小説『ようこそ、社会の底辺へ[完結]』
作者:回収屋()

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[作戦遂行してみよう【一時撤退編】]

 段ボールの中で可愛い子犬や子猫が鳴いてたら、そりゃダレだって振り向くし、その場にしゃがんでかまってやるだろう。でもね、トイレの床に不自然に落ちてる段ボールに対しては、どんなリアクションが正しいのか……皆さんは考えた事があるかな? 俺自身の意見としては――
「世界はバカで溢れかえってるな……」
 弥富は電薬管理局に属する軍人による捜索を回避し、とりあえず気持ちを落ち着かせようと、洗面所で顔を洗っていた。ヒドイ面をしている……25年生きていて、一番のストレスをここ2、3日で一身に受けてしまった。
「どうじゃ!? これで段ボールの偉大さが理解できたじゃろ!?」
 ジジイ、こだわり過ぎだ。
「ポチもかぶってみるぞ〜〜」
 チャレンジ大好きな無表情幼児が、早速、お試しタイム。
「おお〜〜、素晴らしいぞう。このいるべき所にいる安心感……人間はこうあるべきだという、確信に満ちた安らぎを感じる〜〜★」
 患者が増えた。
「おい、まさかとは思うが……この状況下でサーバー室に潜入しようなんて考えちゃいねえよな?」
 弥富が恐る恐る浜松の表情をうかがう。
「あたしは非常識検定5段ッ、今は6段取得のため勉強中ッ!」
 うっわあ〜〜、コイツってばヤル気だよ。瞳の中に“死んでこいッ!”って書いてあるよ。
(こうなりゃヤケだ……事件に巻き込まれた被害者の底力、見せてやる!)
 片手に禁魚入りビニール袋。もう片方にはラップトップ。頭には段ボール……装備完了。これより、弥富少佐の決死の作戦を実行にうつす。ミッション名・【性欲を持て余す】。
 カチャ……
 ミッション開始。ザ・段ボールがトイレから静かに、且つ慎重に躍り出る。まずは、エレベーターホールまで行って、そこから地下3階を目指す。
 カサカサカサ……
 俺は今から巨大なゴキブリ。周囲に立っているのはマネキン。だから、なにも心配はいらないんだ。そう自分に言い聞かせるんだ。できる! 絶対に上手くいく! こんな所で、こんな状況で、こんな連中と道連れにされてたまるか!
 カサカサカサ……
「ん? 何だ?」
 早速のエマージェンシー。前進することわずか10秒で、近くの軍人さんに発見されちまった。掃除の行き届いた綺麗な玄関ホールに、薄汚い段ボールがポツンと一つ……完全にリアクション待ちのフラグが立ってる。
(いや、奇跡は今度も必ず起きる! トイレに巡回に来たヤツと同様に、コイツ等はどいつも大雑把でアホに違いない!)
 弥富、珍しく気合いと自信が体にみなぎっている。またもや奇跡を起こす気だ。 やれる……今の君には、幸運の女神が微笑みっぱなしなのさ!
 ガサッ――
「おい、オマエ……何やってんだ?」
 いとも簡単に取り上げられる段ボール。
「…………ですよねえ〜〜(汗)」
 極限まで引きつる弥富の顔面。おい、幸運の女神……速攻で裏切りやがったな。

 女神A:「ゴメン、あたしちょっとコンビニ行ってくる☆」

 変な幻聴が聞こえ、直後……
「ちょっと、こっちに来てもらおうかな」
 二人の軍人さんに捕まって、ズルズルと引きずられていく。(BGM:『ドナドナ』)
「こちら、玄関ホール。男性用トイレの近辺にて、不審人物を一名確保しました」
 軍人さんの一人が通信機を手に取って連絡を入れた。
<不審人物? 何者だ?>
「生き物が入ったビニール袋とラップトップを一台所持。段ボールをかぶって床の上をウロついていたところを捕らえました。身体検査もこちらでやりましょうか?」
<……いや、それはこちらでやる。サーバー室まで連行しろ>
「了解しました」
 そう言って軍人さん達が、親切にもエレベーターまで案内してくれた。しかも、さっきの通信内容から察するに、偶然にも目的地へ連行してくれるっぽいし。すげえよッ、またもや奇跡起こしちゃったよッ!

 女神A:「あ、ミスドでドーナツ買うの忘れてた〜〜☆」

 やっぱり変な幻聴は聞こえるが、結果オーライだ。
 ガコオォォォォォォォ――
 弥富と二人の軍人が乗ったエレベーターが、ゆっくりと地下3階まで下りていく。
(うッ、緊張し過ぎてマジ吐きそう……)
 行き先は果たして地獄か天国か? 一体、何が待っているのか? 浜松……いや、『深見素赤』の正体は解明されるのか? 全ての疑問がこの先でハッキリするかもしれない。
 ガコンッ――
 エレベーターが止まる。配電盤や配管の張り巡らされた無機質な廊下を歩き、突き当たりの部屋の扉が開けられた。
「課長、連行致しました」
 ドアの向こう側は更に無機質だった。50坪程の部屋には膨大な数のサーバーが所狭しと林立し、その中央にはスパコンのような形状のメインサーバーが建つ。そして、メインサーバーにノートPCをつなげて作業する宇野と、スーツ姿の数人のエージェントが立っていた。
「御苦労、こちらで引き取ろう」
 弥富はパイプ椅子に座らせられ、エージェント達が左右と背後に立つ。まるで、秘密組織に拉致され、拷問一分前な雰囲気だ。
「さて……」
 宇野は作業を一時中断して弥富の方に向き直った。
「課長、コレはもしや……?」
 エージェントの一人がビニール袋を取り上げ、宇野の前に差し出す。
「ふむ……青年よ、おもしろいモノを飼っているな。『禁魚』は禁制ペットであり、その所持や飼育、あるいは売買といった行為は法律で違法となっている。知らなかったのかな?」
 宇野はバカにするように軽く鼻で笑い、ビニール袋を人差し指で突っついた。
「で、君は何者かね? 見たところ……この会社にオフィシャルな用事のある人間とは思えんが」
 外見――半袖Tシャツ・短パン・ビーサン。背中にリュック……正面玄関の警備員、何で止めなかった?
「…………」
 弥富は黙秘するしかなかった。当然だ。何て言えばいい? 電薬管理局から指名手配されている深見素赤の正体を探るため、このサーバー室に侵入するつもりだったと? そもそも、うちのアパートにやって来て、オリジナルP・D・Sを奪取しようとした例の男の件もある。アノ男が電薬管理局の関係者である可能性が高い以上、ここでヘタな話はできない。
「課長、リュックの中にコレが」
 身体検査をしていたエージェントの一人が、ポータブルHDを発見して宇野に差し出す。
「青年、中身は何だね?」
「………………」
「……結構。何か身分を証明する物は見つかったか?」
「いえ、免許証や健康保険証の類いは所持していません。サイフの中身は……よく分らないポイントカードで一杯です。後、こんなモノが……」
 そう言って手渡されたのは、とってもアニメチックなデザインの冊子。ヤバイ。『偽P・D・S友の会』からもらったヤツだ。捨てずに一応持っていたのが、ここでまさかの仇となった。
「ほほう、愉快な物を持っているねえ。『偽P・D・S友の会』? はっ、連中も懲りないな。片っ端から逮捕しても、ゴキブリみたいに湧いて出る……実に不愉快だよ」
 ええ、俺も同じ気持ちです。つーか、アンタ等が来る直前に、まとめて警備員にどっか連れてかれましたけど。
「課長、ポイントカードの記入が正しければ、彼の名は『弥富更紗』。住所は……ん?」
 エージェントが眉をひそめた。
「どうした?」
 宇野がエージェントの側に寄り、ポイントカードを手に取って凝視する。
「……弥富君。今日、君と我々がここで鉢合わせたのは偶然ではないようだな。『オリジナルP・D・S』はドコだね?」
 やっぱりだ……不正インストールした事実がバレている。くそッ、なにが生体防火壁だよ……ダメじゃん!
「……あ、あの〜〜」
「何かね?」
「正直に喋れば解放してもらえますか……?」
 このままでは確実に懲役刑をくらう。ニート予備軍のまま人生の終焉を迎えたくはない。
「まあ、君の態度次第……だな」
 宇野の表情が一層険しくなった。
「実は……」
 弥富は洗いざらい正直に白状した。ここ2、3日に起きた出来事――深見素赤の葬式と、そこで入手したポータブルHD。禁魚とオリジナルP・D・Sの関係性。そして、一般人に毒ガスを撒き散らしてまでポータブルHDを強奪しようとした、深見素赤の父を名乗る男の事も。
「深見素赤の父? その男はそう言っていたのかね?」
「え、ああ……はい」
 一瞬、妙な空気と間が生まれた。宇野は踵を返すと部屋の隅まで歩いて行き、手招きで常務とエージェント達を呼ぶ。
(な、何だ……?)
 ヒソヒソ会議が始まった。弥富としては不安になることこの上なしだ。そして、数分後……。
「弥富君、まずは結論から言わせてもらおう。まず一つ。当然、君のポータブルHDと四匹の禁魚は没収させてもらう。二つ目。自宅のネット環境をこちらで遠隔制御させてもらう。で、三つ目だが……」
 そう言って宇野は一人のエージェントに合図した。弥富の真横に女性が一人起立する。シワ一つないスーツをビシッと着こなす、ポニーテールの黒髪の女だ。年の頃は弥富と同じくらいだろうか、夏だというのに真っ黒い皮手袋を装着している。
「24時間体制で監視をつけさせてもらう」
「えッ、そんな……!」
「いいかね、弥富君。本来なら、一連の君の行為は情報規制法に十回以上抵触している。腕利きの検事なら、15年は君を刑務所にブチこんでおけるくらいの罪状だ。そこのところをしっかり考慮してもらわんと」
「…………はい」
 文句の言える立場ではなかった。半分は被害者であるが、禁制ペットをネット通販で入手し、オリジナルP・D・Sを無許可で使用した事実に変わりはないのだから。
「では、簡単に紹介しておこう。君の監視役を務める『津軽六鱗(つがる ろくりん)』だ。仲良く頼む」
 マジですか……。弥富は真横でビシッと起立する相手の顔を、チラッと盗み見る。
(…………うわ〜〜、お友達にはなりたくねえ〜〜……)
 細面で端整な顔立ちをしているが、見事なまでの仏頂面だ。仕事に生きて仕事に死すみたいな空気が滲み出ている。
「あ、あの……監視ってどのくらいの間ですか?」
「もちろん、君の身に起こるであろう脅威が完全に去るまでだよ」
「……脅威?」
「ああ、そうだ。津軽には監視と同時に警護も兼任してもらう。言いたい事が解るかな?」
「いえ……」
「要するに、君のアパートを襲撃したという男は、電薬管理局の関知していない立場にある相手だという事だ」
 つまり、深見素赤の父を名乗っていたアノ男は、電薬管理局とは無関係だと?
「実は、君のアパートの住所を知っていたのは偶然じゃない。つい先日、匿名の情報提供があってね……このポイントカードにある住所に、電薬管理局のメインサーバーへハッキングをしかけたハッカーがいる……とね」
 げッ、コレってもしや……複雑な事件に巻き込まれるフラグですか?
「我々『実動課』としては、裏のとれない情報に振り回され行動するワケにはいかない。が、そのハッカーがこの『享輪コーポレーション』の社員で、本日、何だかのサイバーテロを画策している……そう言及された。そして、その社員の名が『深見素赤』。しかし、常務がおっしゃるには、その社員は既に死亡していると。しかも、不動産リストを調べたが、匿名の情報にあったのは弥富君の住所で深見素赤のものではないと、先程、判明した」
 どうやら、電薬管理局側は深見素赤の生存(?)を知っているワケではないようだ。
「ポータブルHDはこちらで管理するが、今後、君の身に同様の事件が発生する可能性は高い。充分注意してくれ」
「それで……俺は具体的にどうすれば?」
「悪いが、基本的には自宅軟禁だ。外出すれば、襲撃されやすくなるからな」
 自宅軟禁か……ま、今までも自発的に引きこもってたし、大した違いはない。ただ、ちょっぴり変化したのは、“話し相手”を失った事ぐらいか。
(すまないが……サヨナラだ)
 弥富は部屋のテーブルに乗せられたビニール袋を見つめる。魚類が四匹……大人しく漂っている。決して人ではない。ずっと口論したり、バカに付き合ったりした連中は、決して人ではないのだ。だから、気にすることはない……いつも通り、俺は一人ぼっちに戻るだけなんだ。
「では、津軽。彼のことは頼んだぞ」
「了解ですわ、課長」
 弥富と禁魚達の無茶な作戦が、ここに完結した。結果は――任務失敗。そして、彼と禁魚達の関係も、ここに自然消滅を迎えてしまった。

 

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