小説『ようこそ、社会の底辺へ[完結]』
作者:回収屋()

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 [作戦遂行してみよう【潜伏編】]

 やあ、みんなッ! 俺は弥富更紗。リアルタイムで現実逃避中の一般人さ☆ え? どうしてそうなったのかって? それは御近所さんや世間様がとっても理不尽で、俺の人生にどういうワケか厳しく当たるからッ☆ だから、満面の笑顔で脳内を真っ白にして、体は元気良くスキップするんだ〜〜☆ ひゃほおおおお〜〜、楽しいィィィィ――!!

「…………じゃねえええええええええええええええええええええ――――――ッッッ!!」

 弥富、一瞬の白昼夢からタダイマ。彼の目の前には、あってはならない光景が展開していた。黒のフォーマルスーツを纏い、黒のサングラスをかけた十人近い連中が、ビルの玄関ホールを囲むようにして立ち、リーダーの男が受付の二人の女性にPDAを見せている。
「私は会長を務める『すみす・ブラック』と申します。どうぞ、御覧下さい」
 ヤツ等だ……地下駐車場からドコかへと散開していった不審者集団だ。
(どうする? 引き返すか?)
 どう転んでも、関わって無事に済むような状況ではない。ここは出直して……
「おッ、弥富くんか!?」
 マズイ……発見されちまった。どうしてこの手の輩は善良な市民をムダに巻き込もうとするんだ?
「こんな所で会えるなんて。おッ、その手に持ってるのは……もしかして!?」
 すみす・ブラック、素早くデジカメを構えて撮影しはじめる。
「ちょ、ちょっと! やめてください!」
 さすがに慌てる。禁制ペットである禁魚の所持を動画撮影されたら、立派な証拠物件が出来上がってしまう。
「一体、ドコで入手したんだい!? これだけ大きく育ったヤツは、裏サイトの写真でも滅多にお目にかかれないよッ!」
 何か異様に興奮しているすみす・ブラックに感化されたのか、他のメンバー達がにじり寄って来て同様に撮影しだした。
「こっちに目線くださ〜〜い!」
「かっわいいい〜〜〜ッ☆」
「コレっていくらぐらいするワケ!?」
「ブラックさん、我々も飼いましょうよッ」
 ヤバイ……次々と証拠物件が量産されてやがる。
「あ、あの〜〜……みなさん、何事ですか?」
 もっともな質問をしてみる。
「よくぞ聞いてくれた。我々『偽P・D・S友の会』は、このビルを合法的に占拠しに来たのだよ」
 ああ〜〜、ダメだあ〜〜……やっぱこの人って選りすぐりのバカだあ〜〜。
「いやいやいや、占拠って……何を言っているんですか。オマワリさん呼ばれちゃいますよ」
 弥富はなるべく声を小さくしてツッコんでやるが、相手は変わらぬ笑顔。
「心配無用! アポイントはとってある!」
 何のだよッ!?
「あの〜〜、すみませんがお客様……他の来客の方に御迷惑になりますので、御静かにしていただけますか?」
 警備員、登場。これだけ目立ってりゃ、そりゃ声かけられるわ。
「おッ、丁度よかった。警備員さん、サーバー室まで案内してもらえるかな?」
「…………は?」
 警備の兄ちゃん、当惑。弥富も右に同じ。
「アポイントはとってあるんだよ。設計開発部の課長さんを呼んでくれ」
「……お名刺を拝見してもよろしいでしょうか?」
「名刺? はははッ、そんなモノ持ってるワケないじゃないか」
「……では、身分を証明する物は何か御持ちですか?」
「ああ、あるよ」
 そう言ってPDAのモニターを見せる。
「…………少々お待ちください」
 警備員は神妙な顔して受付へ。コレって……どうしようもなく不吉な臭いがする。
(撤収ッ!)
 弥富は心の中で勇ましく自分に命令を下し、コソコソと隅の男性用トイレへと逃げる。不審者集団のことはいいのかって? うん、いいよ☆ 俺の背景には沢山のお花が舞い散っていて、何も見えてないから〜〜☆ あははははは〜〜、探さないでねえ〜〜☆
 ――バタンッ!
 弥富、またもやトイレの個室へログイン。そして、クソ重いビニール袋を足元に置き、インカム・βを装着する。
「おい……早くも問題発生だ」
 便器のフタに腰掛けて、脱力したみたいに俯いて呟く。なんか、トイレの個室がよく似合いだしている。
「きぃおぉぉぉぉぉつけえええええええええええええ――――――ッッッい!!」
 ビシッ!
 浜松のけたたましい号令で他の禁魚が整列。今回はアーミーコスプレ。御覧のスポンサーの提供で御送り致します。
                  【提供】

              ●遊びは文化・タ○ラ
              ●いいえ、ケフィアです・や○や
              ●イエスっ!・高須ク○ニック

「またかよ……もうやったネタじゃねえか」
「いいのッ! 作者が好きだからッ!」
 またしても登場。浜松軍曹率いる禁魚一個小隊。百戦錬磨をムダに偽装したコスプレがどうにもイタイ。
「で、今の俺にとって何の役に立つんだよ?」
「知れたことッ! 更紗のチャレンジャー精神に火をつけて、勇猛果敢に猪突猛進してもらうんだよッ!」
 要するに、玉砕してこいと?
「それにしても、タイミングが悪いですね……さっきの方々は弥富さんのお知り合いですか?」
「断じて違う。友達は選ぶ。テレビに出ても大丈夫じゃないような連中は、オメー等だけで十分だ」
 臭う……弥富からストレスの臭いがする。
「さて、浜松よ。お主が深見素赤であると言い張る根拠……本当にこのビル内で証明できるのだな?」
「ええ、もちろん。目指すは地下のメインサーバー室。各自、抜かりなく準備せよッ!」

 あはははははぁぁぁぁぁぁ〜〜〜☆ そりゃムリだあああああぁぁぁぁぁぁ〜〜〜☆

 本日、二度目の白昼夢。あまりに高いハードルを課せられて、弥富はもうなんか笑うしかない。それはそうと――
(どうする気なんだろ、アノ連中……?)
 ザ・集団・of・不審者の動向が気になって、トイレの入り口の隙間からコソコソとのぞいてみる。
「さあ、お客さん。こっちですよ〜〜、痛くしないからね〜〜」
「あ、あの……アポイントはとって……だから、その……」
 いつの間にやら警備員の数が増えて、一人残らず捕まってやがる。特に抵抗できる者もおらず、近所の悪ガキみたいに連行されている。最後に、やたらと脂汗にまみれたデブが二人がかりで引きずられていった…………自転車、大事に使えよ。やがて、玄関ホールに静寂と平和が訪れる。
(よしッ!)
 弥富はこの上ない達成感で爽やかな笑顔だ。とりあえず収拾がついたので、ここから仕切り直しというコトで……

 ガコオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォ――――――――――ッッッン!!

 突如、玄関ホールから大きな音がした。やがて、来客者等の喧騒が聞こえ、バタバタと沢山の靴音が響いてくる。
(な、何事だよ……!?)
 一瞬、不吉な静けさが時間を止めた。そして……
「皆さん、御静かに! その場から動かずに!」
 スーツ姿の一人の中年男性が、正面玄関から堂々と入って来て、大きな声を張りながら中二階への階段を上っていく。更に、軍服を着た連中が大勢後に続き、玄関ホールを占拠するように展開する。
「………………おい、また何か始まったぞ……」
「そうみたいですねえ」
「せやなァ」
「ふ〜〜む」
 トイレのドアの隙間から顔を左半分だけピョコっと出して、警戒する四人。
「“まぜるな危険”だとッ!? この浜松軍曹に命令とはッ! 躊躇なくまぜてくれるッ!」
「う〜〜わ〜〜。化学の力でポチの意識は朦朧だ〜〜」
 四人の後ろで、トイレ掃除用洗剤を使った毒ガス兵器が製造されとる。
「たった今、このビルは封鎖されました! 建物内の全員の出入りを禁じます!」
 中年男性が中二階から拡声器で警告した。白髪混じりの髪に、無精ヒゲ……青白い顔色をして、目の下にはクッキリと濃い隈があり、仕事に我が身を捧げている真っ最中な感じのオッサンだ。
(なんですとォォォォォ――――――!?)
 緊急事態だ。弥富の意識が状況の急変についてこれず、奈落に落ちそうになる。ビルの外周には軍人達が手際良くバリケードをはり、全ての出入り口に見張りが立った。
「一体、コレは何事ですか!?」
 エレベーターから血相変えて降りてきた、五十代くらいのオバサンが声を上げる。玄関ホールで立ち往生する来客者も同様で、各々が不安の声を上げだす。
「皆さん、どうか御静粛に! 我々は『電薬管理局』の者です!」

 ………………………………………………マジで?

 弥富、個室に駆け込む。そして。
「うぅおォええええええええええええええ〜〜〜〜ッッッ!!」
 盛大に吐いた。胃袋がビックリし過ぎて、ウッーウッーウマウマって踊りやがる。
 ジャアアアアアアアアアア〜〜……
 彼は顔面蒼白で水を流し、再度、便器のフタの上に座った。
「なあ…………これってさあ、すんげぇ偶然過ぎないか?」
「さて、盛り上がってまいりましたッ!」
 ずいぶんと楽しそうな浜松軍曹が、御家庭で工作可能な毒ガス兵器を手に、無責任に煽る。
「なあ、おい……こういうの予測してたんじゃねえの? こうなる事は織り込み済みなんだろ、どうせッ! なあ、おいッ!」
 ぐいぐいぐいッ……ぐいぐいぐいッ……
 弥富、暴走。浜松の首根っこをマジ気味で絞め上げる。
「や、やめて……大声出すわよ……更には訴えて勝つわよ……」
 ガンジーも思わず暴力を解禁しそうなイラっとする表情で、浜松軍曹がニヤリと微笑んだ。

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