小説『ようこそ、社会の底辺へ[完結]』
作者:回収屋()

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 [ダメな自分を改善しよう]

 現実世界にエロゲーの理論は存在しないし、通用もしない。だから、全国の2次コンやネット中毒者に告ぐ……今、風呂上がりの俺の目の前に、同い年くらいの女性がいます。目つきはちょい怖いけど、清潔感のある結構な美人さんです。ただし――
「では、わたくしは監視を続行いたしますので、弥富殿はおやすみくださいまし」
「は、はあ……」
 ドコか変なのです。しかも、まだ時間的に大のオトナが就寝しちゃうには早過ぎだし……。
「あ、あの〜〜……ネットしてていいですか?」
「ええ、かまいませんわ」 
 ネットサーフィンは俺のライフワークだ。無職が誇る唯一の仕事……いや、使命だッ!心の中でそう強く主張してみた。軽い優越感に浸れるから。そして、履歴から動画閲覧サイトを……
(いや、待てよッ!)
 危うく失念するところだった。自分のネット環境は電薬管理局の実動課によって、遠隔制御されているんだった。だが、具体的にどんな制限がつくのだろう? 気は進まんが、早速、関係者に聞いてみよう。
「あ、あの〜〜……」
「何かしら?」
「俺のネット環境って、おたくの課長さんから遠隔制御するって聞いたんですけど、要するに……何がどうなるんでしょ?」
「心配はありませんわ。どんなサイトにアクセスするのか、どのようなダウンロードがされるのか、逐一監視するだけでPCの機能に実害はありませんもの」
 いやいやいや、それって精神的な実害が丸出しだよ! 俺のプライヴェート(恥部)が情報機関に丸出しなんだって!
(す、すんげぇやりにくい……)
 男、25歳。一人暮らし。まだ若くて男性ホルモンも正常に分泌する身体なら、アクセスするサイトはどうしても年齢認証が必要なサイトに偏る。こ・れ・必・然。で、その様子を実動課が逐一監視って……そっちの趣味があるMっぽいヤツなら一興かもしれんが、俺はマジで御遠慮願いたい。
 カチカチッ――
 しばらくは辛抱だ。一生続くワケじゃない。ここは監視されても問題のない、海外のアニメダウンロードサイトを巡回して暇を潰そう。
「…………」
 沈黙の作業。背後に控えているであろう、監視役の女が気になって仕方がない。そもそも、自分の家に異性が踏み込んでいる事実が信じられない。母親すら招いたことのないこの部屋に、大して素性も分からない若い女性と二人っきり。弥富のリアルに対する脆弱な免疫が、「恋愛の神様・仏様・加○鷹ッ助けてぇ〜〜!」と叫んでいる。それにしても、この人……いつまでそこで見張っているつもりだ? 俺が就寝するまで帰らんつもりか?
(と、とりあえず……空気が重い……)
 やはり、ここは場の空気を多少でも和ませるために、世間話の一つでもするべきなのか。ここの家主である俺から話を振るべきなのか。
「と、ところで……津軽さんはこの仕事長いんですか?」
 勇気を振り絞って質問タイム。
「いえ、まだ半年程ですわ」
「そ、そうなんですか。それにしては結構さまになっているというか、手慣れた感じというか……」
「以前の仕事でSPを務めてましたの。ですから、情報機関での実動任務には戸惑いはありませんわ」
「『SP』って……政府要人とかVIPを護衛するアレですか?」
 弥富が普通に驚く。
「ええ。わたくしは、とある国営企業の支配人が組織したチームの一人でした。今となっては企業は解体され、チームの仲間は方々に散ってしまいました。わたくしは、たまたま経歴が電薬管理局の目にとまり、正規のエージェントとして雇われましたの」
 彼女の声のトーンが微妙に落ちた。何か……他人には話しにくい事情でもあるのだろうか。
「スゴイですね。俺と歳もそう違わないんでしょ?」
「今年で26になりましたわ」
 うわぁ〜〜……やっぱりだ。一つ違いのオネーサンは、国の情報機関に勤める立派な職をお持ちなのに対し、俺はハローワークに行く事すらためらっているミスター・凡庸。ああ、そんな真っすぐで純粋な切れ長の瞳で俺を見ないで……そうさ、俺は社会の不適合者だよ。不燃物だよ。マウスをカチカチしながら電力を消費するのが仕事だよ。
「そ、それはそうと……他の監視役の人はドコに? 外で張っているんですか?」
 弥富がおもむろに質問してみた。
「いいえ。わたくしだけですわ」
 ――――――――――は?
「24時間、わたくしがアナタを監視致しますわ」
 ――――――――――へ?
 鏡で見たら自分自身でも引くくらいのマヌケ面になる。
(な、何を言って……?)
 俺ってさあ、次に襲撃される可能性が高いから、監視役と護衛を兼ねたエージェントがつけられたんだよね? なのに……御一人? ファミレスの従業員じゃなくてもイヤな顔になっちゃうよ。
「あの〜〜、別に津軽さんの個人的な力量を疑うワケじゃないんですけど、一人で大丈夫なんですか?」
 別の言い方=「いや、無茶だろ。適当過ぎるだろ」
「問題ありませんわ。情報不足のため、当面の脅威がどれ程のレベルかは解りませんが、警護のための訓練は以前の職場でも一通り受けてますの」
「そ、そうですか……」
 ド素人が文句をつけるべきではないのだろうが、正直、強そうには見えない。身長は自分と同じくらいで、ガリガリとはいかないが、明らかに細身で目立った身体的な特徴は確認できない。スーツの内側に銃器の類いを常備しているのか?
「やっぱ、警護の仕事となると、拳銃とか使うんですよね?」
「いいえ。わたくし、無粋な飛び道具は趣味ではありませんので、携帯しておりませんわ」
 …………はい? まさかの無手? 俺に対する脅威とやらが再発した時、一目散に撤退する彼女の姿を目撃させられるのか?
(ネットの神よ、俺の残された寿命が分かるなら、そっと耳元で囁いてくれ)

 ネット神:「そろそろ死ぬよ★」
「いやだあああああああああああああああああああああああああああ――――ッッッ!!」

 弥富、弱い心が生み出した幻聴にまた侵された。頭を抱えて体をよじる。外野から見るぶんには何だか楽しそう。
「何事ですの!?」
 津軽、弥富の情緒不安定っぷりに遭遇してビックリ。思わず身構えたりする。
「え、あ……スンマセン。つい、取り乱しちゃって……」
 弥富はヘコヘコしながら椅子に座り直す。
「慣れない事態に巻き込まれて、ストレスに圧迫されているのでしょう。早めに休まれる事を御勧め致しますわ」
 彼女は優しい声で気遣ってくれた。
「は、はい……じゃあ、そうさせてもらいます」
 一日の内にあまりに多くの突発的な事件が発生して、すっかりテンションが高ぶり過ぎていたのだろう。ちょっと気を抜くと、一挙に疲れがやってきた。今日から始まってしまった特殊な生活ペースをこなしていくためにも、メンタル面を意識的に療養させておくべきだ。
(寝よ……雑念は捨てて、寝ちまおう)
 弥富はデスクトップの電源を落とし、就寝用のTシャツと短パンに着替え、玄関戸の鍵をしっかりかけてカーテンを閉める。連日の熱帯夜なもんで、エアコンを一時間後に切れるようセット。
 ドサッ――
 彼の体がベッドの上に力無く横たわる。照明のヒモを引っ張って、部屋の中は闇を纏った。カーテンの隙間から差し込んでくる三日月の光が……光が……ひ、かり――

「ひいいいいいいいいいいいいいいィィィィィィィィィィィ――――――――ッッッ!?」

 月明かりに照らし出されたエージェント・津軽が、床に正座してこっちを静かに見てやがった。弥富は派手に跳び上がり、女の子みたいに掛け布団を抱いて壁を背にする。
「どうかなさいまして?」
「どうかなさいましたッ!!」
 混乱のあまり文法がおかしくなる。無理もない。あまりに部屋の中で自然な感じだったので、気付かなかった。そういやこの人……まだ居るじゃん。しかも、薄闇の中、寝ようとしている相手を無言で見てるんだもん。心臓様のバクバクが御いたわしいコトになってるよ。
「い、一体……何をやってんですか!?」
「監視ですわ」
 彼女は事も無げに言った。
「…………いや、あの〜〜」
「何か支障でも?」
 はい、あります。まずはアナタの一般常識に。
「ええっと〜〜……この際ですので、ハッキリさせておきたいんですが」
 弥富には「そんな、まさかなァ〜〜(笑)」……みたいな予感が順番待ちしていた。ですんで、対象となる相手を目の前にして、直に聞いてみた。
「もしかして、俺の部屋に住む気ですか?」
「いいえ、24時間体制で監視するだけですわ」
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 結論=この女の病名は『常識欠落症』。
 原因=知りません。
 治療法=ブラッ○ジャック呼んでこい。
(ヤベぇよ、真性だよ……言葉に迷いがねえよ……)
 Q.ネットの神よ、俺、25歳にして初めて異性と一つ屋根の下、一晩過ごそうとしています。けど、相手の女は明らかに変です。こんな時、どうすればいいのでしょう?
 A.「あ、ヤベッ。TSUTAYAにDVD返しとかねえと」
 ネットの神……逃げた。

 

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