小説『ようこそ、社会の底辺へ[完結]』
作者:回収屋()

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[みんなと秘密を共有するよう]

 走る、走る、走りまくる。野郎のみで構成された人込みを、慣れたフットワークで駆け抜けていく。弥富が目指すのは、交番。国家権力に今こそ役立ってもらわねば、税金分の働きをしてもわねば……って、俺って一円も納めてないけどね。
 ――ダダダッ!!
「うおおおおッッッ!?」
 マジでか!? 脇道からも一人、店の中からも一人……次々と増えていく。明らかに打ち合わせ済みな感じで同じ連中が集合していく。そして、更にマズイ事に、横断歩道の信号が丁度赤になってしまった。
(突っ切るか――!?)
 いや、交番の前には強面のオマワリさんが立っている。不審者への対応以前に、信号無視で厳重注意されかねない。真っ昼間に大衆の前で、そんなイタイ姿をさらすワケにはいかない!
 ……ってなワケで、彼は交番への突入を諦め、目の前に要塞の如く立ち塞がる大手家電量販店へと駆け込んだ。普段なら脇目も振らず、6階のオタクエリアに駆け上がるところだが、今は十人近くの謎のエージェントに追われている。撒くためには、人込みがあってなるべく入り組んだ場所が必要だ。ここからはまさに……リアル鬼ごっこ!
 ところで、コインロッカーの中では――

「さて、どうしたものかのう……」
「いきなりつまずきましたね」
「ヒマやなァ、つまらんなァ」
「おのれッ、更紗め! 帰ってきたら軍法会議にかけて、それはもうイヤラしい拷問で責めてやるからねッ!」
 四匹はすっかり気合いも根性も腐っていた。浜松にいたっては、マニアックな拷問用具を準備する始末だ。
「とりあえず、ボク等だけで今後の作戦手順を練りましょう」
「ふむ。だが、その前に……確認しておくべき事がある」
 土佐は地面に胡坐をかき、自分の長い白ヒゲを弄りながら視線を浜松に向けた。
「浜松よ、今は御主人の目は無い。腹を割って全て話してもらえんかのう」
「ほう、何が聞きたいのよ?」
 浜松は大きな十字架を担ぎ、ポチを磔にする準備中。
「ゴミ袋に片付けた例の男……何者か知っとるんじゃないのか?」
「それを聞いてどうするワケ? 特に意味は無いよ」
「そうかもしれん。しかし、同じ種族としてこれ以上隠し事をされていては、正直、気分が悪いのでな」
 土佐は本気だった。彼の背後に立つ郡山と出雲も、同様の雰囲気を滲ませている。
「アノ男はただの消耗品よ。深見素赤を監視するためだけに、偽りの肉親を演じていた」
「それって、つまり……実の父親ではないと?」
「父親だけじゃない。母親も弟も祖父母も、飼い犬ですらホンモノじゃない。全て用意されたものよ」
 浜松の口調が唐突に変わり目つきが悪くなる。
「……それが事実だとして、何故、浜松さんはそんな事まで御存じなんですか?」
 郡山がもっともな質問をする。
「確かにな。儂等が得られる情報は、ネットに流れる事象に限定されておるしな」
 土佐があからさまに訝しがる。
「案外、深見素赤っちゅう女と浜やんが同一人物――とかいうオチやったりなァ」
 出雲がニヤニヤしながら呟いた。
「そんなバカな。あり得んな。ポチのプライドと生命力にかけて、あえて言おう……そんなオチはカスであると」
 ひょこっと現れて十字架にくくり付けられたポチ。ガソリンがブチ撒けられ、松明を手にした浜松が容赦なく点火。
「いや〜〜、よく燃えるね〜〜」
 何だか遠くを見てる。まさかとは思うが――――――――地雷踏んだ?
「…………(汗)」
「…………(汗)」
「…………(汗)」
 三匹が笑顔でダラダラと汗を吹き出しつつ、沈黙。一番あってはいけない、短絡的結末が見え隠れしだしたもんで。
「このカスめ。このネタばれめ。この中二病め」
 ポチがメラメラと燃え盛りながら文句をたれてる。
「はあぁぁぁ〜〜……もうちょい隠し通せると思ったんだけど。世の中上手くはいかないねえ」
 何かを諦めたみたいに浜松が大きく溜息をつく。
「バカな……深見素赤という人物の死亡記録は、戸籍データをハッキングして確認してある。つまり、オマエというアバターを操作している輩は、深見素赤の名を語り、御主人に何かをさせようとしている事になる」
 動揺する土佐が反論した。
「うんにゃ。そうじゃないんだなあ……深見素赤は決して一個人が手にしてはいけない、超危険物を入手してしまった。故に、電薬管理局から狙われ、監視がつけられ、生命の危機が迫ったため、その危険物を行使してしまった。そして、彼女は『浜松』になった」
 浜松は自分を指差し、苦笑いを浮かべた。そして、こんがりと香ばしく焼けたポチをつまみ上げ、今度は電気椅子に座らせた。
「要するに、深見素赤という実在していた人間が、なんだかの方法で浜松という禁魚になった……と?」
 郡山が当惑した表情で聞く。
「簡単に言ってしまえばね」
 ポチの四肢がベルトで拘束され、充電開始。
「まあ、待てよ。ポチとしては省エネを推奨するぞ」
 いや、オマエ既に丸焼けだから。
「くだらん……出来の悪い都市伝説でも、もう少し気の利いた嘘をつくぞッ!」
 土佐がイラつきのこもった声で言い返す。
「信じてもらわなくても結構。あたしは質問されたから言いたい事を言ったまで。当然、物的証拠は無いし、今、目の前で証明することも出来ない。けど、享輪コーポレーションに無事潜入できれば、アンタ達の望む回答をみせられる…………かも」
 浜松は意味ありげに微笑むと、放電レバーをガコンッとな。
 ビリビリビリビリッッッ!! バリバリバリバリッッッ!!
「あひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ。うひょひょひょひょひょひょひょ」
 ポチの瞳は100万ボルト。いつも通り無表情だけど、なんだかちょっぴり嬉しそう。
「よかろう……では、御主人の帰りを待つとしよう」
 空気が重い。同じ種族だと思っていた相手に向けられた、疑惑の目。そして、彼等が待つ飼い主の方はというと――

ザワザワザワッ……ザワザワザワッ……
 周囲の客が引いていく。ものすごい注目の目で見ている。そりゃそうだ……全く同じ格好した十人近くの男共が、厳然とした様子で移動しているから。しかも、その場所はダレもが知る大型家電量販店の一階。彼等は一言も発さず、表情も変えず、エスカレーターに乗る。男共の中央には、MIBに誘拐された宇宙人みたいに、すっかり萎れてうなだれた弥富の姿が。上の階へ上る度に警備員が声をかけようとしたが、全員が一斉にサングラスごしに睨みつけるもんで、どうにも手が出せない。やがて、彼等は6階に到着し、階の一番隅にある男性用トイレへと入っていく。
 ザワザワザワッ……ザワザワザワッ……
 中で用を足していた営業マンやオタク達が、唐突な来訪者共を目にして色めき立つ。トイレの中の空気が一変し、「さあ、早く出て行け」……みたいな雰囲気を発しだしたもんで、手も洗わず皆足早に去って行った。そして、中央の個室の扉が開けられ、弥富は便器のフタの上にまたもや座ることとなった。
(助けてッ、キアヌ・○ーブスぅぅぅぅぅ!!)
 心の叫びはダレにも届かないし、救世主も飛んではこない。彼は同じ背格好した集団に拉致され、密室に押し込まれた。彼等は扉を閉め、数人が中で弥富を取り囲み、じっと見下ろしている。他は扉の向こう側とトイレの出入り口に立ち、すっかり占拠してしまった。父よ母よ、実家で飼ってるオウムよ……俺は知らない世界に旅立つかもしれません。先立つ不孝を御許しください。尚、アパートのベッドの下にあるDVDは見なかった事にしてください。
(さあ……何でもこいッ!)
 心の中で軽く遺言を唱え終えた弥富は、勇気を振り絞ってグラサン軍団を睨み返した。
「オマエは何者だ?」

 ――――――――――――――――――――――――は?

 弥富の面が著しく歪む。グラサン軍団の一人が、「そりゃこっちが聞きてえよ!」的な質問してきたから。
「もう一度聞こう。オマエは何者だ?」
「あ、え……その〜〜……俺は弥富更紗といいまして……」
「職業は?」
「無職です……つうか、ニート予備軍です」
「年齢は? 身長と体重は? 血液型は? 好きなアニメのジャンルは?」
 ――――――――はい?
 公共の場で白昼堂々と拉致事件を起こしながら、何でそんなコトを聞く?
「あの……アナタ達って、電薬管理局の関係者か何かじゃ……?」
 自分の現状の立場を考慮すれば、自然と導き出される予測なのだが。
「いいや、我々は当局と真逆の立場にある者の集まりだ」
 弥富に質問された男はサングラスを外し、スーツの内ポケットからPDAを取り出した。モニターに映るのはその男の顔写真と、何かのHPのTOP項目。
「強引な事をして大変申し訳なかった。我々は『偽P・D・S友の会』。訳あって君の身柄を保護させてもらった」

 ――――――父よ母よ、実家で飼ってるオウムよ……どうやら御迎えの天使が下りてきました。残念ながら、天使達の顔には慈愛の欠片も無く、なんか微妙に迷惑そうな顔してました。

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