小説『ようこそ、社会の底辺へ[完結]』
作者:回収屋()

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 [作戦遂行してみよう【機密漏洩編】]

 人にはそれぞれに得手不得手というのがあってね、出来る事とそりゃ無理だって事があるんですよ。で、さあ……今のこの状況をどうやって打破しろと? 税金で生活している怖い人達が沢山いるよ。使われたら命が“おふッ”って言いそうな武器持っているよ。え?  俺の装備? 使えねえ魚類が四匹と、ラップトップが一台。あとは豆腐にぶつかっても割れそうなハートぐらいだ。そんな戦力分析をしてみたら、涙が止まらなくなってね……目が、ああ……目が……
 ――――ずびッ!!
「め、目がああああああああああああああああッッッ!!」
 弥富、浜松軍曹から無言の目潰しを食らう。
「うろたえるなッ! 冷静さを欠いては、達成できるミッションも失敗するぞッ! 水の如く心を静め、氷の如く意識を集中し、風の如く迅速に――」
「この享輪コーポレーションに、『深見素赤』という社員が勤務しているハズです! 今すぐここに呼んでください!」

 ぶうううううううううううううううゥゥゥゥゥゥゥゥ――――――――――ッッッ!!

 浜松が鼻血吹いた。キレイな放物線を描いた。虹ができた。
「おい、呼んでるぞ……オマエの事じゃねえの?」
 学校の友達を人身御供として先生に突き出すような、冷酷な声で弥富が言う。
「あ・は・は・は……こ、こんなハズでは……(汗)」
 珍しく浜松の表情が硬い。明らかに何か予定外なコトが発生しているようだ。
「でさあ、今更なんだが……オマエが駅のコインロッカーで言ってた“ハナっから享輪コーポレーションにたどり着けない”って話……まさかとは思うんだが、さっきのグラサン集団と関わりでもあんのか?」
 弥富の眼光が鋭く光る。
「ぜ〜〜んぜん関係ないも〜〜ん☆ あたし、何も知らないも〜〜ん☆ あ、掃除用具入れに段ボールがあった! かぶってみよう……わあッ、桃源郷が見えるゥゥゥゥゥ!!」
 分りやすく動揺してる。
「よ〜〜し、自白しやがったな。浜松軍曹、俺の脳内軍法会議の決定に従い、歯を食いしばれぇ!」
「いえっさーッ!!」
「そして、後ろを向いて股を大きく開けぇ!」
「いえっさーッ!!」
「――――せいや」
 どごッ!
「おぉぉぉぉぉ〜〜ふぅぅぅぅぅ〜〜……(泣)」
 股間に蹴りがクリーンヒット。浜松軍曹、悶絶。股を押さえながら、地面を無残に転がっている。
「さ、さっちん……いくらなんでもそれは……浜やんも一応は女の子なンやし」
「貴様も試すか、出雲兵長?」
「え、あ……いや……のーさんきゅうー(汗)」
 出雲、自分の股間を手で押さえながら内股で引っ込む。
「で、連中とどういう関係だ?」
 弥富少佐の冷徹な尋問は続く。
「ま、まあ……その〜〜……お友達?」
 涙目で転がる瀕死の浜松が、精一杯の作り笑いを浮かべる。
「嘘だな。絶対に嘘だ。どうせ、俺と同じようにチャットか何かの網にかかった被害者だろ? 『偽P・D・S友の会』だぁ……ただのネット中毒者だろうがッ」
「で、でも……結構、役に立つんだよ。オリジナルP・D・Sにハッキングするためには、どうしても電薬管理局内部の人間の手引きが必要だったんで、アイツ等の内の一人に潜入してもらって、なんとか奪取できたんだし」
「……で、その潜入したヤツの現状は?」
「逃亡中に見つかっちゃって、ロープの先を輪っかにしちゃった……てへッ☆」

 おいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいッッッ!!

 ヤベえよ! リアルだよ! このクソ女、カワイイ顔して他人様の犠牲を屁とも思ってねえし!
「待てよ。ということは、連中がココに来てるのって……まさか?」
「全員で享輪コーポレーションに行くよう、あたしが連絡したから」
 なるほど。家電量販店の地下駐車場ですみす・ブラックにかかってきた通信か……。
「も、もしかして……彼等はいわゆる“囮”でありますか?」
 郡山伍長が敬礼しながら問う。
「だってさあ、なるべく警備を手薄にするには、何か別の騒ぎを起こしておくのが常套手段でしょ。アイツ等にも活躍の場を与えてやったワ・ケ・よ★」
「浜やん軍曹……血も涙も無いであります」
 出雲も敬礼しつつ、メチャメチャ蔑むような視線を送る。
「いいじゃん、別にぃ! だって、アイツ等悪党だよッ! P・D・Sを違法に改造して、ネット上で無差別に配布してたんだよッ! 因果応報って言葉を知る時が来たってだけだよッ!」
 どうやら浜松……いや、深見素赤の人間性が露呈しはじめた。コイツってば、とんでもなくビッチだ。
「確かにお主の作戦通り、騒ぎは起きた。警備の手薄な箇所がいくつか出来たじゃろう……が、そこにとんでもない不確定要素が乱入してきたようじゃな」
 土佐二等兵が軽く溜息をつく。
「ええ、そうよ。電薬管理局の人間と接触するリスクは、ある程度覚悟はしてた。ここは数ある取引先の一つだし……けど、どうして!? あたしの勤務先を突き止めるのは簡単だけど、連中が兵隊率いてやってきたってコトは、あたしの生存がバレてるってワケじゃん!!」
 浜松軍曹、とっても悔しそうに歯を噛み鳴らしながら、ポチと作製したメイド・イン・御家庭な毒ガス兵器を手に握りしめた。
「おお〜〜、ついにやるのか。特攻か。ポチは止めない。さあ、未来への懸け橋になってこい、このビッチめ」
「やらいでかああああああああああああああッッッ!!」
 浜松軍曹、玉砕覚悟。
「今、名簿を検索しましたが、その社員はつい最近亡くなっています」
 電薬管理局を名乗る中年男性に対応していたオバサンが、フロントの端末を操作しながら回答した。
「失礼ですが、アナタは?」
「ここの常務を任されている者です」
「常務、この件は警察機関の了承を得た上で実施されております。どのような事実があるにしろ、我々は捜査の手順に従い行動させていただきます」
 中年男性は厳然とした態度で言い切った。
「分かりました。ところで、名刺か何かお持ちでしょうか?」
「私は電薬管理局・実動課の『宇野(うの)』と申します」
 そう言って男は自分のIDを見せた。
「『実動課』?……と、申しますと?」
「ネット犯罪者やサイバーテロリストを専門に逮捕する部署です。管理局が調査・分析した敵性因子を追い詰め、壊滅するのが主な仕事ですよ」
 『宇野』と名乗る男はそう言って、後ろに控える軍人達に向き直る。
「これより、ビル内の一斉捜索を行う。各自、所定の持ち場へ移動し、警戒を怠るな!」
 ――――ザッ!
 命令を受けて部隊が素早く散開する。来客者達はどうすればいいのか分らず、ただ圧倒されるばかりだ。
「さて、常務。私はここのサーバー室に用があるんですが」
 宇野は何か含みのある表情で呟く。
「申し訳ありませんが、アソコは部外者の立ち入りを禁止されています」
「常務……先程も申した通り、我々は警察機関の了承を得ております。異議申し立てなら裁判所にお願いします」
 常務の前に捜索令状が差し出された。
「…………分りました。では、こちらへ」
 常務は開き直ったような面持ちで、宇野と一個小隊を誘導する。マズイ……極めてマズイ状況だ。弥富一行と行き先がかぶったという事は、連中も浜松と同様の目的があると推測される。そして、もっと差し迫った脅威として……
(うっわッ、ヤベッ!!) 
 捜索部隊の一人が、男性用トイレに迫りつつあるのだ。さあ、どうする?
「よし、御主人よ。今こそ『段ボール箱』の出番じゃ」
「はい?」
「頭からかぶって姿を隠すんじゃよ」
「お〜〜い、マジで言ってんのか〜〜……?」

 【段ボール】=さっき、浜松が清掃用具室の中で発見したモノ。中身は空。表面には大きな文字で『愛媛みかん』。人間一人が隠れられるだけの大きさ。使い方次第では、巡回する敵兵をあざむいたり、敵地へ安全に潜入できたりするとか。

「すねえええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇ――――ッッッく!!」
 プチ・毒ガス兵器を握りしめたまま、浜松軍曹がよく分らん雄叫びを上げる。
「よく見るんじゃ。無性にかぶりたくなってくるじゃろ?」
「ならねえよ」
「やってみれば分かる! 妙に落ち着くし、かぶらなければならないという、使命感に似た何かを感じるハズじゃ!」
 そう言って土佐が実演。リアル・ホームレスにまた一歩近づきつつある。
 カッカッカッ……
 足音がハッキリと聞こえてきた。最早、躊躇している場合ではない。弥富は段ボールを慌ててかぶり、トイレの隅っこで気配をフェードアウトさせる。
 ガチャ――
 ドアが開いてやって来たのは体格の良いガチムチ野郎。
(不自然だあ……どう見てもこりゃ不自然だあ……)
 今更どうしようもない。前進も後退もできない。後は奇跡が起きるのを待つのみだ。
「…………ん?」
 ガチムチ野郎が不自然100%の段ボールに気づく。
(も、もうダメだあ……捕まるんだあ……拷問されて吐かされて、新しい自分が覚醒しちゃうんだあ……!)
 弥富、ピンチ。昔、とある偉い人が言っていた――“奇跡は起きるものじゃなく、起こすものだ”……と。
「…………なんだ、ただの『愛媛みかん』か。こちら一階の男性用トイレ、クリア。異常無し」
 軍人さん、無線機で報告済ませて出て行っちゃった。
(いやいやいや、よく見ろよッ! ダイレクトに異常事態が落ちてるだろうがッ!)
 奇跡……起してみました。九死に一生を得てみました。ミ○トさん……奇跡って結構安く売ってるみたいです。


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