭がキツイのはパス」
天使・B「そんじゃあ、この場で洗礼しときますか」
 ガソリンかけて、ライターで点火ッ!

「ふぁいやああああああああああああああああああああ――――――――――ッッッ!!」
 弥富、白目気味で絶叫。

「うおッ!? …………だ、大丈夫か?」
 彼を取り囲む連中が瞠目する。
「…………あ、は……はい」
 なんとか自力で幻覚と幻聴を振り払ったようだが、状況が好転したワケではない。
「初対面の相手に失礼だが、オリジナルP・D・Sを奪取したのが、まさか君のような人だったとは。我々は正直、驚いているんだ」
「あ、あの……」
「ん、何だい?」
「俺、確かにとっても悪い事しました。でも、できれば痛くしないでください……」
 状況が把握できておらず、変な後遺症が発生してるし。
「さっきも言ったが、我々は味方だ。私はコードネーム『すみす・ブラック』。『偽P・D・S友の会』の会長を務めている」
 うっわあ〜〜……友好的な笑顔を浮かべた、お脳が残念な人だよ。普通に考えれば、真っ先に通報すべき輩だよ。
(よし、まずは落ち着け……コイツの言う事が事実なら、トイレを占拠している全員が、ネット犯罪者というワケだ。つまり、友好的態度に対して寛容な対応をしたら、俺まで電薬管理局を敵にまわすハメに……って、深見・父の件で既にバレてるんだっけか?)
 ただでさえ、混乱を極めた身の上だってのに、ここにきて怪し過ぎる犯罪集団と関わるなんて、絶対無理!
「知っているかもしれんが、我々は全員がかつて偽P・D・Sのサイト管理者をやっていた。今では電薬管理局に目をつけられ、不自由な生活をする身だ。多くの仲間が逮捕された……」
 その男――すみす・ブラックとやらは自分の言葉に感涙でもしたのか、目頭を押さえてサングラスをかけ直した。
「あ、あの〜〜、とりあえず……解放してもらえませんか?」
「ああ、もちろん。我々は電薬管理局みたいな、血も涙も無い連中とは違う。コレにサインさえしてもらえば、即刻、自由にしよう!」
 そう言って差し出された一枚の紙キレと、何故か初音○クが表紙にプリントされた、あまり手で触れたくないような冊子。
「………………はい?」
 不審者集団の言動にいちいちツッコんでも仕方ないのだが、紙キレには氏名と拇印の欄があって、明らかに詐欺の臭いがする。こんな時……どんな顔すればいいんだろう?

 ―――――― 笑えばいいと思うよ☆ ――――――

 またもや幻聴が。おそらく、自分の中の本能が「ヤベぇよ! 逃げろッ!」って言ってるに違いない。だから、俺は……
「スミマセン……駅のコインロッカーまで荷物を取りに行っていいですか?」
 逃走の準備に入った。
「ああ、いいとも」
 アレっ? えらくすんなりと。
「そ、それじゃ……すぐ戻ってきますんで」
 トイレを占拠するグラサン軍団をかき分け、弥富はなんとか脱出成功。後ろを振り向く勇気なんか持ち合わせちゃいないんで、足早にエレベーターへ。
 ガコンッ――
 ドアが閉まる。
(――――よしッ!)
 連中は意外とマヌケだった。このまま地下駐車場まで行き、大通りに出て人込みに隠れよう。そして、今日あった珍事はなるべく早めに忘れよう……。弥富は深く息を吸いこんで、額の汗を爽やかにぬぐった。
 ガコンッ――
 地下駐車場に到着。ドアが開く。で……
「さあ、行こうか☆」
 ドアの向こうで、左右から挟むようにして待っていたグラサン軍団。中には明らかに息切れして、ハァハァいってるのも何人かいるし。オメー等……全速力で店の中走り抜けてきたんかい。
(よ、よし……かくなる上はッ)
 弥富の視線が大通りの曲がり角に向けられる。目標は、交番。今度こそ国家暴力の出番だ。問題はタイミング。多勢に無勢、正面突破はまず無理だ。しからば――
 ピピピッ! ピピピッ!
 不意に鳴り響く電子音。すみす・ブラックが、ズボンのポケットからケータイを取り出した。その瞬間、他のメンバーに緊張がはしった。
「…………そうか、了解した」
 彼は小声で手短に話を終えると、弥富の方に向き直る。
「申し訳ない、弥富くん。野暮用ができてしまった」
 ピ――――――――ッッッ!!
 笛を吹いた。地下なんでよく響く。
 ――ザザッ!
 グラサン軍団、整列。
「諸君、予定より少々早いが、本日の作戦を決行にうつす! 何度も言うが、成功すれば我々はネット社会の歴史に名を刻まれる! が、失敗すれば……永遠にアキバの街を歩けない身の上となるだろう! それでもヤルかあああああああッ!?」
「おおおおおおおッッッ!」
 えらい気合いの入れようだ。絶対、ろくでもない事をするんだろうが、俺には関係ない。どうそ、ご勝手に。そして、俺のコトはマジで早めに忘れてくれ。
 バタンッ! バタンッ! バタンッ!
 メンバーは次々と駐車してあった車に乗り込み、発車していく。そして、最後の車両からすみす・ブラックが顔を出した。
「明日、こっちから連絡を入れるよ! じゃあ、また!」
 元気一杯で去って行った。
 チリン、チリン〜〜
 一人だけ、やたらと恰幅のいいメンバーがいて、何故かカゴ付きの自転車をこいで車を追って行った。既にヒィヒィ言ってるんだが。
(なんだかなあ……)
 一応、解放された。連絡するとか言い残したが、非通知や知らない番号でケータイにかかってきたら、無視っちまえばいいだけだ。それにしても、国家権力め……あんな物騒な集団を野放しにしておくとは。税金返せッ、払ってないけどねッ!
「さて、駅に戻るか」
 安堵の気持ちで歩き出す。その一歩目で、グシャっと何かを踏んだ。
(…………あ)
 一枚の紙キレと、アニメチックな冊子。アノ男……拾ってけと? 弥富としては無関係を通したかったが、好奇心という名の天使A・B・Cが心の中に舞い降りて――
<拾っちゃえよ、お客さん☆>
 そう囁いた。

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