小説『ようこそ、社会の底辺へ[完結]』
作者:回収屋()

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[たまにはプライド捨ててみよう]

 飼い主である弥富が謎のグラサン集団に拉致られ、トイレの個室に軟禁されてた頃……コインロッカーで留守番していた禁魚達は、すっかり待ちくたびれていた。
「なァ、ヒマやし外出て遊ばへンかァ?」
 出雲はポッチャリなお腹を揺らしながら、グダグダしている。
「それはさすがに……ボク達は水の中でしか生きられませんし」
 郡山がなだめるが、彼もまたヒマを持て余していた。
「もうやだッ! 拷問のリハーサル飽きたッ!」
 低温ローソクを片手に浜松が文句をたれる。
「そりゃ拷問じゃのうて、ただのプレイじゃぞ」
 土佐のジイイが冷静にツッコんでくれた。
「ハァハァ、もう少しだ……もう少しでポチは何かになれそうな気がする」
 ポチ、三角木馬に跨って虚ろな瞳になってる。
「アカンっ! ポチが大人の階段上りかけとるでッ!」
 全員がムダな体力の発散手段を模索してて、仕方ないんで郡山が……
「では、アキバの街のシステムネットワークに侵入して、マニアックな店を覗き見して遊びましょうか?」
 都合の良いことに、P・D・Sはネットにつながったまま。禁魚の生体ファイアー・ウォール機能を利用すれば、あらゆるハッキング行為が可能となる。
「よっしゃあああああああああああッッッ!! 盗撮、盗聴、違法ダウンロード、果ては空き巣に痴漢行為ッ! あたしの辞書に『正常』という言葉はいらんッ!」
 浜松のモチベーションが立派に復活。バタフライマスクを脱ぎ捨て、外出着に御着替え開始。
「思うんやけど……浜やんって絶対、犯罪者の血が流れとるで」
「でしょうね。先程、本人が言っていた“浜松=深見素赤”というのが事実なら、彼女は電薬管理局からオリジナルP・D・Sを奪取した、いわゆる『サイバーテロリスト』という事になります」
「問題は、そんな輩と関わる御主人の今後じゃな。既に法的には共犯者……いや、首謀者の烙印を押されても仕方ない状況じゃ」
 三匹の浜松に対する疑惑の念が、刻一刻と膨らみつつある。もし、人間が禁魚になっちまうテクノロジーなんてのが、現実に存在すれば。
「めたもるふぉぉぉぉぉぜぇぇぇぇぇ〜〜〜〜!!」
 マヌケな奇声と共に、着替えの終了した浜松が躍り出る。
「…………」
 残念ながら、その光景に真っ先にツッコんでくれる猛者はいなかった。
「ポチも変身だあ〜〜」
 しかも、感染が早ッ! ポチが週末の午前中に放送してそうな子供向けアニメの衣装を纏い、浜松といっしょに痛々しいポーズをきめる。背景がやたらとカラフルに光ったり、爆発したりで……なんかもう、ごく一部の大きな成人男性の友達が拍手してそう。
「質問宜しいでしょうか、ええっと〜〜……」
「アキバ限定魔女っ娘・『ギルティ5』!! あたしはリーダーのギルティ・ローズ!!」
 直訳すると、“有罪な五人組”になる。
「ポチはチームのリーサルウエポン、ギルティ・ブロッサム。魔法っぽい力でローアングラー共を一掃してやる〜〜」
 珍妙なスティックを振り回すな。ウインクをするな。パンチラを気にするな。
「…………で?」
 出雲がこの上なく冷たい視線を、目の前の物体Xに向ける。最早、視線というより一種のビームだ。
「ボヤボヤするなッ! 全員分の衣装を用意してあるんだから、さっさと着替えてちょうだいッ! そして、アキバの街をサクッと救うのですッ!」
 救いが必要なのはテメーの心だ。
「あ、あの……コアなイベントに参加するワケじゃないんで、別に着替えなくても……」
 郡山は恐れている。浜松は勢い余って、魔女っ娘衣装を野郎にも着せようとしているもんで。
「バカっ! 羞恥心なんてかなぐり捨てなさい! この街では、一般常識と平常心の持ち主は生きていけないのよ! さあ、今日からアナタはギルティ・チェリー!!」
 そう言ってズイっと差し出される、フリルまみれのピンクの衣装。
「…………何故に?」
 思わず受け取ってしまった郡山は、俯いたまま凍りついてる。
「さあ、出雲もコレで心の鎖を破壊するのよ!」
 満面の笑顔で手渡される、バイオレットな衣装。なんか、サイズが小さいのが気になる。
「う、うち……裸になンのは平気やけどコレは……いや、マジでアカンて」
 ゴクリと息を呑む。何だろう、この不可思議な誘惑……衣装を手に取ってるだけで、みるみる羞恥心が崩壊していくようなカンジ。
「ビンビン伝わってくるでしょ? 体が魔法の力で高揚するでしょ? さあ、後は変態という名の乙女に変身するだけッ!」
 結局、変態になるのが前提みたいだ。
「で、ジジイはコレね」
 差し出されたのは目出し帽が一つ……以上。
「あの……儂も?」
 高齢者が巻き添えにあった。仕方がないんでかぶってみる。案の定、ただの銀行強盗にしか見えない。
「よし。似合ってるよ、ギルティ・アイリス!」
 いやいやいや、一人だけ明らかに仲間ハズレだから。防犯カメラでズームアップされるから。
「ギルティ・アイリスはチームのマスコット担当ね☆」
 爽やかに笑顔で言われたけど、目出し帽かぶったジジイがマスコットになるチームに未来はないと思う。
「では、ここにそろったあたし達五人でもって、アキバの隅から隅まで体感しまくるよッ!」
 オオオオオオオオォォォォォォォォォォォ――――――――ッッッ!!
 背景からよく分らん雄叫びが聞こえてきて、巻き込まれた連中をむやみに鼓舞する。
「そ、それで……まずはドコへ……?」
 二十歳前後の美青年が魔女っ娘コスプレ……しかも、ピンク。田舎の御両親はきっと泣いています的な……そんな光景。郡山は薄らと頬を赤らめながら浜松に問う。
「『享輪コーポレーション』のメインサーバーへ突入する」
 浜松の表情が唐突に引き締まり、メガネを外して目を細めた。
「…………ッ?」
 他のメンバーは一瞬、言葉につまった。すっかり悪フザケを展開するものとばかり思っていたんで、浜松の発言に対し二の句が継げない。
「本来なら、本社ビルのサーバー室まであたし等を運んでもらった方が効率的だったんだけど、弥富が怖気づいた場合も想定して、ラップトップのHDにハッキング用のチートコードを組ませてもらったのさ」
「つまり、さっちんは体良く利用されとったンか?」
 二の腕とウエストをパンパンにしながら、出雲が厳しい口調で問う。
「あたし……まあ、深見素赤には『敵』がいた。身を守るためには、一番大事な物を傍に置いておくワケにはいかなかった。だから、オリジナルP・D・Sの入ったポータブルHDを、安全な場所に移動しなくちゃならなかった」
「なるほど……引きこもり気味で、友達もおらず、一人暮らしでコミュニケーション能力の乏しい御主人は、最適な該当者というワケじゃな」
 土佐がヒゲを弄りながら頷いた。
「あたしが所持したままだと、確実に強奪されてからね。ダレとも繋がりが無く、平凡で目立たないバカ野郎が必要だった。だから、あたしは沢山の人間とチャットして、それとなく相手の社会的立場や性格を分析し、選別していった。更紗はまさにベストの人材だったワケよ」
 次第に浜松の表情に微笑みが。ただし、その顔は明らかに悪人の色に変化していた。
「思うんですが……外部から安全にハッキングできるのなら、どうして弥富さんに言ってあげなかったんですか? もし、彼が享輪コーポレーションで拘束でもされたら、ボク達全員が処理されかねないのに」
 郡山が膝を折って座りながら問う。ミニスカ仕様なんで中身が見えそう。
「ああ、それについては心配無用。更紗はハナっから、享輪コーポレーションにはたどり着けないようになってたから。ただ、時間をかけて外出してもらう必要があった。そのためには、別にドコの街でもよかったんだけどね」
 更に悪戯な微笑みを浮かべる。完全に悪党の口調になってるし。
「ほう、そいつは興味のあるハナシだなあ」
 不意に聞き慣れた声がして、振り向けばヤツがいる。つまり……インカム・βを装着して、怒りに打ち震え気味の弥冨が登場。その手には着火済みの低温ローソクと、乗馬用のムチが……。
「あらららららららら〜〜…………やさしくし・て・ねッ☆」
 浜松は力一杯の営業スマイル。だが、残念。
「ポチ、準備しろ」
「うん、分かった。これで浜松も何かになれるぞ」
 瞬時にして裏切ったポチが三角木馬を運んでくる始末。
(うっわ〜〜〜……)
 展開をスピーディーに予測した他の連中は、静かにあさっての方向に目をそむけた。とっても晴れがましい笑顔で。


 

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